想いと願い

想いと願い


IFローが正史世界にきて間もない頃の、何の反応も示さないIFローに変化が訪れるちょっとした話

ちょっとしたって言うけど割と長いかもしれない

普段とちょっと違う書き方したせいでよく分からなくなっていたら済みません

ほんのりでも暖かい気持ちになれば嬉しいです





こんこんと降り積もる雪が鼻先に触れて、低くても確かな体温でじわりと溶けた


不思議な縁で繋がった別世界と、そこからやって来たもう一人の俺

心身共に摩耗して、何にも反応を示さない、示したとしても一瞬ないしは薄くしかそれらしい反応を見せないあいつの療養が当面の目的だ


雪、久しぶりだな、パンクハザード以来か


別の世界、なんて物に大して全く知識も理解も無い状態の俺達は自分達の知見を広げる為に片端から情報収集をし始めた

その過過程で『ヘルメス』とかいう古代兵器らしい代物の存在が出てきた

そこからは『ヘルメス』に関する情報をメインに調べていったが、途中から完全に考古学の分野になったせいで行き詰ってしまった

さてどうしたものかと考えあぐねていた時だった


「そういえば、麦わらの所にいるニコ・ロビンって考古学者だったよな」


一番初めにそう言ったクルーは果たして誰だったか

確かにニコ屋の知識はそれこそ間違いなく頼りになるだろうが、もう同盟は解消して今は敵同士だ。それなのに知恵を貸せってのは流石に可笑しいだろうがと俺は却下した

が、あいつ等は俺が知らない内に麦わら屋達と連絡を取り合って再度同盟を結ぶ所まで話を運んでいた


問い詰めれば


「一回同盟を結んだ相手ですよ、1回や2回変わりませんよ」


だの抜かしてきたし、元同盟反対派だったイッカク達に言っても


「今はローさんに関することが最優先なので」


だと

あいつ等、麦わら屋ン所の奴らと関わって変な影響受けたんじゃねェか?


