『愛と恩と因縁とにて』

『愛と恩と因縁とにて』

閲覧注意よ?



「よく寝てるなぁ…」

隣でいびきをかいて眠る幼馴染を撫でる。

しっかり熟睡しているようだ。

ほんとはもう少し眺めていたいが、とりあえずまずなにか着せてあげたい。

だがしっかり腰に巻き付いている腕が身動きを許してくれない。

「…私も服着たいんだけどなぁ」

目の前の馬鹿みたいに元気な彼はともかく、私は鍛えてるとはいえ普通に風邪も引くのだ。

あまり体を冷やしたくない。


まぁいいか。

諦めて目の前のルフィに抱きつく。

今晩はこの抱きまくらで構わないだろう。

とうとう一線を超えてしまった。

先日ガープさんや一部の人達に勢いづけられて

ルフィにプロポーズしようと向かったのが昔のようだ。

まだ正式に入籍したわけでも結婚式したわけでもないが、

こうして一番深いところで繋がれたのだ。

本当に夢のようだ。

「………。」

ベッドの横に置いてある指輪を見る。

海軍の人達はみんな祝福してくれた。

いつもは気難しいセンゴク元帥やサカズキ大将も祝ってくれた。

もし式が挙げられたら海軍の縁深い人達に集まって欲しい。

フーシャ村のみんなも呼ぼう。

…あの海賊女帝はなんとしても阻止しなくては。

この勝負は私の勝ちなのだ。

これでルフィに近づけやしまい。


…海賊。

何故かそのとき、ふとあの後ろ姿が思い浮かぶ。

私達二人にとても縁深いあの海賊達も、どこかでこの話を聞いてるのだろうか。


…今更関係ない話だろう。

頭の中のそれを忘れようと、そのまま意識を沈めていく。

完全に夢の中に行く直前、ルフィの後ろに貼ってあるカレンダーの…

シャボンディ諸島の文字が何故か印象に残った。


〜〜


「…タ……ウタ!」


ルフィの声で目が覚める。

今はどういう状況だったか。

その答え合わせをするかのように、激痛に襲われた。


思い出した。

賞金稼ぎの一派を蹴散らし、雨の中隠れたこの洞窟で…破水したのだ。


気づいたのは、逃げ出してから2ヶ月ほどしてからだった。

元々調子の出なかった体が、明らかに不調を訴えていた。

気分も悪く、食事にも支障が出て…何より、お互いの見聞色が、

自分たち以外のもう一つの「声」を捉えていた。


この逃亡生活の中…私は妊娠していた。


行為をしたのはあの一夜だけだった。

あの一夜で、私は彼の子供を身籠っていた。

最初はどうするか躊躇いもあった。

なによりルフィに迷惑がかかるならと、こっそり己だけでなんとかしようとしたことがあった。

もし仮にこのせいでルフィが死ぬようなことがあれば…とてもじゃないが耐えられない。

それならいっそ自分ごとになってもなかったことにするべきなのではないかと。

……今思えば馬鹿げた考えは、他ならぬルフィに阻まれた。

こっそり抜け出して持ち上げた岩を砕かれ、一晩中抱きしめられながら説得された。

必ず守ると。必ず二人共守り切ると。

涙ながらの説得の前に、私も泣きながら謝罪をした。


それから、なんとか旅を続けたが…安寧の地は見つからず。

なんとかその手の医療本は手に入ったものの難しいことが分かるわけもなく。

安心できる一手を見つけられるまま月日だけが過ぎる。

時が進むほどに腹が膨れ、移動もままならなくなり…。

久しぶりの賞金稼ぎをなんとかしたあと、いよいよそれが始まってしまった。


「ウタ、おい!しっかりしろ!」

傍らでルフィが手を取ってくれながら叫ぶのに、声が出ない。

視線を移して頷くことしかできない。

先程から酷い痛みが引いては押し寄せてくる。

今自分がどういう状況なのか分からないのが怖い。

私はどうなるのだろう。

…赤子はどうなるのだろう。


「絶対死なせねえぞ!絶対二人共助けるからな!」

なんとかルフィが声を上げるが、その顔が不安に染まるのが分かる。

どうかそんな顔しないでほしい。

そう言ってあげたいがそれすらできない。


場所は火しかないこんな洞窟。

いるのは知識も疎い二人。

このあと状況が好転するとも思えない。

…なぜこうなってしまうのだろう。

私はまた、彼に喪わせてしまうのか。


誰か…誰か助けてほしい。


「……フィ…ャ…クス…」

…咄嗟に出たのは、ルフィの名と…思い出したくもなかったはずの、父の名だった。



「…いたぞ!」

油断していた。

ルフィが声のした洞窟の入り口を見る。

洞窟の入り口を隠すように立っていたのは、大男だった。

