憧れの父親

憧れの父親


ドレスローザにて、麦わらのルフィとその仲間は、一味の船大工フランキー作の電伝虫を前に、緊張の様子を隠せないでいた。それと一緒に船長の手元には、ウタのオルゴールの中にあった紙切れが置いてある。そこには、とある船の電伝虫への番号が記されていた。


「アウッ!これでOKだぜ!」


「サンキュー!フランキー」


「なになに?ルーシー達何するのー?」


「…ウタの父ちゃんに電話すんだ」


「!!…ごめんね、空気読めてなかったね…」


「いいよ気にしなくて!むしろ悪ィな、気ィ使わせちまってよ」


ルフィはレベッカに、なんでもないように明るくそう口にした。しかし表情はやはり硬いままだった。それはこれから行われることに、彼が彼らしくもなく、この上なく緊張していることを、嫌という程周りに示していた。


「じゃあ…かけるぞ!」


「「「おう(ええ)」」」


 プルルルルル


 プルルルルル


 プルルルルル


「中々でねェな」


ウソップが痺れを切らしたように言う


「焦らないの、きっと今頃向こうも大変なことになっているでしょうしね」


「まあ、それもそ「ガチャ」!!!」


「「「!!!!!!」」」


ロビンがそれを嗜めた瞬間、電伝虫が、その向こうにいる者の存在を知らせた。


「…もしもし?」


その声は全く覇気のない物だった。酷く憔悴しきっており、数日まともな睡眠をとって無いことが伺える。


「赤髪海賊団の電伝虫で合ってる…マスカ?おれ…ワタシはルフィ、麦わらのルフィだ…デス」


事前にロビンから渡されたカンペを、ルフィは務めて冷静に、別の言い方をすれば、ガチガチになりながら読み上げる。


「麦わら?…そんな若造共が何の用だ?悪いが、こっちは今大変なことになっててそれどころじゃ…「シャンクス達に、ウタのことで話がある。代わってもらえねェかな?」!?」


音声の向こうに衝撃が走っているのがわかる


「ウタって、大頭の娘さんの名前……わかった少し待ってろ、今大頭を呼んでくる」


「おう、頼んだ…デs「もういいわルフィ、自然体で行きましょう」!おう、そうする!」


どうやら第1関門は突破できたようだ。


「…大頭…………フィ………ウ……が」


電話の向こうで、電話に出た者とシャンクスと思われる者の会話が途切れ途切れながら聞こえてくる。その時間は一瞬にも、また永遠のようにも思えた、その時だった。


「電話変わった、シャンクスだ。ルフィで間違いないか?」


ルフィを除く一味に緊張が走る。無理もない。相手は四皇と称される最強の海賊の一角、電話越しにも伝わる苛立ちや焦りを孕んだその声は、それだけで半端な実力者を気絶させることすら容易であるかのように思わせるものであった。


「おう!久しぶりだな、シャンクス!」


しかし自分たちの船長に気負いなんてものは一切見受けられない。むしろ心から久しぶりの会話を歓迎してるようにすら見えた。いや、実際歓迎しているのだろう。何せ12年ぶりの憧れとの邂逅なのだから。


「……済まないが、挨拶は省く。単刀直入に聞く。ウタは今、お前たちと一緒にいるのか?」


だが、どうやら向こうに再会(正確には少し違うが)を喜ぶ余裕は無いようだ。


「ああ、今は治療も兼ねて寝てっけど、取り敢えず命に別状はないって医者が言ってた」


「!!…そうか…そうか…!無事か、生きて…いるのか……!」


「…おう!」


「良かった…よかった…本当に…よがっだ…!」


言葉尻に泣き声すら交じったその声には、先程までの四皇の威厳や威圧感は、既に無かった。あるのは娘の無事を喜ぶ父親の安堵のみであった。


「だったら良いんだ、教えてくれてありがとうな、ルフィ。今度会う時は…「ちょっと待てよ!まだ話は終わってねえぞ!」


一頻り嗚咽を漏らしたあと、落ち着いたのか穏やかな声音でシャンクスは話を締めようとした。しかしその声は何かから逃れるような、目を背けるような気持ちを、静かに、しかし確かにルフィ達に届けていた。


