セッしないと出れない部屋(ペナルティ:感覚遮断)

セッしないと出れない部屋(ペナルティ:感覚遮断)



「見知らぬ部屋に閉じ込められていたら壊して脱出しようとするのは当然の考えだと思うのですが……それに対しての罰が重すぎやしないと思いませんか?」

「部屋を破壊しようと攻撃したら罰として五感の機能のうち一つを奪われる……か。しかも連帯責任ときた」

晴信の指示により部屋の中を調べた景虎が持ってきた情報を聞き、晴信は顔をしかめる。

目で見る。耳で聞く。鼻で嗅ぐ。舌で味わう。肌で感じる。五感とは生き物が外の情報を知るために必要な感覚器官である。その一つを失っても生きていける。二つ、三つと失っても生きてはいける。生きることは可能だが、一つでも失えば生きるという事は簡単ではなくなる。

晴信はしかめた顔を景虎の方へと向ける。その視線は景虎の顔を通り過ぎ、少し左にズレた何もない空間へと向けられた。

晴信の瞳はいつもと変りなく濁ることなく澄んでいるにも関わらず、その焦点は景虎へと合ってはいなかった。

「まったく何も見えませんか?」

「ああ、どこかの誰かのせいでな。まったく……部屋から出れさえすれば元に戻るってのだけが救いだな」

部屋を破壊しようとしたペナルティ。晴信は景虎が部屋を破壊しようとした事のペナルティとして、視覚の機能を失っていた。

 

セックスしないと出られない部屋。

武田晴信と長尾景虎の二名は、目が覚めたらそんな文字が扉に書かれた部屋に閉じ込められていた。

その文章を目にした瞬間、晴信の隣で風が走った。晴信が止める間も無く、疾風のような速さで景虎が扉を破壊しようとその手に槍を顕現させ、勢いよく振るった。

斬ッ、と景虎の手に手ごたえはあった。けれど、景虎の一振りで簡単に大破しそうな見た目にも関わらず、その扉は刃傷一つ付くことなくその場に在り続けていた。

「ダメですか。魔術か何かで防がれているようですね。晴信、解析とかできますか?」

「罠があるかもしれないのに突撃するんじゃねぇ!何かあったら」

晴信の叱咤が終わらぬ内に、部屋内にキィン…というスピーカのノイズのような音が響いた。

耳に反響する高音に、景虎と晴信は咄嗟に耳を押さえる。耳鳴りの残響のような音が引いた後、二人が耳から手を離すと部屋に無機質な音声が響き渡った。

「攻撃が感知されました。ペナルティを発動します」

フッ、と世界から明りを奪われたように晴信の視界から色が消えた。

いや、色だけではない。目から得られる情報である物の形や距離、瞳を閉じた時ですら感知できる微かな明暗すらも視認することができなくなった。

まったくの暗闇。瞳が動く感覚や、瞼を上下する動きは意識してできるにも関わらず、まるでレンズに蓋をしたままカメラのファインダーを覗きこんでしまった時のように、その目の先は暗闇以外を映さなくなっていた。

「……ッ、景虎!声を出して位置を知らせろ!」

急に視界を奪われたにも関わらず、動揺したのは視界を失くした直後の一瞬だけだった。晴信は即座に状況を把握しようと景虎へと呼びかけた。

「そんなに大声を出さずとも近くにいますよ。そんなに焦ってどうかしました?」

少し驚いたような景虎の声を頼りに、その方向へと晴信は顔を向ける。位置は大まかにしか分からず、距離も測れない。いつものように立っているならそこに景虎の顔があるであろう位置へと晴信は視線をさ迷わせる。

「そんなにキョロキョロとして、まるで私が見えてないように見えますよ」

呆れた声が投げられた元へと晴信は視線を定め、そこにあるであろう景虎の呆れた顔を一睨みする。

「ようじゃなくて実際見えていない。……視界が奪われた」

「!?」

見えずとも、僅かに聞こえた景虎の息を飲む音でその目が見開かれているであろうということが晴信には想像できた。

「攻撃のペナルティと言っていたな。……景虎、後で覚えていろよ」

そうして、まずは状況の把握だと目が見えなくなった晴信の代わりに景虎が部屋を調べたところ、冒頭のような会話へと繋がったのだった。

 

 

悪趣味な部屋だと思った。

例え同室で一緒に目覚めた相手が自分と恋仲になっている男であったとしても、その扉に書かれている文字へと刃を向ける衝動を抑えきれなかった。その結果、自分だけではなく晴信も報復の対象となってしまうのは想定できなかったのだけど。

