懐月、願わくば。

懐月、願わくば。

#守月スズミ#仲正イチカ#スズミィ!#眠すぎたから誤字脱字は許して……そっと教えて……

 ある日からトリニティに都市伝説が流れるようになった。

 夜の街で砂糖を持って歩いていると、耳障りなノイズとともに現れた白いワンピースの幽霊に襲われてしまう、というものだ。実際に被害に遭ったという生徒も多く、噂話の一言では片付けられないほど話は大きく膨らんでいったのだ。


 正義実現委員会の仲正イチカは、部下を引き連れその幽霊の正体を暴くことになった。ただの噂話ならわざわざ警戒などしないが、しかし、襲われた生徒の話からその現場を調査して、ビルの壁に銃弾ではあり得ない形状の穴や、異様に頑丈な砂糖の結晶などの物証が見つかってしまっては、流石に動かざるを得ない。

 幽霊ならばそんなものは残さない。要は、幽霊と呼ばれている不審者を捕らえようとしているわけだ。


 最新の目撃情報があったビルの路地裏。そこに一人囮役の生徒を配置し、近辺から監視、警備するイチカの部隊が捕らえる算段である。取り逃した場合に備え周辺の裏路地と大通りの境目に監視役を満遍なく配備もしてある。


「ど、どうしよう。本当にお化けだったら……」

「変なこと言わないでよ!」

「大丈夫っすよ!銃が効かない相手なら、こっちになにかすることもできないっすから!さ、集中するっすよ……」

「はっ、はい!すみません!」


 一度緊張をほぐしてから気を引き締めさせる。慣れた口調で統制を図ったその瞬間、ぞわり、と寒気を感じるほどに明確に気温が下がる。それと同時に重厚な存在感が路地裏の奥から近づいてきており、その場の全員の鼻をふわりと包むような甘い香りがくすぐった。

 コツコツと靴底で地面を叩く音が反響し、だんだんとその音は大きくなって行く。

 緊張した空気の中、姿を現した不審者。白い、薄手の外套に身を包んだ守月スズミがそこに立っていた。


「いけませんよ、それは、だめです」


 熱の失せた抑揚のない声で語りかけ、囮役の生徒にスズミは歩み寄る。尋常ならざる気配が、自身を目標に向かってくる。囮役の生徒は恐慌寸前と言った様相で、震えることすらできず、息を詰まらせ、目を見開いたまま硬直している。

 強く握りしめられる砂糖入りの小袋に、スズミが手を伸ばす。肘まで結晶化したそれが顕になった瞬間、その生徒の忍耐は限界を迎えた。

「う、ぁ、あぁ!……ああ、ああああ!!!」

「待つっす!」

 突発的に銃を構えて引き金に指が乗せられるがコレに敵意を示してはならないと感じたイチカは咄嗟に飛び出し、銃を抑え込む。

 ばっ、とスズミに視線を向けると、拳一つ分の距離のところ、イチカの眉間目掛けて砂糖の棘が、鋭い先端をまっすぐに向けていた。その根元はスズミの左手に握られており、どうやら結晶化した腕から伸びていたのをへし折ったらしい。切断面からは微かだが結晶が成長し、いまだにイチカたちを狙っていた。


「すみません。このところ、腕、いうこと、聞かなくて」


 そういいながら折られた結晶枝を手の平に捩じ込むようにして吸収させてしまうと、何もなかったように再び歩み寄り「それ、ください」と、まだ人の見た目を残す方の手を差し出した。


━━━━


「それでは、失礼、します。吸わない、ように」


 砂糖を受け取ったスズミが右手の指を鳴らすと、母指球と指の腹から眩い閃光と轟音が溢れ、イチカを除く全員を気絶させ、イチカ自身も視覚と聴覚を奪わる。

 ようやく視力が戻った頃には、スズミはどこにもいなくなっていた。


「くっ、抜かったか。……あれは、自警団の。一体……どうなってるんすか」


━━━━


 閉園中の遊園地に忍び込む影が一つ。

 赤子のように頼りなく歩み、観覧車の搭乗口の前で立ち止まるそれは、懐から袋を取り出してその中の粉をサラサラと呷る。

 一息に飲み下してから袋を片付け、ヘッドフォンを耳に当て、お気に入りの曲を再生する。誰もいない遊園地の、ごく狭い空間に、騒音が漏れ出す。


 滅多矢鱈に煩いのではなく、八釜しく、囂しく、そして騒がしい。歪んだ弦楽器の単調な繰り返しが重ねられていく。そんな音楽。とても、とても落ち着く。

 そんな折、はたと空を見上げると、月明かりが目に留まった。白々と耀う、温度のない光。それがとても美しくて綺麗だと思った。

 曲を変え、ととっ、とステップを踏む。

「──♩」

 照らしはすれど温めることのない、涼しげな月の光を浴びながら、静かに踊り狂う。

 しなやかに軽やかに。透き通った指先にまで意識を伸ばして、音のまま、思うがままに。

 誰か見ていたら、なぜ踊るのか?と聞くかもしれない。


砂糖を摂って気分がいいから?違う。

誰かを傷つけずに済んだから?違う。

星空と月がとても綺麗だから?違う。


もし誰かに聞かれたのならば、こう答えよう。


「踊らなければならないから」



 月光は一層白くなった白髪に反射し、結晶化した右腕を煌めかせる。

 意義もない、意味もない。価値も、理由も、必要性も、またない。

 ただただそうしなければならなかったから。少女はくるくると踊る。跳ねるようにステップを踏む。吹き飛ばされる枯葉のように舞う。

 そうして、いつしか踊らなくてもよくなるまで、一人孤独に。愉快に楽しく。狂おしく美(は)しく。そうし続けていたのだった。

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