「ウタに会わねェのかよ?」


ルフィは少しの怒りと、多くの困惑を含ませ問いかける。


「…おれ達に、いや、おれにウタに会う資格は無い」


「何言ってんだよシャンクス!ウタはシャンクスの娘だろうが「だからだ!!」…!?」


「ウタは、確かにおれ達の娘だった。だがおれは、おれは…あいつを捨ててしまった!!」


「だけどよシャンクス!それはドフラミンゴの所のシュガーって奴のせいで…」


「どんな理由であれ!おれがウタを捨てたという事実はもう覆らない!宝物だと口先では言いながら!それまで育てて来た娘を!いくら記憶を消されていたとはいえ、捨てようとしたんだぞ!!それもゴミ箱に!!そんなおれを…ウタが許すわけが無い!!」


「そんなの…「勝手に決めないでよ!」!?」


レベッカが泣きながら割り込んできた。


「勝手に決めないでよ!ウタちゃんに会いたくないって言われた訳じゃないんでしょ!!貴方が誰か私には分からないけど…でも、貴方たちの記憶が戻ってからどんな思いで居たのかくらいは、今そばで声を聞いただけでもわかるよ!」


「…失礼だが、お嬢さんはどなたかな?あまり話に割り込んで欲しくは無いのだが…」


「私が誰かなんてどうだって良いの!大事なのは、貴方の話にウタちゃん本人の気持ちを考えてる様子が無いって事なの!」


「何だと?」


今度は明確に怒りを孕んだ声でシャンクスは答える。


「お前に何がわかる!!おれたちは娘を捨てて、呑気に海賊稼業してたんだぞ!!12年もの間なァ!!こんな奴に会いたいなんて、ウタが言うわけ…」


「だから!!それが決めつけだって言ってるの!!」


愛と情熱の国の王女は、こちらもまた、四皇の怒りなどまるで意に介さないかのように怒っていた。


「ウタちゃんは、その12年間ずっと皆から忘れられてたんだよ?ルーシー達に聞いたらその間声も出せず、眠ることも出来なかったんでしょ?そんな生き地獄の中で、彼女が何を支えに生きてきたのか、貴方知ってるの?」


「…何だって言うんだ」


「ルーシーがウタって呼んでくれたことだよ!わかる?ほかの名前じゃダメだったの!ウタじゃなきゃダメだったの!あなた達がかつてつけてくれたその名前じゃなきゃ、彼女の心はもうきっと壊れてしまってたの!!そんな大事な名前を最初にくれた相手を「もういいよ、レベッカ、ありがとう」…ウタ…ちゃん?って体はもう…」


「うん。とりあえずだいじょうぶ」


ウタはレベッカに微笑みかけながら、受話器を受け取る。


「ひさしぶり、シャンクス」


「ウタ…ウタ…なのか?」


「うん。やっとおもいだしてくれたんだね」


「ああ、その…すまな「いいよ」……は?」


「わすれてたのは、ルフィたちもいっしょだし、なにより、シャンクスたちがぜんぶわるいわけじゃないから、いいよ。ゆるしてあげる」


「ウタ…だけ「だけど!」


「まだ…すてられたときのことをゆるせるかは…じしんないや」


「…ああ、当然だ。本当に取り返しのつかないことをしてしまったと思っている。すまなかった!!」


「うふふ、シャンクス、ベックマンにおこられてるみたい」


四皇の威厳など捨て去り、ただただ平謝りする父親の声を聞き、娘は柔らかく笑う。彼女がかつて見たであろう家族の記憶に重ね合わせて。

そんな様子を見て、周りの者たちは一度近くを離れる。こんな場面に部外者は要らないという判断なのだろうか。


「でもね、シャンクス」


そんなウタだったが、今度は少し真面目な声音になって続ける。


「あやまりつづけてほしいわけでも、じつはないんだ」


「?」


電話越しにシャンクスの困惑が伝わる


「あのねシャンクス。わたしね、ルフィやなかまたちとたっくさんぼうけんしたんだ!たからばこのなかにはまったひとにあったり、にんぎょにあったり、ぎょじんさんにもあったり、そらのうえのしまにいったり…ほかにもまだまだたっくさん!それをきいてほしいの! 」


