我侭な子が、欲しいと泣いた

我侭な子が、欲しいと泣いた


三界の命運をかけた霊王護神大戦を経て、尸魂界は平和を取り戻した。

以降、大きな戦いは起こっていないが当然ながらユーハバッハの残滓の影響は長らく残る。そうでなくても虚は生まれ続ける。

大きな大戦が無いとはいえそもそも護廷十三隊自体が壊滅状態となり学生からの見習い登用を考えるほどの人材不足。となれば、これ以上の欠員はどうしても避けたい事もあって、それまでであれば訓練も兼ねて席官に任せていたような討伐が隊長格に回ってくることもある。

 もちろん逆に席官が数名で行っていたものを平隊士の人数を増やして対応することも増えたが。

 ともかく、大戦以前とは討伐任務の割り振りの様子が違うことには皆納得はしている。だが……


「最近九番隊、檜佐木副隊長にやたら危険な任務回ってきてねぇ?」

「卍解習得したっていうのがマジってことだとは思うけどそんな凄い力だったのかな」

「そりゃああの更木隊長が追い掛け回すほどの力だぞ…」


そう。基本的に尸魂界は平和にはなったがユーハバッハの残滓の影響か、あるいは大戦にて一時開放された藍染と一つになっている崩玉の力の影響を受けたか、時折、ヴァストローデ級の霊圧を持った虚が出現することがある。

ある意味本当に進化してヴァストローデとして成体していてくれたら敵ながら理性もありやりようもあるが、ユーハバッハの残滓や崩玉といった普段あり得ないものの影響を受けて霊圧だけがヴァストローデ級となった虚、そう正に檜佐木達が見た已己巳己巴のようなものが時折現れるのだ。


そして九番隊に、そういった危険度のすこぶる高い任務が回ってくることが増えた。大抵の場合は隊長の六車、檜佐木の2人のみで討伐しにいく事が多い。

久南白はともかくそれ以下の者たちが同行しても戦力にはなり難く、護るものが増えると戦いにくいためだ。



その理由は檜佐木が卍解を習得したから、というのは間違ってはいない。ただ六車にしてみれば、冗談ではない。

「あんな思いは二度とごめんだ。二度と卍解なんか使わせたくない」と叫びたくなるような檜佐木の力…。


それでも、京楽が間違っているとは思わない。そう思えない自分が、誇らしいのか恨めしいのか、拳西は時々、解らなくなる―――。


―――― 「なるほどこれは確かに俺向きの任務ですね」

檜佐木が苦笑する。


今回の討伐対象の虚は厄介な性質をもっていた。霊圧は十刃級。ただやはり知性の無い分十刃よりは随分と厄介度合いは落ちる…はずだったのだけれど。

この虚は、例えば風死で遠距離から攻撃を加えることは、風死の鎖がいくらでも伸びる事もあって難しくもなく十刃のように鋼皮を持っているわけでもないため難しくはなかった。厄介だったのは、例えば2つに斬ったらそれで絶命するのではなく、またくっついたり、あるいは分断されたそれぞれが意思を持っているかのようにべつの動きもできるようだ。

つまり斬れば斬るほど虚から様々方向から攻撃されることになる。

 元が十刃級の霊圧を有してしまっているため一部を切り離したところで「雑魚」にはならず、また一つに戻って傷を癒やすことも可能なようだから、まともに戦うといつ終わるか解らない。

ただ、斬られたところは当然『霊傷』であり、それを再びくっつけるのにも虚の方も霊圧を使っている。ならば…


「隊長、次アイツの肉片が全部一つになったら、俺、アレやりますから、動けなくなって、『次は攻撃されてももう一回くっつくの無理』ってなってるところに隊長の卍解でトドメ刺してもらっていいですか」

 

「修兵、お前…」

「だってそれが最適解でしょ。俺たちの周り中に肉片落ちちゃったら俺たちのほうが虚に囲まれてるのと同じになるし。それにさっき拳西さん…」

「ああ俺は近距離攻撃だからさっき一撃受けてみたが、爪の威力自体はおれにとってはたいしたことねえが、捕食のためか多分相手の動きが鈍るように多少痺れが残るような要素あるな…。一撃だけだからそこまで影響ねぇが。」

