或る一幕「寂しい夜には酒を一杯」
夜の海に揺れるサウザンドサニー号。
その甲板に船員たち……麦わらの一味が集まっている。
誰かが盛り上がり、その熱が皆に伝わり騒ぎだし、いつの間にか宴の様相を呈す。
いつもの風景がそこには広がっていた。
現在はその熱も大分落ち着き、皆が思い思いに過ごしている。
そんな場所から少し離れたところで、ウタは夜の海を一人眺めている。
宴の終わり、先ほどまでの喧騒が嘘のように感じてしまうほど穏やかな時間。
昔は何とも思わなかったけど、今は少し違う。
寂しい。
静かな時間は少し苦手だ。嫌な想像が止まらなくなってしまう。
怖い。
人形から戻ったばかりの、眠るという行為を思い出した頃。
皆が眠りについて静けさに包まれた場所にいると、
自分が独りぼっちになってしまったように感じて、
眠りについたら、もう皆に会えないんじゃないかと不安になって、
ルフィたちには随分迷惑をかけたこともある。
それ以来、自分から眠るのが怖くなった時はウタウタの能力を使って、
すぐに疲れて眠れるようにと工夫もしている。
その時の感覚と、今は少し似ている。
あの賑やかさが名残惜しい。
終わってしまうのが怖い。
皆で楽しく騒いでる時は、
こんなことを考えなくて済むのに。
そんな沈む気持ちを少しでも紛らわせる為、私は歌い始めた。
♪ヨホホホ ヨホホホ
シャンクスたちと一緒に旅をしていた時、
宴の最後は酔っぱらった皆が、私を囲んでこの歌を大合唱するのがお約束だった。
あの時間がたまらなく好きだった。
あの時の喜びに少しでも浸れるように私は歌う。
♪ビンクスの酒を 届けにゆくよ
♪海風 気まかせ 波まかせ
♪潮の向こうで 夕日も騒ぐ
♪空にゃ 輪をかく鳥の唄
そうしていると私の歌に合わせて、
ブルックが演奏を始めた音が聴こえてくる。
少し気恥ずかしい。
これは誰かに聴かせるつもりの歌じゃないのに。
ありがたく音楽に合わせて歌わせてもらおうと思った時、
「さ~よ~な~ら~港~♪ つ~む~ぎ~の~里~よ~♪」
調子はずれの歌声が横から聴こえる。
驚いて目を向けるとそこには大口を開けて歌ってるルフィがいた。
「ちょっとルフィ!?」
驚くナミの声が聞こえる。
そんな声を気にもせず、ルフィは大声で音程の外れまくった歌声を披露している。
その姿におかしくなって、私は笑いながら歌を再開した。
♪さよなら港 つむぎの里よ
♪ドンと一丁唄お 船出の唄
♪金波銀波も しぶきにかえて
♪おれ達ゃゆくぞ 海の限り
私の歌声とルフィの歌声が合わさり船上に響く。
といってもルフィは好きに歌っているだけで、
全然合わせようとしてないんだけど。
そうして二人で歌っていると、
「おれも歌うぞォ!!」
「おれも!!」
と声が聞こえてきた。
近くに来たのはウソップとチョッパー。
二人もまた、自分の好きなように歌い始める。
♪ビンクスの酒を 届けにゆくよ
♪我ら海賊 海割ってく
♪波を枕に 寝ぐらは船よ
♪帆に旗に 蹴立てるはドクロ
四人の歌声が響き渡る。
全員好き勝手に歌ってるせいで、もう歌としては滅茶苦茶だ。
……でも、懐かしい。
そんな感傷に浸っていると、
「スゥーパァーなおれ様の歌を聴かせてやるぜェ!!」
「ヨホホホホ!! 演奏だけじゃ我慢できなくなっちゃいました!!」
またしても乱入者が現れた。今度はフランキーとブルックだ。
もうここまで来たら、なんとでもなれとヤケクソな気分になってきた。
♪嵐がきたぞ 千里の空に
♪波がおどるよ ドラムならせ
♪おくびょう風に 吹かれりゃ最後
♪明日の朝日が ないじゃなし
全員が好き勝手に歌っているから、もう何が何やら。
特にルフィとフランキーなんて声が大きすぎて耳が痛くなってきた。
歌声で誰かに負けるのは流石に嫌なので、私も負けじと声を張り上げる。
そんな大合唱を続けていたら、
「ほら、私たちも歌いましょう」
「ちょっと、ロビン……!!」
どうやらロビンがナミを連れて参加しようとしてるようだ。
如何にも大人で綺麗なお姉さんという雰囲気だけど、
ロビンはこういう時ノリが良いんだ。
♪ヨホホホ ヨホホホ
「ワッハッハ!! 賑やかになってきたのう!!」
「ウタちゅわァ~ん!! おらマリモヘッド!! お前も参加しろ!!」
「あァ? ったく……」
とうとうジンベエやサンジ、ゾロまでこっちに来た。
最初は気を紛らわせる為だけに歌ってたのに、
随分と大きくなっちゃったなと苦笑い。
結局、仲間全員で歌ってる。
その事実がなんだかとてもおかしくて、私の歌声は更に強くなっていった。
♪ビンクスの酒を 届けにゆくよ
♪今日か明日かと宵の夢
♪手をふる影に もう会えないよ
♪何をくよくよ 明日も月夜
大きな月が見守る夜に、私たちの大合唱が響き渡る。
皆が皆、思い思いに歌ってる。
しっちゃかめっちゃかなその歌声は、けれど皆楽しそうで……
♪ビンクスの酒を 届けにゆくよ
♪ドンと一丁唄お 海の唄
♪どうせ誰でも いつかはホネよ
♪果てなし あてなし 笑い話
この歌が終わるのを名残惜しく感じてしまう。
でも、不安はない。
だって皆がいればいつだって、何度だって歌えるのだから。
♪ヨホホホ ヨホホホ
「プッ……あはははは!!」
歌い終わった直後、堪え切れずに笑いだしてしまう。
「ルフィ、相変わらず下手くそ~!!」
「なんだとォ!!」
私の軽口にルフィが怒る。
その姿もなんだかおかしくて、
私は更に笑いが止まらなくなってしまった。
「流されて一緒に歌っちゃったけど……ちょっとルフィ!! なんでウタが歌ってるのに割り込んだの!?」
「ん?……にしし、歌いたくなったからだ」
「ハァ!?」
ナミがルフィに怒ってる。
きっと私の沈んでる気持ちを察して、
気が済むまで歌わせようと思っていたのだろう。
そうしたらルフィが乱入してきて、結局自分も歌うことになってしまったのだけど。
こみ上げる笑いを抑えようと努力しつつ、二人に目を向ける。
「フ、クッ……だ、大丈夫だよナミ」
胸にあった寂しさと恐れは、いつの間にか綺麗に消え去っていた。
「楽しかった!!」
そんな、ある夜の一幕。