景虎は目の前の男を見る。現在、ペナルティを理由に視界を奪われた晴信は、その視線を景虎へと向けようとするもなかなか思うようにはいっていなかった。魔力の気配と音によって大まかな位置は把握できていても、顔を見ること、視線を合わせること、その細かな位置を調節することは難しいようだった。

あまりにも晴信の目が景虎を探すようだったので、景虎は晴信の方へ足を一歩近付く。そのかすかな音を拾ったのか、晴信が僅かに景虎の足元へと顔を向けた。視力を失った分他の器官が研ぎ澄まされているのか、見えない分、他の感覚で得た情報に対して過剰に反応してしまうのか、晴信の反応は過敏にも見えるものになっていた。

「……視界を奪われた晴信なんて万全ではないからつまらな…いえ、とても不便そうですし、ささっとやって出てしまった方が良さそうですね」

そう言って景虎は晴信の頬へと触れる。その輪郭をなぞりながら晴信の顔を自分の真正面へと向くように誘導し、その顎へと手を添えた。

いつもならその時点で身をかがめてくれるのだが、今の晴信は景虎に促されるまま顔を動かし、焦点が合うだけの瞳を向けるだけだった。

「見えなくなると察しが悪くなるんですか?晴信、少しかがんで下さい」

そうでないなら力尽くで顔を下にする、と顎を持った指に景虎が少しだけ力を加えると、晴信が止めるように景虎の腕をつかむ。

「おい待て、その前におまえの方はどうなんだ」

「どうとは?」

「おまえの受けたペナルティはなんだと聞いてるんだ。おまえも何かしらの感知機能が無くなってるんだろ」

晴信の問いに景虎は口を閉ざす。

扉を破壊しようとしたのは景虎のため、もちろんペナルティを受けていた。

五感のうち一つを遮断されるとなれば、自ずとペナルティの内容は5つに絞られる。視覚と聴覚に問題が無いという事は、今までの景虎の行動からたとえ目が見えなくなった晴信であっても見抜くことはできた。

「目と耳は問題ないんだろ。だとするとそれ以外の……」

「嗅覚ですよ」

「……ふぅん」

咄嗟に景虎の口から出た言葉に晴信は眉をピクリと動かした。

それまでは慌てたようでもない景虎の様子から、視覚を遮断された自分よりマシな状態なのだろうと思っていた。けれど、自分の言葉に被さるように放たれた言葉の中に景虎の焦りが隠されているのを感じ取った。

たいていの事に関してはどこか余裕な態度を保ったままのこの女が焦るとなれば、状況が限られる。

「嘘をつくなら状況と内容を考えろ。下手な被害の隠蔽は状況を悪化させるだけだろ」

晴信は掴んだままの景虎の腕を握る手に力を込める。常人なら既に骨が折れているだけの力で握っても景虎に効かない事は承知の上だが、だからと言って骨が軋むほど握られて無反応を貫けるほど変異の存在ではないことも理解していた。

普通、ここまで強く腕を握られれば手なり腕なりに力が入り、反射的に手の指が動いてしまう。そうすれば骨が動き、筋肉が動いて握った手の平にその動きが伝わってくるはずだった。

通常の景虎であれば間違いなく瞬時に動くであろう動きが一拍遅れた。手に伝うその動きから、晴信は自分の推察が当たったことを確信する。

「触覚……ここまでやって反応もないとなると痛覚まで無さそうだな。とすると、おまえ今、温度も分からなくなってるんじゃないだろうな?」

「…………なんでそこまで分かるんですか。魔力流してませんでしたよね?」

一瞬は沈黙を守ろうとした景虎だったが、晴信の様子を見て観念したようにその言葉を認めた。

ここで認めなければ更なる強硬手段で晴信は口を割らせにくるだろうと思ったからだ。それに事実、景虎は五感でいうところの触覚をペナルティとして遮断されていた。そのせいで晴信が込めてきた力にいつものように反応できなかった。

景虎の言葉を聞き、晴信は景虎の腕を握る手から力を抜く。

晴信に握られていた箇所が赤くなっているのを見て、随分と本気で握ったものだと景虎は思った。やはり見えなくなっているせいで他の加減も難しくなっているのか、それとも内なる焦りなのだろうか。

