感情の迷路
────はじめは、ほんの出来心だったと思う。
純粋で、真っ直ぐで、強くて……ただ真っ直ぐ、何度倒れようが、突き進む彼。
一方で、私は心の拠り所にしていた人を無くし、自らの行き場さえも失いそうになって。他の人から見てもわかるくらいには不安定になっていた。
そんな時に、彼が言ってくれた言葉。
──一人じゃ無理だったら、俺が手伝うからさ
私の心に邪な思いが芽生えるのに、十分な一言だった。
「じゃあ……私の事、抱いて」
彼の優しさに付け込む、毒を持った一言。
彼を汚したい。その心に傷を刻んで、忘れられないようにしたい。誰よりも、私色に染めたい。
普段の私なら、まず考えることのない発想が、口から出ていた。
彼は、驚いたような顔をして、思考が停止したような表情を見せた。それはまるで、危機を目の前にしてもそれを認知できない小動物のようだった。
────その危機感のなさに、腹が立った。
そのまま私は彼を力任せに床へ押し倒し、服を乱雑に剥ぎ取り、犯した。
彼のモノは、その愛らしさが残る顔とは裏腹に、グロテスクで雄々しく、力強いモノだった。
それを膣内へ受け入れた時に、かすかに感じた痛み、そしてそのあと襲ってくるとめどない快感。
彼が射精するまでの間に、私は何度も絶頂させられていた。
────ああ、これがあの人だったら良かったのに
眼下で静かに泣く彼を見て、私は消えてしまったあの人のことを想ってしまった。
そう、この時はまだ、あの人だったらよかったと、思っていた。
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次の日から、彼は私に対して少しの恐怖心を持って接してきた。
それでも、彼は「力になるから」と、今までと変わらず、まっすぐな目でこちらを見つめる。
そんな彼を見ると、また無性に腹が立った。
それからというものの、あの人の部屋に呼びつけて犯す、という日々が続いた。
回数をこなすうちに、彼も慣れはじめ、自ら腰を振ることも多くなっていった。
はじめのうちは触れられもしなかった私の乳房や、尻肉なども、彼のごつごつとした手で弄られ、私の中に快楽が走る。
唇を重ねれば、おぼつかない舌遣いで私の口内を蹂躙する。
私の中へ挿入された彼のペニスが、膣奥まで攻め込み、まるで自分のモノであると主張するかの如く、激しく私を攻め立て、その精で埋め尽くす。
行為の後、彼はその筋肉質な腕で私を包み、優しく抱きしめる。
気づいた時には、もうあの人の部屋ではなく、彼の部屋で事に及んでいた。
二人でシャワーを浴び、我慢できなくなって浴室で。
出た後もベッドまで、彼と繋がったまま。
イかせて、イかされて。互いの劣情を、互いにぶつけ合う。
そして、彼に包まれて眠る。私はいつの間にか、そんな日々に、安心感を見出していた。
────いつからか、あの人の匂いより、彼の匂いの方が心地いい私がいた。
彼がマシュを仲良くしていて、イライラとする私がいた。
二人きりの時、彼に包まれて安心する私がいた。
彼を誰にも渡したくないと、柄でもないことを想った。
あの人に向けていた気持ちに、近しくも似ていないような。そんな感情。
身体を重ねる回数が増えるごとに、その感情は強く、大きくなって。
でも、それを口にすることが出来ない。
そんな想い、私には伝える資格がない。
彼とあの人を同一視していた。彼を無理矢理犯し、その純潔を汚した。
彼の弱味に漬け込み、劣情を叩きつけるかの如く身体を重ねた。
────だから、私はこの想いを伝える資格なんてないのだ
そうしてまた、私は涙を零した。