「そうですか。じゃあやっぱり俺が卍解するのが正解ですね」

「いや、駄目だ。」

「駄目って…」

「いや、お前の言うことが、戦略としてはいちばん正しいだろうな。でも俺は…公私混同は解ってるがお前にあの卍解は使ってほしくない」

「……彦禰の時とは違いますから俺が一方的に攻撃を受けるわけではないですよ。これからも攻撃はします」

「それでも十刃級とやって、傷つかないのは無理だろ…」「……それは、」


「安心しろ。策がなくて私情だけでこう言ってるわけじゃない。少なくとも今回についてはお前が卍解しなくてもなんとかできる。」

「え?」

「お前は始解でアイツを、どれだけ肉片が増えてもいいからできるだけ斬り刻め。そうしたら肉片の方はまず攻撃してるお前に向かうだろう。そうすれば本体の方の霊圧はその分落ちてるから、その間に俺がもう一度近づいて卍解する。俺の卍解は触れてる間ずっと攻撃になるから懐に飛び込んじまえば速さはあんまり関係ねぇしな。俺の卍解の威力なら、本体にずっとダメージを与え続けられる。そうなれば肉片もお前への攻撃をやめて本体の霊圧補給と傷の回復のために本体にくっつきにくる。で、完全に1つに戻った時に、頭の部分をお前の鎌で微塵にしろ。くっつくにしろ肉片として攻撃するにしろ、判断してるのは頭だ。だから、」

「確かに、体には破面でいう鋼皮に当たりそうなものはないのに、頭は似たようなのついてて今直接狙っても無理ですね」 

「だろ。だが体があまりに傷つき続ければ意識はそっちに行って頭を攻撃されることの警戒も減る。十刃級の霊圧相手に懐に飛び込むのは容易じゃないが、だからこそお前の役目は俺が卍解を使える距離まで飛び込めるように援護することだ―――。」



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「――――ッ゙――、―――ッ」


「隊長!」


なんとも言えない声を上げて虚が消滅していくのと、卍解を解いた六車の周りの風がそれまでの吹き荒れたモノから一転、1度ふわりと彼を包んで凪いでいくのを観ながら檜佐木は駆け寄った。

「大丈夫だ。上手く行ったな。よくやった」

「はい。でも隊長、何度かアイツの攻撃を受けて…、あ、血……。」

「ああ、痺れはあるがやっぱり霊圧高いだけだからか、十刃みたいな複雑な能力じゃなさそうだから大丈夫だ。それより攻撃っていえばお前も…」

「あ、はい、肉片からの攻撃は無視して本体の霊圧一旦削ったほうがいいかと思って防御しなかったんで多少は。でも…俺の場合もう傷なんて消えてますから。」

「そうか…」

「はい…」


 檜佐木は微笑んだけれど、相手が悪かった。

「どうした修兵、何が怖い?」

「え…っ、」

「お前なぁ、眼の前にいるの誰だと思ってんだ?俺だぞ?他の誰でもない。…今のお前、最初に会った頃と同じ、怯えて、本当に笑えなかった時と同じ顔してるぞ…」


「あ…っ、あの、俺…」 

「うん?」

「けんせ、さんと、同じ虚に攻撃受けたのに、俺の身体もう、治ってて。痛みは一瞬感じたけど痺れとかそういうの、残ってなくて…、血も出なくて…」

「ん?べつにそんなことで罪悪感感じることないぞ?お前が辛くないほうが俺は嬉しい」

「やだ!」


 咄嗟に出たそれはまるっきり幼子の言い方だった。

じわりと目元に浮かんだ涙。

「俺もう、きっと、一緒に戦っても拳西さんが痛いのとか苦しいの、解んないんだ。痛いのだって俺は一瞬で終わっちゃうもん…っ、」 


イヤイヤをするように首をふる姿は頑是ない子供。

「せ、っ、かくッ、一緒に戦え、るッ、ようになった、のにっ!俺だけ、痛くなくて、苦しくないことッ、いっぱいあるんだ…っ」

ごめんなさいっ、と溢した子供を抱きしめてやる以外、拳西に何ができただろう。


「ゃだぁ…。拳西、さんっ、怖いよ…」


「大丈夫だ。俺の痛みも苦しみも孤独も、お前は全部解ってくれてる。俺が自我すら危うい時に、俺を支えてくれたのはお前なんだぞ修兵。これからだってな」

「ほんと?俺、ちゃんとできる?」


当たり前だと答えて微笑んだ六車にしがみついて、檜佐木は少しだけ泣いた。


六車の言葉に一欠片も嘘はないけれど、遠くなった痛みや苦しみを、檜佐木は初めて、欲しくて泣いた―――。





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