見えないながら先ほどまで自分が握りしめていた箇所を指で撫でている晴信を見て、その撫でる感触が自分に伝わってこないのが少し残念だと、今の状況をよそに景虎は思った。

「熱や冷えを感じるのも触覚の機能の一部だろ。にしても……随分と厄介なものを引いたな。ふつうに考えても致命的すぎるだろ」

「厄介は厄介ですが、そこは晴信の技量の見せ所ということで。最初の夜を思い出してまた頑張ってください」

生前は生涯不犯、もとい性交の経験が無かったせいで反応が薄かった自分に性の快楽を叩き込んできたのを忘れたわけではないでしょう。

景虎が言外に含ませた意を汲み取り、晴信は眉を寄せてため息をつく。

「あの時はまだ反応が鈍いだけで感じてなかったわけじゃなかっただろ……。というか俺が言いたいのはそういうことじゃ」

「小言が多いですね」

景虎は先ほどまで手を添えていた晴信の顔を掴んで引き寄せると、なおも小五月蝿い言葉を連ねようとしているその口を自分の口で塞いだ。

いつもなら感じる唇に触れた感触が無く、止め時を見誤った力加減で引き寄せられた口から聞こえた歯がぶつかる音に景虎は目を開く。晴信の目が痛みによって細められる様子がその目に映り、鉄錆のような味がじわりと口に広がるのを感じた。歯がぶつかって口のどこかが切れたのだろう。

舌先から始まったその味の範囲がどんどんと広がっていくのを感じ、景虎は一度口を離した。

離れていく晴信の顔を見て、その唇に傷がない事を目視する。だとしたら口内だろうかと考えたところで、景虎へと晴信が手を伸ばしてきた。

「やはり痛かったですか?」

「やっぱり気付いてないな。口を切ったのはおまえの方だ」

宙を探るようにしてから景虎の顔へと添えられた手の指が景虎の唇をなぞり、続けてその内側をなぞる。

「切ったのは唇の裏か。そんなに深くはないだろうがしばらくは血が滲むぞ」

景虎には晴信のなぞる指の感触も、傷に触れられた痛みも無いが、今もなお広がり続ける血の味が晴信の言葉を証明していた。

その血の味が舌を浸す感覚が不快で、景虎はその血の味を無理矢理喉へと流し込む。

ごくりと音が鳴り、口の中を充満していた血の味が薄れたことで無事に唾液ごと血を飲み込めたことを景虎へ実感するが、それ以外で口内に変化を感じることはできなかった。

「…………もしかしなくてもちょっと危険ですね、この状態」

「ちょっとどころの話じゃない。だから致命的だと言ったんだ」

やっと自分の状況を把握した景虎に、晴信は憂うように一つ息を吐いた。

 

 

「五感と言うのだから、肌に触れたものを感じ取ることはできなくとも、痛みや熱は変わらず感じることができると思っていました」

景虎の誘導で部屋に設置されていたベッドへと移動した晴信はその言葉に耳を傾ける。

いつもなら正面向き合って顔を見ながらするのだが、今回ばかりは密着していた方がやりやすいと後ろから抱きしめるようにして晴信はあぐらをかいた股座に景虎を座らせていた。

晴信が肌に手を這わせても、首筋に唇を落としても、気にする様子もなく晴信の身体に背中を預け、景虎は話を続ける。

「だって痛覚と言うじゃないですか。あと温度感覚と言いましたか?呼称をはっきりと知っているわけではありませんし、サーヴァントなのでそこら変は全く気にしてなかったのですが。痛みを感じずとも温度は感じますし、その逆もあるじゃないですか。まあそういうわけで、痛みや熱を感じるところは触覚とは別のものとして扱ってくれてもよかったと思うんですよね」

そう言って、同意を求めるように景虎は晴信を振り返る。見えずとも髪の流れる動きでそれを察した晴信だが、それには肯くことなく、振り向いた景虎に見せつけるように露出しているその肩へとキスをした。その一つだけでなく、既に自分の肌にいくつか散らされている赤い花弁を見て、景虎は少しばかり口を尖らせる。

「だからそういうのも見ていないとされていることすら分かりませんし。……というか話聞いてました?」

「聞いてる。が、おまえの言い分に俺が同意したところで仕方ないだろ。この部屋では触覚とはそういうもんだと定義されてるんだ。肌が触れて感じるもの全ての感覚を遮断するという事ならおかしくもないしな」

そう言って晴信が景虎へと頭を摺り寄せる。そのまま頬をすり合わせた後、景虎の耳へとその口を寄せた。

「だが俺も何の反応がないのは人形の相手をしてるようでつまらん。景虎、多少恥ずかしくても自分の蒔いた種だと思えよ」

囁かれるように口にされた言葉が景虎の耳から入り込んで身体の芯を揺らす。吐息がかかる肌に感覚は無いのに、その音と合わさるように耳に直接届けられた声に、自分の中の色めいた欲がゆったりと起き上がるような気持ちが景虎の心に湧き上がる。

「……何をする気ですか。事と次第によっては殴りますよ」

「乱暴するわけじゃない。そう警戒するな」

晴信は景虎の顔へと手をやり、正面を向かせる。その後、顔から離した手を見せつけるように景虎の目の前へと持って行き、視線を誘うように下へと下ろした。その誘導に逆らうことなく、景虎の目が晴信の手を追う。