「あ、ああ、それでどうしたんだ?」


12年ぶりの親子の会話は、その空白を埋めるかのように長い時間続いた。それはあの日、ルフィに人形を託して、或いは託されてからの、それからのことの話であった。


「あー、ゴホン!親子の感動の再会を邪魔して悪いが、ウタ君。君はまだ安静にしていた方がいい。父君も、どうかその辺で切り上げて貰えないだろうか?」


どうやら医師からの要請を受けてキュロスが呼びに来たようだ。…だいぶ前から待っていたようだが、そこは空気を読んでくれたのだろう。

本当に時間切れ、という訳だ。


「ああ、勿論だ。すまないウタ、無理をさせてしまったか?」


「ううん、ぜんぜん!むしろもっとはなしていたいくらい!」


「そうか…それは良かった!名残惜しいが、今はお前の体調が第一だ。電話はルフィに変わって、お前はベッドに戻るといい」


「うん、わかった!ルフィー!」


ウタがルフィを呼ぶ様子を聞きながら、シャンクス達は涙を禁じ得ないでいた。今や四皇として君臨する大海賊。ましてやその頭を始めとする大幹部たちの涙など、滅多に見れるものじゃない。しかし部下たちへの示しがどうとか、海軍並びにほかの勢力からの監視がどうとかは気にせず、彼らはひたすら、流れる涙をそのままにしていた。それは娘の成長を喜ぶと同時に、それを間近で見てやれなかったことへの後悔か、はたまたルフィやその仲間への感謝によるものか、それは分からない。


「変わったぞ!ルフィだ!!」


そんな空気を壊すかのように陽気な声が向こうから聞こえてくる。


「ルフィ、今までウタを守ってくれたこと、赤髪海賊団一同全員、心から感謝する!本当にありがとう!!」


「おう、どういたしまして!」


「それで、ウタのこれからについてなんだが…何か予定は決まっているのか?」


「いや、特には。だけど、取り敢えずしばらくはドレスローザでりょーよーってことになってる。まだ感覚も戻りきってねェみてェだしな

その後は、またおれたち一緒に冒険するよ!」


「そうか、そうだろうな。…わかった。ウタのこと、よろしく頼んだぞ!」


「…なあ、シャンクス。りょーよーが終わったらさ、どっかでウタと会ってやってくれよ」


「……それは、今はまだ約束できないな」


「ダメだ!今ここで約束してくれ!!」


「!?…どうしたんだ?ルフィ?」


「おれが言えた義理じゃねェってのは痛ェほどわかってるつもりだ。だけど…今一番痛えのは、ウタだ!!」


「それは分かって「いいや!!シャンクス達は何も分かってねェ!!」…何かあるのか?」


「人に戻った後、あいつ、暫くずっと眠ってたんだ。医者は今までの揺り返しだろうって言ってた。ウタのやつ、その時、なんて言ってたと思う?」

                      

                     〜〜〜数日前〜〜〜


「ご………い…な……………………る」


「!どうしたウタ!気づいたのか!おい!」


「いやだ…すてないで…おいてかないで…シャンクス…おとうさん…!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「!!!…なら、尚更すぐに直接会うにはいかな…」


「違ェよ!!言ったろ!あいつはまだ、シャンクスを!赤髪海賊団を![お父さん]って呼んでんだよ!!!12年経ってもまだ!!ウタにとってシャンクス達は大好きな父親のままなんだよ!!!!そんな娘が手を伸ばしてんのに何もしないなんて!赤髪海賊団はそんな情けない男達じゃないだろうがよ!!!!!」


「「「「!!!!」」」」


「おれだって、ウタに色々謝んねェといけねェことがたくさんあんだ、シャンクス達ばっかり責めていいとも思ってねェ…けどよ、シャンクス達は、おれの旗揚げからずっと一緒だった仲間を泣かせてんだ!このままじゃ、俺はシャンクス達を!自分の憧れを!一生許せる気がしなくなっちまうんだ!!!!…そんなのおれ…おれ…

           

                   い゛や゛た゛よ゛!!!」


「ルフィ…」


電話の向こうでシャンクスが呟く。


「おれだってシャンクス達のこと大好きなんだ!ずっとずっと憧れてきたんだ!それなのに、なのに嫌いになんか、なりたくねェよ…」


「…そうだな、分かった!」


「!」


「男がケジメもつけないで、コソコソ逃げてちゃあ駄目だよな。ルフィ!お前の言う通りだ!きちんとウタに会って、直接謝る!ありがとうな!お前に言われかったらおれ達は、最悪の腑抜けに、何より人の親として最低なヤツらになっちまうところだったぜ!恩に着る!!」


「じゃ、じゃあ…?」


「ああ!ウタの体調が安定したら、また連絡してくれ!本当ならこちらからドレスローザまで出向くべきなんだろうが、少しやることがある。なーに心配するな!すぐ終わらせるから」


ルフィの顔がみるみる明るくなっていく。それはシャンクス達も同じであった。しかし彼らの方は、何か決意を固めたような気配がある。やること、とやらに何か関係があるのだろうか?

しかし今はどうだって良い。ルフィからしたら、赤髪海賊団は今でも、かつて自分が憧れた男たちであったのだ。ウタの親であってくれたのだ。今はそれが何よりも嬉しかった。

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