愛と情熱とオモチャの国
その国に乗り込んだ私達の目に飛び込んできたのは、人々と共に生活する『オモチャ』達の姿。
まるでそこにいるのが当たり前であるかのように、人々の生活に溶け込んでいる命を持った玩具達。
つまりみんな、私と同じ。
口が利けること以外は。
ルフィ達は「もしかしてここがお前の故郷か!?」みたいな呑気なことを言っている。
普通に考えればそう思うのも無理はない。
今まで私以外に出会ったこともない動くオモチャ達が、こんなに沢山いる国なんてたぶん他にはない。
そもそも、何が起こって私が今の状態になってしまったのか、実は私にもよく分かっていない。
あの日女の子に触れられて……そこまでの記憶はある。
そこから先は……思い出したくない。
あの日ルフィに名前を呼んでもらえてなかったら、きっと私はとっくに物言わぬただの人形になっていたと思う。
この国できっと、何かが起こる。
一縷の望みと、それより遥かに大きな不安を抱きながら、私はいつもと変わらずルフィの肩に乗っていた。
──────
「やや!これはご老体、お荷物でもお持ちしましょうか!!」
「何だ、急に礼儀正しいな」
「アハハ!面白ェ兵隊だ!」
紆余曲折あって、私とルフィとフランキーは片足のないお茶目なオモチャの兵隊さんと出会った。
あからさまなつけ髭のルフィをおじいさん扱いしたり、おどけた後顔が赤くなったりしてる辺り、根はきっと真面目な人なんだろう。
「むむ?キミもオモチャだな?この辺りでは見かけない顔だな、初めまして!」
「!」
「ん?ああ、こいつか?
こいつはウタってんだ。おれの仲間だ」
「キィ」
いいなあ。喋れるの羨ましい。
なんで私だけ喋れないんだろう。
「……キミの仲間?もしや、彼女はこの国の生まれではないのか?」
「さァ?分かんねェ。こいつは昔おれが……」
『一般からの出場受付打ち切りますよー!!
どうせいないんでしょ!?ヒヨって!!アハハハ!!』
「!」
「ルフィ、お前は入口別みてェだぞ」
「ん?そうか!」
ルフィはこの国名物の剣闘大会に出場するつもりだ。
まさかエースのメラメラの実が賞品になってるなんて。
食べられないけど、私だってほしい。絶対負けないでねルフィ。
……正体バレるなって言われてるのに自分の名前書こうとする辺りだいぶ心配だけど。
「んじゃ行ってくるよ!フランキー、ウタを頼む!」
「オウよ、任せとけ!」
「キッキィ」
出場制限に引っかかりフランキーに預けられた私は、観客席からルフィを見守ることになった。
さっき出会った片足の兵隊さんも一緒についてきた。
……多分、この人も私と同じ。
この人なら、何か知ってるかもしれない。
結構強い人も出てるみたいだけど、こんな大会ならきっとルフィがあっさり優勝する。
フランキーも同じことを思ってたみたいだけど……
「ウィーッハッハッハァー!!!」
何かとんでもなく強い人がいた。あっという間に全員吹っ飛ばしてブロック優勝を決めちゃった。
あの人どこかで見たことある……
えっと、確か……
…………はっ、思い出した。確かジャヤで見かけた……
「おい、おいウタ、大丈夫か?」
「ギ?」
どうやらずっと考え込んでいたらしい。
気がつくとフランキーの肩に乗ったままコロシアムの外に出ていた。
「何だよ脅かしやがって。急にうんともすんとも言わなくなったからビビったぞおれァ」
「……ギィ」
心配かけちゃった。ごめんなさい。
でもそんなに深く考え込むつもりなかったんだけどな……
最近こういうことがよくある。
眠れないはずなのに、ふとした瞬間に意識を失ったような感覚に陥る。
そして、ハッと気がつくと心配そうなルフィの顔が私を覗き込んでいる。
大丈夫だ、という意を込めてオルゴールを鳴らすと、以前は見せなかったような顔でルフィがぎゅっと抱きしめてくれるのがちょっと嬉しかった。
でも、以前はなかったのに、最近になってこういうことが増えているのはどうしてだろう。
……もしかするともう、オモチャとしての私の限界が近いのかもしれない。
ルフィはそれを察して、以前より私を優しく扱ってくれるようになってるのかもしれない。
「……目を覚ましたのなら丁度いい。キミも聞いておきなさい」
「!」
兵隊さんは反対側の肩に乗っていた。
どうやら大事な話の途中だったらしい。
「このドレスローザには、10年前ドフラミンゴが王座に就いてから固く守られ続ける二つの法がある。
一つはさっきも言った午前0時以降は誰も外を出歩いてはならないこと。
そしてもう一つが、
オモチャは"人間の家"に、
人間は"オモチャの家"に、
決して入ってはならない」
「……!」
「な〜に〜!?そんなことも禁じられてんのか……!?」
オモチャの家っていうのが気になるけど……
きっと碌なもんじゃない。
「まァ作られた『人工物』と『生物』の悲しき境界線というなら仕方ねェか……」
「…………」
「……ん?ああいや、お前に言ったんじゃねェよウタ。この国ではそうなってるってだけの話だ」
……そっか。そうだ。
私、作られた『人工物』……
……じゃないよ。違うよ。
……あれ?そうだったっけ?何だったっけ?