「なに、ただの前戯だ」

景虎の視界の先でトンッと晴信の指が弾いたのは、いつの間にかボタンを外され半脱ぎの状態になっていた景虎の下腹部だった。

「いつの間に……」

「おまえがぐだぐだ言ってる時に、な。見えて無くても片手で外せるもんだな」

「手癖が悪いですね」

「手慰みが必要な時間をつくる方が悪い」

晴信はそのまま、これもまた手慰みの一つだとでも言うように景虎のヘソと恥骨の間の肌の上に円を一つ指で描いた。張りのある肌を圧してゆっくりと時計回りで描かれる円の形に、触れられている感覚が全くないにも関わらず、景虎は指で描いた内側が熱を持つような錯覚に襲われた。

「後で入れる。待っていろ」

その内側を、体内を意識させるように晴信が指の腹で軽く圧す。指が軽く沈んだその肌の下、子を成す場所へと続く孔が呼応するようにその指へと力を返している気がして、本当に気がしているだけのはずなのに景虎は胸が詰まるような気になった。

その晴信の指が景虎の体から離れぬまま、上へと上っていく。ろっ骨を過ぎて谷間を通り、ファスナーの上をなぞるようにして一番上へと辿り着く。そして、つまみの部分を指で持つと、先ほどと同じルートを通って下っていった。

景虎に見せるように、音を聞かせるようにゆっくりと胸を露わにしていく晴信に、まだるっこしさを感じつつも景虎はその手の動きを阻むことはできなかった。

いつもなら見ていなくても晴信が自分に触れているという実感を得られるのに、今は目で見なければ触れられていることすらも分からない。耳で聞く音と声がなければその視覚の情報でさえ不足気味に感じてしまう。だからこそ、景虎は晴信の動きを邪魔することも急かすこともできずにいた。

「今日は大人しいな」

「見えていない者相手に張り合ってもつまらないですしね」

強がりのような言葉を吐いて景虎は晴信の手の動きを見守る。

前が開き切った服の下にある景虎の乳房へと手が伸ばされ、晴信の大きな手に包み込まれた。

「硬いな」

俯かなければ晴信の手の動きが見えないと首を下にしていた景虎の耳にそんな言葉が聞こえてきた。今も尚揉んでいる手の動きをしながら口にされたその言葉に、景虎は少しだけムッとする。

「人の胸を触っておいてその言いぐさはなんですか」

「ん?あぁ、乳房のことじゃない。こっちのことだ」

晴信の指が景虎の服をめくり、景虎の膨らんだ胸を眼前に晒す。その服の下から現れた乳房の先で、小さく存在主張しているものを、これだと言わんばかりに晴信は指先で弾いた。

「俺が触る前から硬くなってたが、得た感覚を認識することができないだけで興奮すれば身体が反応することは可能みたいだな」

そんな考察にも似た感想を続けながら、晴信はなおも指で景虎の乳首を弄ぶ。

「声を我慢されるのは慣れたが反応が皆無なのはこっちとしても手に余る。まあ、ファスナーを下ろしてる時に息を吞んでるようだったし杞憂だったかもしれんがな。それに安心しろ、おまえの胸を硬いと思ったことは一度だってない」

圧して、詰まんで、引っ張られて、いつもならその一つ一つで嬌声が漏れ出るのに。

景虎は目線の先で晴信に遊ばれ続ける乳房とその桜色の先端を眺めながら、その指の動きに対して小さく甘い息を吐くしかできなかった。目から入ってくる情報は確かに自分の中の色欲を搔き立てるのに、反応するはずの身体がそれに呼応しない。

意識と自分の身体のするべきだと思う反応、今目の前に映し出されている自分の身体の反応、そのどれもが乖離し続けるせいで、景虎は思わず首を横に振る。

「そ…ういう感想とか、会話とか、不要だと思うのですが!」

「多少は我慢しろと最初に言っただろ。こっちは見えてない分、音でおまえの反応を見るしかないんだ。それに顔を見れないんだから会話くらいさせろ」

「————っ」

晴信のズルい一言に景虎は言葉に詰まる。

その喉が発した音を聞き、晴信は景虎の方へと顔寄せる。そして、触れた感覚を得られない景虎のためにリップ音を立ててその口の端へとキスをした。

「……口にしたかったんだがうまくいかないな」

「言わなければ気付かないのに……まったく、仕方ないですね」

景虎は離れようとした晴信の顔に手を添えると、晴信へと口づけをした。

口を開けて舌を入れる。感触は分からないけど晴信の唇に触れた舌先が感じた苦さに誘われるままに景虎は舌を伸ばした。

不意に、苦いような甘いような味が舌の上に広がり、景虎は目を開けて晴信を見る。晴信がよく吸っている煙草の味、そしてそこに仄かに甘く薫る唾液の味。触れた感触が無くとも晴信の舌が絡んできていることが景虎には分かった。

