憎い憎いは可愛いの裏。

憎い憎いは可愛いの裏。


「好きもダメ。愛してるもダメ。全員好きなのは嫌いってコト。言葉って難しいんだな。スナッフィーはそんなこと教えてくれなかった」

道徳では習わないけども、人間として当たり前の考え。

それがロレ公には足りていない。備わっていない。

決して頭が悪いわけでは無い。あのスナッフィーに再教育されたのだから基本知識は備わっているんだと思う。

でもスラムで育ったクソみたいな経験が。家族に捨てられたクソみたいな記憶が。

自尊心の萌芽が芽生えなかったクソみたいな環境が。

そういった積み重ねがどうしようもなくドン・ロレンツォの人生において、人生観においての足枷になってしまっている。

「だぁー、じゃあ嫌い。ネス坊のことだけが大嫌い。これで満足?」

「……」

少しだけ、ほんの少しいいなと思った。

ロレ公にとって皆が好きなのならば。

ロレ公にとって全員が平等なのならば。

ロレ公にとって僕が嫌いで、大っ嫌いなのならば。

それは確かに彼にとっての『特別』であるのだから。

刻みつけたいと思った。特別になりたいと思った。

最初の相手に僕を選んでくれたのだからエスコートしたいと思った。

ならばこれは僕らにとって、ただしい“愛の形”なのでは?

いいや愛じゃない。愛なんかじゃない。

僕はそもそもロレンツォのこと好きじゃないし。

ロレンツォも僕のことなんてカイザーのおまけ玩具くらいにしか見てない。

間違ってない。きっと間違ってない。

僕はロレ公が嫌い。大嫌い。

カイザーの邪魔するロレ公が嫌い。

ギラギラと金歯を見せて品の無い笑い方をするのが嫌い。

人を金でしか見てくれないところが嫌い。

嫌い。嫌い。嫌い。

情事の時に声をあげないよう必死に我慢するところがいじらしくて嫌い。

イきたくなったらしがみついてくるところも嫌い。

今が最高に楽しいって態度のくせに少しだけ淋しげな目が嫌い。

クソみたいな映画を一緒に見て笑い合ったあの時間も、_____あの時間も嫌い。

なぁにが無垢だ。ドス黒いじゃんか。

ドン・ロレンツォのことが嫌い。

うん。案外いけそうだ。

僕は魔術師アレクシス・ネス。魔法だって自己暗示。

嫌い。僕だってロレ公のこと嫌い。

それでいい。それでいいの。

あの日なんてなかった。僕とロレンツォの間にはなにもなかった。

好きも愛もloveもlikeも存在しなかった。

「…僕じゃ、なんでダメなんですか」

違う。違うの。こんなこと言って困らせたいワケじゃない。

「確かに、確かに年俸は劣りますけど、伸びしろとかその…ありますし」

スナッフィー?カイザー?世一?そんなの知らない。

僕を選んで欲しい。

「僕料理とか得意だし、節約もほどほどにできるし。お酒もほどほどだし。あと、あと……」

指をおりアピールする。

しようとするけど、しようとしたけど4つ目にして言葉に詰まってしまった。

カイザー、カイザーならこういう時どう言う?どう答える?カイザーなら俺だけを見ろとか言う?言うか…?言うかぁ。

いいや違う。

「僕なら、僕なら……!」

「ネス坊なら?」

フッ、と微笑んだロレ公を見て。見てしまって。

「僕ならあなたを愛せます」

つい、言うつもりのなかった心からの本性が言葉として漏れ出てしまった。

確かにその言葉が耳元まで届いたはずのロレ公は僕とは違う濁った紫色の目を猫のようにまん丸にして。

視線をうろうろ、と忙しなく動かして。

口をもごもごとさせて。

そうして僕の一世一代の大告白を咀嚼して反芻してなんとか飲み込んだ様子のロレ公が。

「だぁ、ネス坊はかわいいなぁ」

とはにかみながら言ってくるのを見て。

やっぱり僕はロレ公に恋してるんだと、ロレ公を愛してるんだと。振り向いて欲しいと、好きになって欲しいと、どうしようもなく恋焦がれているのだと再理解してしまうだけだった。



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