愛はあります
1
気を失いかけては引き戻され、コビーは朦朧とする意識をなんとか繋ぎとめる。今日はサーベル・オブ・ジーベック号で過ごす最後の日。だから手酷く抱かれることは分かっていた。
服を剥ぎ取って床にばら撒かれ、その上に投げ出されたかと思えば両手をまとめてナイフで貫かれた。そこからは群がるように犯されて、なにもわからなくなった。
奥を突かれる度に視界がチカチカと弾けて、濁ってぐらつく瞳は瞼の裏に隠れてしまいそうだ。疲労と快楽に身を委ねたくても、痛みがそれを許してはくれない。覇気も使えないので今は誰のが挿入れられていて、誰の手が触れていて、誰の唇が触れているのかも分からない。容赦なく揺さぶられて、貫かれた傷口から鮮血が溢れていく。
もうやめて、とまって。
そう訴えたくてもバンダナを口枷代わりに噛ませられていて、何の声を発することも出来ない。唾液を吸って重くなっていくばかりだ。
すっかり伸びた長い髪の毛を乱雑に掴まれて、力任せに顔を床に押し付けられる。ぐっと腰が押し込まれて、散々出された胎にまた熱いものが満たされていく。
もう意識を保っているのも限界だ。きっと次に目を覚ますときは、海軍の病棟の中だろう。ならこんな、赤く染まったコートじゃなくて、誰かの顔を見ていたかったのに。
悦楽だけではない涙が頬を伝い、コビーはとうとう意識を手放した。
2
「ほ〜ら。拗ねないでくださいよ、コビーた〜いさ」
「別に拗ねてません……」
ベッドの上でむっすりと顔を逸らしているコビーに、ヘルメッポは療養食を掬ったスプーンを差し出した。こちらを見ようともしない彼に、子どもをあやすようにスプーンを揺らす。
「じゃあお口を開けてもらえませんかねェ。はい、あー」
「……。あー……」
ヘルメッポが頬に突き刺さんばかりにスプーンを差し出してくるので、コビーは観念して口を開いた。モグモグと咀嚼して飲み込み、じっとりとした眼差しをヘルメッポへと向ける。
「どうして信じてくれないんですか。ヘルメッポさんに手伝ってもらわなくても、僕一人で食べられるのに……」
「ペン持っただけでイッタァ〜!!とか言ってる奴にスプーンなんか持てるわけねェだろ!
ッたく、安静にしてるのが当面の仕事だ。ほれ、あーん」
「その“あーん”ってやめてくださいよ」
「何言ってんだ、大佐殿はお年頃だからってわざわざ俺が抜擢されてるんだぜ? ちゃんと任されてますよってアピールしねェとよォ。
ってなわけで、あー」
「……あー……」
相変わらず不服そうに食べているコビーとは敢えて目を合わせず、ヘルメッポは丁寧に匙に粥を乗せる。
「お年頃だから」と言ったが、あれは嘘だ。
保護された後、目覚めてすぐ目にした衛生兵に尋常では無い怯えを見せたからだ。ベッドの中で震えあがり、ヘルメッポが駆けつけて顔ごと抱き込んでやるまで真っ青になって固まってしまっていた。衛生兵の身長は3m近くあったため、それが黒ひげ海賊団の面々を思い出させたのだろうと医師は言った。
発見された時のコビーの状態といったら、それはもう目を背けたくなるような凄惨さだった。海軍コートも手も血だらけ、何も身に纏っていない体には鬱血痕や傷痕が執拗なまでに残されていて、不自然に腹が膨れ、脚からは白濁した液体が伝っていた。彼が何をされていたのか、一目瞭然だった。
コビーが拉致されて帰ってきたのは初めてではないが、ここまで心身ともに傷が残る状態に陥ったことは初めてだった。なのでコビーが一番信頼していて、なおかつ彼に体格の近いヘルメッポが世話役に抜擢されたのである。もう一度寝て起きた時には大柄な人物相手でもケロリとしていたので、恐らく錯乱状態ではあったのだろうが。
「何もしていないとおかしくなりそうだ……。みんなこんなに忙しなくしてるのに……」
「回復すりゃ嫌でも馬車馬だっての。はい、あー」
「あー……。せめて部屋に戻りたいな。ずっとベッドで寝てるのも、なんとなく……気が滅入ってしまって」
「はいはい。俺から進言しておきますよ」
あくまでやれやれといった風でヘルメッポは応えたが、気が滅入ってしまうのは本当なのだろうと思った。ヘルメッポの心配症が顔を覗かせる。
コビーがじっとしていられない前線型の人間というのもそうだが、保護された時の状態を思うと、訳もなく寝かされているのは不安になるのかもしれない。熱があるわけでもないのに粥を与えられているのは、胃の中身を吐き出させた時に精液ばかりでろくに食事を摂らされていなかった事が判明したからであって。きっとずっと、性欲処理の相手をさせられていたのだろう。お上品にベッドを使っていたのかは定かではないが、コビーに苦手意識を植え付けていないとも限らない。
「ごちそうさまでした。すみません、毎度手伝わせてしまって」
「…………いーえ」
コビーは唇をペロリと舌でたどって舐めた。その蠱惑的にも映る仕草を、ヘルメッポは渋い顔で眺める。
知らぬ間に、相棒が作り変えられていっている気がしてならないのだ。
3
軍艦が奇襲されて、黒ひげ海賊団幹部達がこれ見よがしにコビーを攫っていく。
いつもと変わらない“お迎え”だ。
強奪していくように見せかけて、差し伸べられているその手。愛してくれる手でもあると知っているはずなのに、今回はどうしても恐ろしくて、捕まるまいと必死だった。能力者ならばと海に飛び込んで逃げてみたものの、覇気とワプワプの実の能力を以てすれば弱点もコビーの超人的な泳速も無意味だったらしい。
「今回はやけに逃げ回ったな、コビー大佐」
オーガーに横抱きにされ、そう語りかけられながら甲板に降り立った。オーガーの声色は怒っていない。抱きかかえる手つきも、いつもと変わらず丁寧だ。
だけれど、黒ひげと幹部達が取り囲む中に降ろされて、“前回”を思い出して怖くなった。
しかも今日はこの人たちから逃げてしまったのだ。仕置きとばかりに、また“前回”の続きが始まってしまったらどうしよう。あの日ナイフで貫かれた傷が痛みだすような心地がして、ぎゅっと手を握り合わせて青ざめる。
黒ひげがコビーの背丈に合わせてしゃがみ込み、柔らかくほどくようにコビーの手を取る。
「手、痛むのか」
「今は、もう……。いつもより、治るのに時間はかかりましたけど。手、以外のところも」
コビーはなんとか笑顔を見せて大丈夫なのだと訴えようとしたが、歪に怯えた顔にしかならなかった。話すたびに、口の中が干上がっていくようだ。カラカラに乾いてしまって、上手く言葉が紡げない。黒ひげに取られた手の指先が、微かに震えてしまう。
どうにか震えが止まってくれないかと願っていると、そっと体を抱き上げられた。
「前は色々やり過ぎちまったからなァ」
そう言って、黒ひげはコビーの頭を柔く撫でた。手入れされた桃色の髪を掬う黒ひげの優しげな横顔を眺め、コビーはじわりと安堵の涙を浮かべる。
ああ、良かった。愛想を尽かされたわけではなかったのだ。本当はずっと、愛して欲しかった。
「とことん優しくしてやれ」という声を聞きながら、コビーは黒ひげに身を委ねた。