五感の内の一つである味覚が働き、触覚が無い分いつも以上に景虎は舌が感じる味を強く受け取っていた。同時に、鼻に香る晴信の煙草の匂いが脳を揺さぶるような気がして、景虎はより深く晴信を吸った。

「っ、景虎、もうやめとけ」

「……何故ですか」

晴信が景虎の顎を引かせるようにして口を離す。離れていくその口の端から、糸が引いていくのが景虎の目に映った。

「感覚が無いせいでよだれが溢れてるのに気付いてないだろ。気道に入る前に一回飲み込め」

晴信は景虎の口を閉じさせ、子供に促すようにして顔を少し上へと向かせる。煙草と甘み、そして僅かに残っていた血の味が混ざった独特な風味を口内に感じながら、景虎は促されるまま喉の奥へと混ざり合った唾液を飲み下した。

「飲みました。続きしてください」

そう言い、景虎は証拠だと言わんばかりに晴信へと空になった口を開けて見せる。今現在、晴信は視覚を遮断されているため〝見せる〟という事ほど無意味なことはないのだが、ペナルティを受けてからと言うもの感じることができるものが数える程しかなくなっていたため、晴信を感じるものが〝音〟以外にも表れた事で景虎の理性の枷が一気に緩んでしまっていた。

「いや、続きって言っ…んぐっ」

長くなりそうな晴信の言葉を早々に遮り、景虎は晴信の唇を奪う。舌を彷徨わせて晴信の味を探す。観念したかのように絡められた苦みが景虎の味蕾を刺激した。

もっと深く、もっと奥へ、角度を変えて姿勢を変えて、口の端から漏れ出る吐息と水音を聞きながら景虎はさらに晴信を求め、その腕へと首を回して晴信へと向き合うため腰を捻った。

「————っ!?急に動くな馬鹿野郎!」

力尽くで剥がされたかと思うと、頭を景虎の肩へと乗せながら小さく唸る晴信の姿を見て、景虎は緩んでいた理性の枷を少しだけ元に戻した。

口から垂れているのが見えた唾液の糸を拭い、景虎は晴信の背に手を置く。

「晴信、どうかしたのですか?」

唸り続ける晴信の背の震えが少し収まった頃、冷や汗をかいた苦々しい顔を上げて晴信は景虎へと恨めしそうな視線を向けた。

「おまえ、自分が……どこに座ってるのか忘れるやつがあるか、馬鹿……」

よく見れば晴信は股座を抑えており、その一部が盛り上がっているのが見て取れた。どうやら景虎が体勢を変えた時に腰で少しばかり押し潰してしまったようだった。

「使い物になりますか?」

「そこまで心配されるほど……軟弱なモノは、持ってない……あー、クソッ。だから……おまえは嫌なんだ」

「私が悪いんですかね、これ?」

少し理不尽に感じながらも、景虎は晴信の唸り声が収まるまでその背を撫で続けるのだった。

 

 

「それで、落ち着きましたか?」

「おかげ様でな……」

先ほど体勢を変えた時のまま、景虎は正面から晴信の顔を見る。汗は引いたが乱れた髪が顔に張り付いていた。

景虎は張り付いた髪をはらい、その顔に口づけをする。そして、ついでとばかりに少しだけ舌を出して晴信の顔を舐めた。

汗が香る塩の味。口吸いで感じたものとは違う舌先が受ける味に、肌に舌を這わせたい欲が沸き起こったのを景虎は感じた。触覚が遮断されているせいで自分が変な領域に落ちてしまいそうな気がして、なんとかその域へと踏み込まないように景虎はぐっとこらえた。

「なんだ、口じゃなくてよかったのか?」

「よ……くはありませんが部屋を出るために終わらせる方が先でしょう。いい加減少し感覚が狂いそうです」

「はっ、見えている分、触れた感覚が無いと混乱でもするか」

軽く笑いながら晴信は景虎の腰へと手を添える。その一見すれば容易く折れてしまいそうな薄い腰を、軽い力で引き寄せた。

「下、触るぞ」

「その前に脱いでた方がいいですか?」

「いや、いい」

首を横に振り、晴信は景虎のホットパンツの中へと手を差し入れた。

既に半分脱げかかっているパンツとショーツの隙間の空間に指が進むと、蒸れたような熱が指の先へと伝わってきた。

胸の先が硬くなっていた時と同じく、感覚がなくとも興奮したら下も濡れるらしい、と一先ず晴信は心中で安堵した。痛みを感じないとしても、不十分な状態で挿れるのだけは避けたかった。

