或る親と子の話
「随分とボロボロじゃないかドフラミンゴ。よほど”麦わら”の怒りを買ったようだね」
「フン……」
インペルダウンに向かう護送船の上。
元”王下七武海”ドンキホーテ・ドフラミンゴは不機嫌そうに護送担当である海軍中将”大参謀”つるの言葉を聞いていた。
「何があったかは知らんがアンタは敗けた。不貞腐れる前に、この結果だけは受け入れるんだね」
「全く、あんたにゃかなわねェ……」
そんな会話を続けている最中、突如護送船を凄まじい威圧感が襲う。
「おつるちゃん、これは……!!」
「こいつはまた、とんでもないお客さんがいらっしゃったようで……!!」
海軍大目付”仏の”センゴクが顔色を変えてこちらに向かってくる。
同じく海軍大将”藤虎”イッショウも険しい顔をしながら集まってきた。
「落ち着きな。どうやら向こうはかなりご立腹のようだね」
異常事態だ。まさかこんなところで”あの男”と接触するとは。
しかも、かつてないほど怒りを滾らせながら。
最悪の場合、ここで激突する可能性もあると冷や汗が流れ始める。
動揺を顔に出さぬよう努めつつ、つるはドフラミンゴに目を向ける。
「アンタ、一体何をしたんだい?」
その疑問にドフラミンゴが言葉を返す前に、護送船に一人の男が降り立った。
「済まないが……」
言葉に乗る果てしない激情に、覇気に耐えられなかった海兵たちが次々と気絶していく。
「その男に聞きたいことがある……!!!」
「……!!」
”赤髪”の全身から漏れ出る覇気にその場にいた全員がたじろぐ。
あの”赤髪”がここまでの激情に駆られている姿を見るのは初めてだった。
「なんだ、”四皇”の一人がおれに一体何の……!?」
ドフラミンゴが言い終わる前に近付いてきた”赤髪”に胸倉を掴まれる。
「娘は……」
「”ウタ”は何処だ……!!!!」
絞り出すように吐かれる”赤髪”の言葉には、底知れない怒りと後悔が滲んでいた。
「フ……フッフッフッフ!! そうか、アレはお前の娘だったのか!!」
「笑い話にもなりゃしねェ!! 最初からおれは逆鱗を踏み抜いていたってことか!!」
己の阿呆さに笑いが零れる。
まさかこんなところに破滅の鍵が隠されていたとは。
そのことをドレスローザを支配するために使っていた”ホビホビの実”の能力によって、誰もが忘れていたことも。
どいつもこいつも、馬鹿ばかりだ。
「答えろ……!!!」
「フフフ……!! 麦わらの一味と一緒にでもいるんじゃないか?」
鬼気迫る”赤髪”の姿と己の迎えた末路に笑いが止まらない。
まさかこんな形で自分に幕切れが訪れるとは。
ならばせめて、この余裕のない”四皇”様の姿を嘲笑いながら逝ってやろうと笑みを浮かべ続ける。
だが、ドフラミンゴが想像していた時が訪れることは永遠になかった。
「野郎ども!! すぐに出る!! ドレスローザに向かうぞ!!」
ドフラミンゴの言葉を受けた”赤髪”は即座に掴んでいた手を放し、自分の船にいる部下に向けて叫ぶ。
その言葉を受けた船員たちもまた迅速な動きで出航の準備を整えていった。
その姿にドフラミンゴは呆然とする。
先ほどまで己を射殺さんとばかりに睨みつけていた”赤髪”の目に、もはや自身の姿は一片も写っていなかった。
その事実に、堪らずドフラミンゴは声を上げる。
「……待て」
「何でおれを殺さない」
「…………」
”赤髪”は何も答えず、自身の船に帰還しようと足を進め始める。
「おい」
「待てよ」
「待て!!!」
「…………」
最後まで”赤髪”は背中に受けるドフラミンゴの言葉に答えることなく、船に戻っていった。
「行ったか……あの”赤髪”が、随分とまあ荒れているものだ」
「だが命拾いしたね、ドフラミンゴ…………ドフラミンゴ?」
即座に二人の間に割って入れるように様子を見守っていたつるたちが、
ドフラミンゴに近づき嵐が去ったことを告げる。
しかし、ドフラミンゴの様子がおかしいことを訝しむ。
「…………」
ドフラミンゴは”赤髪”が去った方向を見つめ続けている。
「何故だ」
頭の中にあるのは疑問ばかりだった。
何故、自分は殺されなかった?
海賊として、己のやったことの”落とし前”は当然つけさせられるのだと思っていた。
あの男にとって自分は憎んでも憎み切れない存在であるはずなのに、何故。
「……アンタが何を考えているかは知らんがね」
つるは静かにドフラミンゴに語り掛ける。
”赤髪”の語った言葉から、目の前の男がどのような逆鱗を踏んだのかを察しながら。
「”家族”を……”子”を思う”親”なんてあんなもんさね」
「……………………」
その言葉を聞いたドフラミンゴの胸中は誰にも分からない。
彼は去り行く”赤髪”の船を見つめながら、ただ沈黙していた。