慈愛の模造品

慈愛の模造品

ナイショ話やハロウィンとかの話書いた人


・弟くんが妹ちゃんな世界線の三代目コラソン√IF

・モブの男が出張る


 ある男は、ドフラミンゴを心の底から憎んでいる。

 奴が纏め上げる組織の幹部を担っている女に結婚詐欺を仕掛けた男が、同じ町に居た。それだけで、男にとって唯一の家族であった妹が報復に巻き込まれて殺されたからだ。

 妹の墓前で、男はドフラミンゴに復讐してみせると誓った。素性を隠し、湧き上がる憤怒と屈辱をひた隠しにして、着実に成果を積み重ね────信用を得た。

 ようやく目的であったドフラミンゴの妹分“コラソン”の護衛に抜擢された時、男の胸中は仄暗い歓喜に満ちた。


(これで大事な妹を理不尽に殺される苦しみを、奴にも味わわせてやれる!)


 コラソンは非戦闘員だ。戦えないことを主張するように、彼女のスラリとした脚は常にくるぶしまでタイトスカートに包まれており激しく身動きが取れない。逃げることにさえ苦労する彼女を護るため、ドフラミンゴは自身が近くにいるとき以外はコラソンの傍に護衛を置いている。


 そして目論見通り、絶好のチャンスは巡ってきた。人気のない廊下をしずしずと小さい歩幅で進むコラソン。その数歩後ろに付き従う男は、紅いコイフに包まれた後頭部を見開いた瞳孔で見下ろしていた。荒くなりそうな吐息を必死に整え、彼女に気取られぬよう平静を装う。

 

 (───やれる。今、この時しかない!)


 決して音を立てないよう、じれったいほどにゆっくりとホルスターからナイフを抜き……目の前の小柄な背に突き立てた。


「────ッ!!」


 声にならない悲鳴を上げて、コラソンの身体がビクッと跳ねる。ナイフを引き抜けば、血濡れの刃がてらりと光を反射した。

 咄嗟にこちらを振り向こうとする彼女の肩を強く押せば、華奢な身体はいとも容易く押し倒された。勢いよく背中から床に打ち付けられたコラソンだったが、ドフラミンゴと揃いのフェザーコートが衝撃を吸収したせいか想定より音は響かなかった。男にとっては好都合だ。

 倒れた勢いでコラソンのサングラスが外れ、落ちる。彼女の上に容赦なく跨った男はその顔を見てギョッと目を剥いた。濃い色硝子の下から現れたあどけない顔立ちは、まるで殺された妹に近い年頃の少女のように見えたからだ。

 ……しかし、仇の妹であることに変わりはない。


「お気の毒だなァ……コラソン!あの男の妹分であったせいで、おれに殺されるんだからな」


 状況を理解しているのか、していないのか。息があるにも関わらず、茫然としたまま動かない彼女に向かって男は言葉を投げかける。


「おれはドフラミンゴに妹を殺された……お前を殺して、奴に同じ苦しみを与えてやる……!!」


 その言葉を耳にした時、焦点のぶれていた琥珀色の瞳が確かに男を見た。

 するとコラソンはゆっくり瞼を閉じ……クッと喉を反らしてみせた。曝け出された彼女の白い首元を彩る真っ赤な首輪から吊るされた鈴が、チリンと揺れる。

 “さあどうぞ”と言わんばかりに急所を差し出され、男の思考が一瞬停止した。


「ッ、はァ……?」


 理解できなかった。常人であれば抵抗か命乞いをする状況だ。少なくとも、自ら命を投げ出すような真似はしない。男は何か言おうと口を開くが、彼女の行動でグチャグチャに乱された思考は纏まらず、やがて低い唸り声が漏れ出した。

 “理解不能”は、“恐怖”を呼び起こす。

 ほんの数秒前まで間違いなく男は優勢だった。か弱い獲物を踏みつけにして、あとは如何様にも殺せる“捕食者側”に立っていた。しかし今はコラソンに対して、正体不明の化け物を前にしているような恐れすら抱いている。


「ぐ……ぅッ……うッ、くッ……!!」


 あとは喉をひと突きするだけで復讐は達成できる。なのに、身体が言うことを聞かない。腕の動きは錆びついたようにぎこちなく、ガタガタ震えていた。滲んだ手汗が、ナイフを握る手のひらをじっとり湿らせていく。

 苦悩する男へ、コラソンは安らかな笑みを浮かべた。彼の所業を赦すかのように穏やかな笑顔を。

 その表情が、かつて男へ向けられた妹の微笑みと重なった。


「……あ゛ぁ゛ァァァアアア────ッ!!」


 理性の糸が千切れた。男を突き動かしたのは、脳髄が焼き切れるほどの衝動。絶叫と同時に振り下ろされる刃が銀色に閃き────


 ───カラン、とナイフが床に落ちた。



 ……それから数日後。

 病院のベッドで目を覚ましたコラソンは、自分を刺した男が殺されたことを知った。口にするのも憚られるほど凄惨な拷問の末に死んだらしい。

 そう告げた顔見知りの見舞い客の背中を見送る。足音が完全に遠ざかったあと、コラソン──もとい“ルカ”は、きつく巻かれた包帯に覆われている刺し傷の上へ手を添えた。

 未だにズキズキと疼く胸の傷痕に、同じ箇所へ刃を突き立てられたひとを思い返す。この痛みを受けてなお、自分たち兄妹の苦しみに涙してくれた恩人を。


 (……コラさんのようには、できなかったな)


 


Report Page