そのまま、ショーツ越に景虎の陰茎へと触れる。景虎の反応はないが、沁み込んだ愛液が晴信の指へと染み渡らせるかのように湿り気を強くさせていった。布後しても硬くなっていることが分かるそれを指で擦ると、僅かながら耳で拾える水音が景虎の股座から出るのを感じた。

その水音を景虎も耳で拾ったのか、晴信の手の先へと顔を向ける。

「……わざと音立てたりしていませんよね」

「見えていたらやってたかもな」

軽口を叩きながら晴信は陰茎から指を離して、その下にある孔の入り口へと押し進めていく。景虎のショーツへ染み入ることができずに溜まった愛液が隙間から溢れ、太ももを伝って下へと流れていく。

二度、三度、孔の入り口から溢れる蜜の量を確認すると、晴信は景虎のパンツの中から手を引き抜いた。

その際、景虎は自分の興奮からくる体液が晴信の指を濡らし、指と指の間に糸を引かせている様子を見てしまう。触れられている感覚が一切ないにも関わらず、ここまで濡れてしまっている事実に、景虎は急に目を逸らしたくなる衝動に駆られる。それでも目を逸らすことなく、けれどうっすらと目を開けるにとどめて景虎は晴信の手の動きを追った。やはり何よりも触れられているという実感をここで失いたくはなかった。

景虎のホットパンツとショーツを脱がせ、晴信は先ほど溢れる程濡れているのを確認した景虎の蜜口へと指をあてがった。

「入れるぞ」

景虎が無言で頷くのを感じ取ると、晴信は粘つくような液を指に絡め、相変わらず少し狭い入り口へと指を入れた。

濡れそぼった孔の中へと間接一つぶんほど進め入れたところ、突如景虎の体がびくりと跳ね、膣の入り口が締めあがった。

「どうした?」

見えないながらも晴信が景虎の方へ顔を向けると、躊躇いながらも景虎が口を開いた。

「ええっと、何故か……その……晴信の指が入ってる感覚があります」

「感覚が戻ったのか?俺はまだ見えないままだと言うのに、こんな時までおまえは何でもありか」

「いえ……そうでなく。私も変わらず手とか胴体とかは触れている感覚はありません。……中だけ、入ってる感覚があるんです」

「な…んだそれは。つまりは、あれか、今指を動かしたら分かるのか」

そう言うと同時に、晴信が景虎の肉襞を擦るように指を這わす。瞬間、ビクッと景虎の肩が跳ね、晴信の肩へと置いていた手に力が込められた。

「にゃぁっ!?ちょっと、急に動かないでください!」

声を上げ、晴信を睨むも、そんな景虎の抗議には目もくれず、晴信は景虎の膣口や奥へと指を行き来させていった。

「体表だけに影響するのか?いや、五感と言うからには体の外部の情報を取得する器官にのみ影響しているという事か?体表の定義が人間の肌とすると、膣までいくと肌ではなく粘膜だから内臓として扱われるのか?……でも口は触覚遮断の判定だったよな。口内も粘膜のように見えるが一部体外の皮膚と同じ組織構成でもしてるのか?医者ならそれも詳しく分かりそうだが……しかし、とすると、どこまではこの部屋で肌として扱われるのか気になるな。景虎、喉の内側に感覚はあるか?」

「っ、あっ……今、それ…考える必要ありますかっ!?」

晴信が指を動かすごとに景虎の体が動く、内壁を擦られ、感覚がない部分とある部分の境目を行き来されながら、景虎は腰を震わせる。

胸を弄っているのを目と耳だけで受け取り物足りなさを積み重ね、口吸いで求めあったのを舌と鼻で実感するも理性を飛ばすには至らず、そこに来て、激しくはなくもどこか無遠慮にも似た指の動きが景虎を内側から襲う。触れられている実感が欲しいと思っていたところに、堰を切ったかのような触覚から与えられる情報の洪水。それに我慢ができるはずもなく、バチリと視界が弾けたかと思うと、景虎は大きく身を震わせて絶頂した。

