愚者の贈り物

愚者の贈り物



 あの人が残したものがぜんぶ嘘ならと思うことがよくある。


 例えばあたしのことを娘がいたらこんな風にと言って大切にしてくれたことだとか、ずっと愛していて忘れられない人がいただとか。

 でもそれは歪だけれど本当も混じっていて、それはふとした瞬間にこうして顔を出してそれが嘘ではなかったとあたしに教えてくるのだ。


 なんて真面目に言ってはみたけれど、正直今は感傷や悲しみよりも信じられない気持ちの方が勝っているというか。酷く砕けた言葉を使うならばドン引きしている。

 流石にあたしも藍染惣右介の私物から"明らかに明るい髪に似合うような"簪が複数……大量に出てきた事について、きれいな言葉でどう表現していいのかがわからない。


「なんや溜め込んどるなァ」

「そ、そうですね……」

「買うたまま封も開いてへんし、桃いるか?いや色が似合わんな、なんや辛気臭い色ばっかりや」

「そう、ですね」


 それはきっと昔髪が長かったらしい貴女への贈り物です。と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。辛気臭いと言われた色は落ち着いていて金の髪にはよく似合うだろう。

 似合うだろうけれど、それを大量に所持しているのは話が変わる。一、二本なら贈れなかったのかな、本当に好きだったのかなとあたしだって感傷的な気分になったのに。


 平子隊長が「溜め込んどる」と言う程度には数と種類がある。ざっと見ても二桁以上は確実で、下手をすれば三桁なんて事もあるかもしれないとゾッとした。

 執念というかなんというか、もうここまで来ると怨念めいたものすら感じる。これが死んだ人の遺品だったら怖い話が始まりそうだ。普通に今も怖いけど。


「そういや、こんなん前に誕生日に貰ったな」

「えっ!?」

「俺は簪なんて使わんのにと思うたけど、適当に買うた中から選んだんやなァ」


 その話を聞いてものすごく怖い想像をしてしまったし、なんとなくそれが当たっている気がしてきて背中を変な汗が伝った。

 これ多分、平子隊長がいなくなったあと、誕生日ごとに一本ずつ買った簪だ。そう考えればこの数の理由もわかる。わかりたくなかった。


「適当に良さそうなの見繕って、いる言うたら娘にやろうかな」

「え、あの、その……」

「ほんで残ったのは売っ払って、パーッと甘いもんでも食いに行こうや」


 にっと笑う平子隊長は、多分それには気づいていない。藍染惣右介は自分のことを嫌っているとか、目の上のたんこぶみたいに思ってるとかそう考えているのだ。

 あの人が百年以上執念深く想っていたなんて、きっと微塵も考えていない。今だって自分のことよりもあたしのことを気にかけて情念の塊みたいな簪を平気で手に持っている。


 あの頃のような仮初の感情ではなく、心の底から「なにかあったらあたしが平子隊長を守らなければ」という感情が湧いてきた。

 そもそもこの人は百年以上前に一度この上なく悪い男に騙されて子供を身籠ってしまっているのだから、今後もそんなことがないとは思えない。


 そしてその騙した男は百年経っても怨念の如く未練を溜め込んでいるのだ、なにかきっかけがあれば……と頭の中で平子隊長が無体を働かれる想像をしてしまった。

 もっとも想像の中でも押し倒された辺りで全力で抵抗して蹴り飛ばしたので肉体的な貞操の危機は気にしなくてもいいと思う。心の方がきっと問題だ。


「平子隊長は、あたしが守りますからね……!」

「お?なんや桃、急に勇ましくなってどないした?」

「あたしがいますから、心を強く持ってくださいね……!」

「お前ン中で俺に何があったん?!」


 ぐっと拳を握るあたしを平子隊長が不思議なものを見る目で見ている。藍染惣右介だけでなく他の不埒な男からもあたしが守らなければ。

 平子隊長は優しいから下心ある相手にうっかり迫られても、土下座する勢いで謝られたらきっと許してしまうに決まってる。あたしが変わりに成敗するしかない。


「高く売れそうなのを選別しましょう!」

「なんや桃、やる気満々やな。甘いもん食いたいんか?」

「そうですね、平子隊長と思いっきり食べたいです!」

「現金やなァ」


 伝わっていない情念なんて、伝わらないままあんみつにでも変えられてしまえばいい。あの人は嘘をつくよりも本当を伝えればよかったのだ。

 そうすればこんな、誰にも使われないで放置された簪なんてものをこんなにたくさん溜め込まなくたってよかったのに。


 横目で見た平子隊長の髪は綺麗に切り揃えられて、すっかり短くなっている。もう簪なんて必要になることはないだろう。

 きっとあの人は、長い髪が好きだってことも一度だって話したことはないんだろうと飾るはずの髪をなくした簪を手に取りながら思った。



***


 ちなみに平子隊長の娘さんに簪を見せたところ同じように「なんか色が辛気臭いなァ」と言い、お眼鏡に適ったのはほんの数本だった。

 その際「華やかなものを買うのは恥ずかしかったのか」とか「単純にセンスが死んでるのでは」とかけちょんけちょんに貶されていたけれど、あたしが心の中で「金色の真っ直ぐな髪を飾るのにはきっと似合いでしたよ」とそれだけ擁護したのは、もう髪を伸ばさないらしい平子隊長には絶対に秘密だ。

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