……意識だけじゃなくて──も曖昧だ。
ホントに限界近いのかなぁ。
「あァ、しかし大体よ!ウタとお前のせいですっかり見慣れちまったが……
そもそもお前らオモチャは何なんだ?
意志もある、口も利く!!
お前らを作り出したベガパンク級の技術者は一体誰なんだ!?」
「…………」
あの女の子がそういう技術者には見えなかったし、きっと何かの能力なんだと思う。
何にせよ、人間をオモチャにしちゃう能力なんて馬鹿げてると思うけど……
……あ、そっか。
私人間だった。
「キャー!!誰か通報して!!
オモチャが壊れた!!『人間病』よ!!」
「!」
何かのタガが外れたかのように、それこそまるで病気みたいに「自分は人間だ」「お前の恋人だ」と主張するオモチャを見た。
その『壊れたオモチャ』が通報を受けて来た人達に連れて行かれて、人間であることを主張しながら廃棄場にポイッと捨てられるのを見た。
その光景をどこかで見たことある気がした。
私だ。
あの日の私だ。
自分が「ウタ」だといくら主張しても、そもそも声を出せなかったから誰にも伝えることすらできなかった私だ。
ゴミ箱に捨てられる……ことはなかったけど、いくら引っ付いてもまるで歯牙にもかけられなかった私だ。
地獄のような記憶を思い出させるような光景に出会してしまい、失われたはずの痛覚が私の頭を刺激しているような錯覚さえ覚えた。
「……大丈夫か?」
「!」
ブリキの人形だから表情は変わらないはずの兵隊さん。
それでも心配してくれてるのは声色から分かった。きっと真面目なだけじゃなくてとっても優しい『人』なんだろうな。
「……何なんだ今のは?人間病?」
「今に分かる。ちょっと呼んでくる」
それだけ言うと、母子と一緒に遊んでいた犬のオモチャに近づいていった。
「安心してくれ、彼らもオモチャだ」
「まー半分な……」
「キィ」
「んー!!納得のワンポコ!!」
この国のオモチャは基本的に誰かを楽しませるために動いている。
私も無意識にそうしていた記憶がある。それがオモチャのサガなのかもしれない。
「……キミは誰だ」
「?」
どういう意図の質問なんだろう。
(……おれはあの子の父親で……あの女の夫だ……
名前は"ミロ"、"ワンポコ"じゃない)
「!!?」
「……んん!?」
「ボウヤ……父さんはいるか?」
「え?いないよそんなの」
「あんた夫は?」
「いないわ、結婚もしてないし。よくあることでしょ?」
「…………」
「……??」
「……ん??」
どう考えてもおかしいことを、さも当たり前のように話す親子。
離婚やら死別やらで父親がいないなんて話はこの時代には少なくないけど、そんな過去があるならこんなあっけらかんと話すはずもない。
まるで本当に最初からいなかったかのように。すっかり忘れてしまっていた。
隣にいるワンポコさんが何か言いたそうだったけど、多分言ったらさっきのオモチャみたいに連れて行かれてしまうんだろう。
……何となくカラクリが見えてきた。
あの日、私に何が起こったのか。
「…….おい兵隊、お前は一体おれ達に何を見せたいんだ!?何がどうなってる!!」
「──つまりこの国には…….
"忘れられた者達"と、
"忘れた者達"がいる。
我々オモチャは、元々みな人間だったのだ!!」
「えェ〜〜!!?」
「……!!」
びっくり仰天のフランキーを尻目に、私はやっぱりなと出ないはずのため息をついた。
それと同時に、またふらりと視界が歪んだ。
……あ、ヤバい。また意識飛びそう……
「10年前にドフラミンゴが連れて来た一人の能力者の手によって、我々はオモチャの姿に変えられてしまった!!」
「おい!!!じゃあお前も……!!?」
「…………」
兵隊さんも……きっと辛い思いをして来たんだろう。
それなのに……こんなに明るくて……
「……いや待て!!とするともしかしてよォ!!?
ウタ!!お前も、そうなのか……!!?」
信じられないという顔をしながら、フランキーが大きな手の上に私を乗せた。
殆ど意識のない状態だったけど、何を言っていたのかは何とか聞き取れた。
私は、ゆっくりと首を縦に振り。
その直後、私の意識は闇に落ちた。
「…………なんて……こった…………」
「……急ぐとしよう。本来オモチャは眠れないし気絶もできない。
だが、寿命の近いオモチャならその限りではない。先ほどや今のように意識を失うことが時折あるらしい」
「……ん!?ちょっと待て!!寿命ってお前……!?」
「……オモチャと言えど寿命はある。しかも本来の人間のそれより短い。
彼女がオモチャにされて何年経っているのかは分からない。分からないが……
……すまない。少々残酷なことを言う。
恐らく彼女に残されている時間はもう、殆どない」
「……ウソだろオイ…………!!?」