「——————ッぁあ!!」

堤防が決壊したかのように潮を噴き、腰を揺らしたかと思うと、景虎は晴信へ寄りかかるようにして倒れ込んだ。

「おっと。……景虎、おまえ大丈夫か?」

「…………っはぁ、はぁ…晴信のせいですからね」

咄嗟に景虎を支えた晴信へと息を荒げながら景虎は避難がましい目を向ける。

見えないながらもその視線を感じ取り、晴信は景虎を抱き寄せ、自分の体へと密着させた。身体全体を支えるようにして景虎の腰を抱き、目が合うように顔を合わせた。

「慣らすついでに色々考えてただけだろ。そんな怒る事か?」

「怒ってはいません。ただ……」

景虎は言いかけた言葉を一度つぐみ、晴信の口へと軽く口づけをしてから再度口を開いた。

「ただ、晴信のせいで、いい加減我慢も限界なんです」

景虎は密着させた腰をさらに擦り付け、晴信を煽る。自分だけがイったままでは収まらないと、景虎は晴信に次の行動を促した。

事実、一度事故によって萎えかけていた晴信のモノは、度重なる景虎の反応で硬さを増していた。

景虎は自分の下腹部へと当たるように位置を調節して、スラックス越しにその硬くなった晴信のイチモツへと刺激を与える。

「それに、晴信の方も限界なんじゃありませんか?」

「っ……まあ、それもそうだがな……っておい、なに脱がせようとしてやがる」

晴信の肯定の言葉を受け取るや否や、景虎は晴信の腰へと手を伸ばして、服のボタンを外していく。カチャカチャと金属のぶつかる音で、景虎の手が腰のベルトへと移ったことが晴信には理解できた。

「晴信が自分で脱ぐよりも私がやった方が早いじゃありませんか。……くっついてるとベルト外しにくいですね。ちぎってもいいですか?」

「やめろ!」

晴信の静止の声と同時に無事にベルトが外され、下ろされたズボンの下から晴信のそそり立った雄が現れる。

「これなら晴信の方は準備の必要はありませんね」

景虎はそう言って腰を浮かせ、その天を仰ぐ先端を自分の蜜口へとあてがおうとした。

「っにゃ……はぁ、……入り口は感覚ないからやりづらいですね……」

「焦るからだ。というかなんで見えてるのにまごつくんだ。……ほら、ここだ」

「うるさいです……んっ」

腰の動きだけで挿入を試みようとしていた景虎を見かねて、晴信が腰に手をあて誘導する。少し腰を落とさせ、待ちかねているかのようによだれを垂らしている入り口へと亀頭の先を密着させたところで、晴信は景虎へと声をかけた。それに応えるように、景虎がゆっくりと飲み込むように腰を落としていく。

少し進んだところで、晴信の熱い根が自分の内側を押し進む様子を感じ取り、景虎は一度腰を止めて息を吐く。

外で受け取れないぶん中の動きに全神経が集中しているようで、景虎はいつも以上に敏感になっているような気がしていた。腹部を内側から押し上げる硬さに、いつもなら張るような感覚を覚える肌が何も感じない。ただ、先端が肉壁を擦る快感はダイレクトに景虎へと響いた。

これが奥までいったらどうなるのでしょう。一瞬脳内に過ぎった考えに答えるように、景虎の子宮が疼くのを感じ取った。

待っていろ、と晴信に言われた時から大人しく待っていた場所が、早く来い、と口を開けているようで、そこから漏れ出た液が入り口へと導くように垂れるのを感じて、景虎はそれに晴信の男根を擦り付けるようにして一気に腰を下へと落とした。

「~~~~っ!」

今までの何度も突かれ、晴信に気持ちいいと教え込まれた最奥の場所。そこに到達した瞬間の押し上げられるような圧迫感、と脳に直接響くかのような快楽の電流。

景虎は目の前の晴信へと縋りつき、内側から響く波に飲み込まれないように腕に力を込めた。

「かっ……ッ!」

一瞬、晴信が苦しそうに顔を歪める。景虎の中が締め付けてくる感覚と、首を絞めるような腕の力、どちらにも意識が持って行かれそうになるも、縋りついてきた景虎の背に手を回して晴信は何とか持ちこたえた。