どうみてもカタギではない。

頭が回らないが、かつて海軍で見たことがある気がする。

…恐らく、手配書でだ。


「クソっ…!」

ルフィが片手で武装を込める。

最悪の状況で戦闘が始まる。




…ことは、なかった。


「急いでくれ船長!どうやらまずそうだ!」

その声とともに、後ろからもう一人…と、一匹が現れる。


「チッ…こんなところでお前ら二人で対処出来る問題じゃねェだろ」

「…お前……!」

ルフィの武装がとける。


「悪縁も縁だ。一旦おれに任せろ。」



「おれは医者だ…麦わら屋。」


〜〜


そこから先は早かった。

私を慎重にルフィが抱えた時、景色が一変した。

一瞬雨に晒されたかと思えば、また景色が変わる。

気づけばどこかの部屋の中だった。


「そこが手術台だ。その女を乗せろ、慎重にだ。」

いつの間にそばにいた男…トラファルガー・ローが手袋とマスクをつける。

「ベポ、イッカクを呼べ。他の奴らは下げさせろ。」

唐突な事態にも同様なく、船員達が動く。

私がなにか言おうとしてまた痛みに口が閉じたとき、ルフィがこちらを見た。

「大丈夫だウタ…!トラ男ならきっと大丈夫だ…!!」

…『死の外科医』トラファルガー・ロー。

2億を超える賞金首の海賊。

…ルフィが、ユースタスキャプテンキッドと並んでよく出合っていた海賊だ。

「…分かった……!」

本当は海賊に頼るのに抵抗もあった。

ルフィ以外の誰かを信じられなかった。

…でも、これ以外手はないのだとも分かっていた。

深く息を吐いて…身を委ねることにした。

「船長、準備問題なしです。」

「分かった…始めるぞ。」


〜〜


「…ん……」

一生続くかと思った痛みが引いていく。

「…胎盤、終わりました。」

「よし…おい、終わったぞ。」

声をかけられる。

「…こどもは…。」

かすれてしまった声で聞く。

「……。」

無言で顎で指される。

そちらを見れば、しっかり右手を取ってくれているルフィの元に、いた。


「…はは……。」

いつの間に泣きつかれてたのかすやすやと眠っている赤子を見て、自然と涙が溢れてしまう。

「良かった…!ウタ…!」

ルフィも泣きながらも笑顔でいてくれている。

ずっと不安にしてしまって申し訳なかった。

それでも守ってくれていた。

「…うん…ありがとね…!」

それからもう一人、今回助けてくれた彼にも。

「…ありがとう…トラファルガー……。」

「…礼なんざいらねェ。それより今は休んでおくんだな。」

そう言って、ローは部屋を退出した。


〜〜


あのあとお言葉に甘えて産後の疲れもあってしばらく休ませてもらって…

なんとか起き上がれるようになってから、二人で改めて礼を言った。

「ほんと助かった!ありがとうトラ男!」

「ありがとう…あなたがいなかったら、今頃きっと…。」

その先は言えなかった。

ルフィの背中で眠るこの子の未来は、目の前の男がいなければまずなかっただろう。

「…どうして、助けてくれたの?」

元はと言えば敵同士。

海軍に追われる身となった私達を助けてメリットなどないはず。

なのになぜ、目の前の海賊は手を差し伸べてくれたのか。


「…半分は気まぐれだ。もう半分は…麦わら屋と、そいつに例を言うんだな。」

そう言ったローの視界の先の扉から現れたのは、あのときの大男だった。

「初めましてだ麦わら……例を、言わせてくれ。」

あのときは分からなかったが、改めて見てピンと来た。

「あなた…キャプテンジャンバール!」

「ん?誰だ?」

少し昔の手配書の中にあった顔だ。

「でも、どうしてあなたが…。」


「話せば長いが…おれは天竜人の奴隷だった。」

─その言葉に、息が止まった。


つまりはこうだ。

かつて人攫いに囚われ売りに出された彼は、

天竜人ロズワード聖に買われた。

その後マリージョアにて天竜人の船長コレクションの一人として扱われる日々。

他と比べまだマシではあったものの、人としての尊厳など当然なく。

ひたすら日々を過ごしていたある日、物見に降りたシャボンディ諸島で、

ルフィがロズワード聖の息子チャルロスを殴り飛ばす事件が発生。

その騒ぎに激昂し彼の元を離れたロズワード聖の隙をつき、

かつての武勇に目をつけたトラファルガー・ローが解放。

それ以来彼の部下となったらしい。

「…少なくとも、麦わら屋のやらかしがなけりゃおれもこんな真似はできなかったな。」

確かに当時の新聞はルフィの事件ばかりに注目し、

