愛別
日曜日 晴れ
お父さんはお休みで私と一緒にお花の世話をしている。いつも険しい顔をしてる父親も庭の花を見ている時は心穏やかな表情で私を見てくれた。
「今年もきれいに咲いたね。ひまわり」
幼い声が背の高い男性の耳に届く。
お母さんが大事に育てていた花、なんで好きなのか、育てているのか理由は知らない。お天道様に向かって歩く姿には惚れ惚れするので私も好きだった。
「そうだな」
お父さんは少し寂しそうな声色で答えながら、手のひらで私の頭を撫でた。壊れ物を扱うみたいに優しく、優しく。そんな悲しそうな顔をしないで欲しいけど私には何も出来ない。
水やりを終え二人は掃き出し窓から家の中に戻る。お父さんは二階にある自分の部屋に書類仕事をしに行くそうで、必然的に一人になった。今日は日当たりが良いから窓際でお絵描きしよう。
クレヨンと画用紙を取りに部屋の棚を漁る。本や物に隠れているけど、すぐに見つけた。
「ここに片付けてた筈」
手を伸ばしてつかもうとした時、赤い表紙のアルバムが視界によぎった。無意識に惹かれた手はそのアルバムを手元に引き寄せる。
「……アルバム?」
中身開くと文字が書いてある。字の癖からして書いた人は母親だろう、写真も合間合間に挟まっている
『■月■日 私達の間にかわいい娘が生まれた。名前は伊月にしたの。
(色んな出来事が書き綴りている)
たんぽぽをプレゼントしてくれた。栞にして飾ろう。
1歳の誕生日、いちごのケーキが気に入ったみたい。』
よれよれのひらがなで『ママパパいつもありがとう』って3人の絵が書いてあるものも挟まっている。そういえばクレヨンは私が使う前から誰かが使っていた形跡があった。
紅い瞳を持つ笑顔の少女の写真を見つめているとなんだか懐かしい気分になってくる、……玄関に飾ってある子供も一緒なことに気がついた。あの子はお母さんの子なの?
――ガチャ
私はお母さんの子供だよね。
「ただいま」
玄関から聞こえる言葉、アルバムの持ち主が帰ってきたようだ。すたすたと、履いた靴下がフローリングを踏む。
「あら、光輝ちゃんお絵描きしてるの?」
フローリングに置いてある紙とクレヨンを見て母親は娘に話しかける。優しい笑顔を貼り付けた母親は相手に興味を持つように話しかけた。
「あ……」
「うん?」
気の悪そうに手元を動かす子供を見て、子供の手に持っている物を覗くように母親は身体を捻る。彼女の目に写ったのは所有物のアルバム、無言で自分の娘を見つめる。
静寂がリビングを包む中、突如髪を引っ張り始めて、手はそのまま、子供は声を止まらせる。
「触るな!!!!」
ただ慟哭と怒りだけが子供に浴びせられる、彼女のしなやかな指は細い細い首を締める為だけに使われ、世界に亀裂が混じり合う。
「お前が触るな!!! なによ、人の思い出まで汚すつもりなの!?」
「ちが、よ……」
「ど■して、私の娘――――、!――■■■■!!!」
頬に伝う悲しい雫はどちらのものか。
「おか……あ、ぁ……」
「――――」
(……冷たい)
「なんの音だ?」
騒がしい気配を感じとったのか、自分の部屋からドタバタと降りてきた父親は目の前の出来事に呆気を取られる。「何をしている」と声を出すよりも前に母親を即座に引き剥がした。
「何をしてるのか――――いるのか!!」
「あの子が私の――触って、だから」
「そんな事で――」
「なにが――よ! 最■ね!」
(私のせいだ)
(私のせいでお母さんが泣いている)
ここで意識は海へと消えた。
このあとの二人はずっと気まずそうに食事を取っていた。
月曜日 雨
自室の押入れに引きこもってただただ丸くなる、狭く暗い場所は大キライだけど今の自分にはよく似合っていた。
もうここで寝てしまおう、お昼寝タイムで自己逃避。
―――――――――――――――――――――
階段を降りた、出口を探すために。ひたすらに降りてる筈なのに、たどり着けない。上を見ても下を見ても右を見ても左を見ても、扉がない。家じゃない。
(私の居場所はここじゃなかった。……なら、わたしはどこにいけばいいんだろう)
押入れの襖が開く、暗闇から光が入ってきて瞳が霞む。眩しいよ「いっちゃん」、カエルの姿をしたぬいぐるみ。私の友達、一番の親友。
「みつきちゃん」
「どうしたの?」
「かなしいことがあって、おかあさんとおとうさんがけんかしちゃったの」
「そうなんだね。魔法をかけてあげるよ!」
いたいの いたいの とんでいけ
「まだつらい?」
「つらいのかなあ、わたしはここのこじゃないから」
「もっと、ふさわしいこがいたんだよ」
「わたしはいっしょにいるから、なかないで。なかないでね」
「うん」
ずっといっしょにいてくれるよね。