「腕を、緩めろッ…!はぁ……急に奥まで入れるやつがあるか」

縋りつく腕の力を抜かせ、軽い絶頂の余韻に息を荒げる景虎の腰を持つ。少し動かしただけで、繋がっている部分から溢れる愛液がぐちゅりと音を立てた。

「だから……限界、だったんですって……」

腰を捻り、子宮口へと押し付けるように景虎が動く。自分の好い所へ押し当てては小さく甘イキを繰り返す。

「それに、全部入れても晴信の一部しか感じられないのに……ゆっくりできなかったんですよ」

収縮と弛緩を繰り返し、晴信の欲を誘うように景虎の中がうごめく。

熱が上ってしまいそうな感覚に、下腹部に力を入れてその衝動を抑え込み、晴信は腰を持つ手に力を入れた。

「ほんと……待てるくせして、我慢が利かなくなると一瞬だな」

言い終わらぬうちに、晴信が景虎の腰を浮かせ、奥を突くように腰を落とさせた。

自分の動きとは違う押し上げる動きに景虎の体が跳ねる。

「にゃぁっ……!」

内から押された衝撃で景虎の喉から鳴き声のようなものが出る。その上げられた声を気にすることなく、晴信は景虎の中を擦るようにその奥を責め立てていった。

突いて、抜くごとに立つ水音。肌がぶつかり合う音。晴信の口から漏れ出る荒い息に、自分の口から出てくる歓喜にも似た断続的な喘ぎ声。

上下に揺れる視界に、目の前で必死な顔をしている晴信が映る。視覚を奪われているうえ、少し伏し目気味にしているので今は目が合う事はない。

景虎は首に回した手を回し、腕でいだくようにして体を密着させる。

下からむせかえるような自身の女の匂いに混ざり、晴信の首筋から漂う汗と煙草の匂い。

景虎は我慢できずにその肩へと口づけ、舌を這わせた。汗に交じるそれとは違う塩味。

四感を得てもまだ足りない。それを補い、不足を満たすように、景虎は晴信の動きに合わせるように自分も腰を動かす。

下から突かれ、引き寄せられるように奥を擦られ、中をえぐるように腰を上げ、脳を揺さぶるように奥の口へと快を与える。その動きから得られる感覚を何一つ取りこぼさないよう、景虎は下半身に与えられる快楽へと神経を集中させた。

一段と晴信の腰を動かすスピードが速くなる。

「はるのぶっ、奥っ……に、熱いの……」

「っ、はっ……分かってる」

ねだるように腰を動かした景虎に応え、晴信は景虎の一番奥の部屋へと自身をぶつける。その衝撃で景虎の背が伸び、膣の中が一段と収縮する。きゅぅっと搾り取るように締まったその動きに、晴信は景虎の中へと勢いよく吐精した。

激しい熱が怒涛のように腹の奥へと注がれる感覚に、景虎の研ぎ澄ませていた神経全てが一気に蹂躙されるような快感へと塗りつぶされる。

「あ、あぁぁっ——————ッ!!」

ドクドクと流し込まれる感覚に意識が明滅し、景虎の背が弓なりになる。それでも晴信と身体が離れないようにその腕を首から離すことはなく、注がれたものを一滴も零さないように腰をより押し付けながら景虎は二度目の絶頂を迎えた。

 

 

「扉、開いていますかねぇ」

「だから確認しに行くから離れろと言ってるだろ」

「そこはまあ、もう少しこのままで」

「早く出たいんじゃなかったのか……」

景虎の二度目の絶頂の波も収まったにも関わらず、繋がった状態から離れようとしない景虎に晴信は溜息を吐く。

完全に萎えているわけではないため問題はないが、この状態が続けばその気にさせられてこのまま二回目も始まってしまうかもしれない。晴信として、それは避けたかった。体力だとか精力だとかではもちろんなく、景虎がよがったりねだったりする様子を見ることができないこの状況を早く終わらせたいのだった。その後でなら二回でも十回でも付き合うつもりでいた。

「そうですけど……んっ、抜きたく、ないんですよね……まだ」

そう言って奥へ晴信の亀頭を押し付ける景虎の腰の動きに、咥えられたままの肉棒が硬くなりつつあるのを晴信は感じた。

いつもより脳が受ける刺激が少ないのに関係しているのか、景虎は唯一物質の実感と熱を感じられる膣内から抜くのを渋っていた。

いつもなら挿れたまま抱えた状態で強行できたであろう晴信も、視覚が遮断されている状態では下手に動くのは躊躇ってしまっていた。

「…………後で絶対文句言うんじゃないぞ」

「さて、それはどうでしょうね。それに聞きたくないなら塞げばいいじゃないですか。こういう風に」

景虎は晴信の顎に手をやると、その口を開かせてそこ自分の口を重ねた。舌を入れ、ぬるりと絡ませる先を探って、甘い唾液の中の苦い舌先を探す。

音を立てて唾液を吸うと、薄い苦みが景虎の舌を押し返し、離すように口から押し出した。

離れ際、景虎は晴信の舌先を吸って口を離す。

「さすがに煙草の味も薄くなってますね」

「…………部屋から出たら覚えてろ」

熱を完全に取り戻してしまった自身の男根を恨みながら、晴信は景虎の奥を二度突く。

それに甘い声を上げ、景虎は晴信首に腕を、腰には足を回した。

部屋に響き始める荒い息と喘ぐ声、ぶつかり合う水音がこの部屋から途絶えるのはまだまだ先の話である。

 

Report Page