そちらを取り上げた人間はほとんどいない。

便乗して何かをするには最高のシチュエーションだったらしい。

「だから一度礼をしたくてな…船長に我儘を言わせてもらった。」

ローからしても急ぐ旅ではない。

今はやがて来る「時期」を待つのみ。

少しの我儘くらいは言いだろうと、最近は二人を探していたらしい。

そんな中色々あって私達の情報を得て、あの島を訪れた結果、正に産気づく私と慌てることしか出来ないルフィがいて。

「というわけだ。」

「………。」

以上だと言わんばかりのローに対し、私は正直まだ納得しきれていない。

今の話が本当だとしても…いや、本当なのだろう。

だとしても、ここまで面倒を見てくれるものなのだろうか。

そう思う私の背中を、ルフィが叩く。

「な、こいついいやつだろ!」

そう言って笑う。

…海軍にいたときのやり取りを思い出す。

あのときもよくルフィは戦った相手のことを楽しく話していた。

特にキッドとローの二人はそうだった。

「悪いやつだけど負けたくねェ面白いやつ。」

「海賊だけど面白くていいやつ。」

当時はそう笑うルフィの気持ちが分からなかった。


…だが…。

「ギャー!」

思考を吹き飛ばすかのように泣き声が響く。

「わ、わ、わ!どうした!」

ルフィの背中で泣いていた赤子が大声で泣く。

「エ、えと…どうしたの?」

「………原が減ってるんじゃないのか?」

そうローが言う。

「あそっか!えっと…。」

流石にどうすればいいかは分かる。

「おい待てお前!人目をはばかれ!」

「あ、あ〜…!」

「おい!ウタの体見たらトラ男でもぶっ飛ばすぞ!」

「誰が好き好んで見るかバカが!イッカク!」

「はいはい…全く」

…とりあえず男どもが船室に戻り…甲板に三人となった。

「全く…人騒がせな夫婦だね。」

「ご、ごめんなさい…。」

乳を与えながら謝罪をする。

…元気に飲んでくれている。

「………。」

「赤子の世話なんて久々で大変だったよ。まさかジャンバールの我儘がこうなるなんてね。」

「久々って…前にも?」

「まぁね。」

少し、イッカクという人がこれまでのことを教えてくれた。

これまでもあの船長は、気まぐれに人を治療したりすることがあったらしい。

「あ、そうそう。とりあえずこの船政府の目の行きにくい島に向かってるから。…あ、飲み終わったら背中叩いてけぷってさせてやりな。」

そう言って、彼女も戻っていった。


どうやら比較的安全な島まで送り届けてくれるらしい。

彼らには世話になってばかりだ。

いつかちゃんとお礼をしたい。

「……。」

…海賊にお礼など、少し前ならありえなかっただろう。

当然今でも海賊は嫌いだ。

…でも、何故か彼らは嫌いになれない。

どこか信用してる自分がいる。

「…信頼…。」


誰かを信頼するなどいつぶりだろうか。

あの日以来、頼れるのはルフィだけだった。

ルフィしか信頼できなかった。

かつての友人も、優しそうに見えた一般の人達も。

誰も信じられなかった。

それが今では、ルフィ以外の人に心を許そうとしている。


「……ありがとうね。」

きっとこの子のおかげだろう。

この子が、閉じていた私の心を開いてくれた。

誰かを信じることを思い出させてくれた。

「…私達のところに来てくれて。」

…いつか、この生活が終わったら…

また、皆を信じられるだろうか。


『この風は どこから来たのと』

…歌などいつぶりだろうか。

─久しぶりに、喉から声が溢れてきた。










「ヒ〜〜〜ハ〜〜〜!!!」

「キャアアアアアア!!!」  


〜少し前、船内にて


「そういえばキャプテン、おれたちがあいつら見つけるきっかけになった…えっと…」


「革命軍だ、ベポ。」


「あ、そうだった。」


「なんで革命軍があいつらを追ってたのか知らないが…会話を盗み聞き出来たのはラッキーだった。」


「でもキャプテン、まさかあいつらおれ達追ってきたりは…。」


「…そうだな。ないとは思うがそろそろ潜水を…。」


ドォン!

「…なんの音だ?」

「甲板からだよキャプテン!」


─このあと、甲板に着地したオカマ…もとい、少し前に脱走を果たした革命軍幹部

エンポリオ・イワンコフによってまた一波乱あるが…それはまた、別の話。


to be continued…?


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