というか麦わら屋達は本当にどうなってやがる、再度の同盟の申し出なんて普通に考えりゃ裏があるって考えるだろ

いやまァ船長が麦わら屋だからな、他の連が止めても聞かなかったであろう事は容易に想像出来る


そんな経緯があって俺達は一旦合流する事になった

運が良いのか悪いのか、麦わら屋達は今比較的大きめの島にいて、更に多少の針路のずれはあるが、あまり時間をかけずに到着できそうな島だった

とは言え一旦物資の補給とログポースの関係で立ち寄った島が、今俺達がいる冬島だ


クルーの何人かは買い出し、何人かは船の整備、何人かはもう一人の俺の世話と役割を決めて各々が仕事をする

俺は俺で医学書を買いに行ったりと出歩く

この島のログが溜まるまでの時間は半日、まァ大抵の事は日中に終わるだろうから出航は明日の日の出ぐらいで良いだろう

思ったよりも早く出航出来そうな事に密かに喜んだ

それにしても雪が降り積もるだけあってやはり寒い、目的を果たしてさっさと船に戻ろう

俺は足早に町の本屋を目指して歩いた


日が沈み出した頃、俺が船に戻ると下船していたクルーも全員帰船していた

船内に入れば現在進行形で準備されている夕飯の匂いが鼻腔をついて胃を刺激してきた

この匂いはホワイトシチューだな。外に出ていて冷えた体には嬉しい品だ


食堂に行けば殆どのクルーが集まっていた。まァ船内での役割があるから全員ではないが、それでも手が空いているであろうクルーは全員食堂に集まっていた

シチューにサラダ、他の連中はサンドイッチが出ていたが俺はパンが嫌いだから別でおにぎりを出された

騒がしく会話を楽しみながら食事を摂るクルー達を見ていればシャチの姿が見えない事に気が付いた

少し考えてあいつは今日向こうの俺の食事担当だったなと思い出してさっさと食事を終えて様子を見に行く事にした


廊下を歩いて行けば途中で器とスプーンが二つずつ乗ったおぼんを持ったシャチと遭遇した


「あ、キャプテン!聞いてくださいよ朗報です!」


俺を見付けた瞬間にシャチは嬉しそうにこちらに駆け寄ってくれば持っていたお盆の上を俺に見せて来た

乗っていた器は二つ共空になっていた


「ローさん特製シチュー全部食べてくれたんですよ!具なしですけど!」


それは確かに朗報と言っても良いだろうな

今まで食わせても完食はした事が無かったから、これは大きな進歩と言っても良いだろうな


「そうだキャプテン、この後ちょっとローさんを外に連れて行っても良いですか?勿論甲板までですけど」


それぐらいなら良いだろうと許可を出せばシャチはお盆を持ったままガッツポーズをしてから、片付けの為に食堂の方へ軽やかな足取りで歩いて行った


身支度を整えて、寝る前に少し読書でもするかと本を取った瞬間船内が突然騒がしくなった

何事かと部屋から出て騒ぎの出所を探して歩き回れば、辿り着いたのは今シャチが向こうの俺を連れて出ている筈の甲板だった

殆どのクルーがそこにいて、シャチが泣き叫んでいた

しかしもう一人の俺の姿がどこにも見えなかった

騒ぐ周りのクルーを退けてシャチから話を聞けば、何故かあいつは暫く雪を見ていたが突然能力を使ってどこかへ飛んでしまったらしかった


俺はまずシャチにあいつが何と入れ替わったかを聞いた


「……雪です!」


その返答に大きく溜め息を吐いた

特徴のある物との入れ替わりだったら飛んだ先を推測出来るが、雪なんざ見える範囲全体にある。これは何の情報にもなりゃしねェ

兎に角今外へ出られるクルー全員であいつを探す事にした


日が完全に沈んで気温も一気に下がってくる、甲板に出るだけとはいえある程度の厚着はさせていたらしいが、それでも1人じゃろくに動けないあいつじゃ行き倒れになる可能性がある、さっさと見付けねェと

街の住人への聞き込みをして行くがあいつを見たって奴はいないせいで時間が掛かっていた


(……ゆき…)


何処かから聞き覚えのある声が聞こえて来た

何の、誰の声なんてのは一瞬で分かった

毎日飽きる程に聞いている俺自信の声だ、だが俺よりも明らかに細い声だ、それだけであいつの声だと分かる

何処から聞こえて来たのかと辺りを見回したが視界に映る範囲には居ない


下手に体力を使いたくはなかったが仕方ない

島全体にROOMを展開した。幸いそこまで大きな島じゃないから命を削るような事にはならないが、それでも疲弊はする

さっさとスキャンで島全体を探せば、街から大分離れた場所、人も居ないし建物も無い広い場所に、たった1人で居るあいつを見付けた


すぐにシャンブルズでこっちに連れて来ようと手を動かしたが、その手を俺は止めた


雪って、言ってたな


今まで殆ど何にも反応を示さなかったあいつが確かに反応を示している

それどころか能力で勝手に飛んで行った

これは無理に連れ戻さない方が良いと判断し、逆に俺があいつの所へ飛んだ


飛んだ先であいつは雪の中に座り込んで遠くを見詰めていた

俺が背後に立っても反応は示さなかったが、ゆっくりと左手を何もない空中へ伸ばした


「こらさん……」


そうだな、コラさんと別れたのもこんな雪の中でだった


「べぽ、ぺんぎん、しゃち……」


あァ、あいつ等と出会ったのもこんな雪の中でだった


そうか、俺にとって思い出深い物はお前にとっても思い出深い物だもんな

だからお前は1人でここに来たのか

壊れた心はあの頃の記憶を辿って、また会えないかと体が動いたんだな


ぽつりと消えりそうな声で、それから出会っていったクルー達の名前を呼んで、そうして最後には両目から涙が零れていた


「…あいたい……あい、たい………」


「そっち、いきたい……」


「みんな…あいたいよ……ッ」


「おれ……おれ、もう…いきてたく、ないよ……!」


そう叫んでその場に項垂れて声を上げて泣いていた


何を馬鹿な事を言ってやがる

そんな事コラさんもあいつ等も誰も望まねェよ

そう言ってやりたかった

でも言えなかった


分かるから


お前はもしかしたら、ありえたかもしれない俺だから

きっと俺も同じだったらこうなるだろうから

それが分かるから、俺は何も言えなかった


それに何より

やっとお前が明らかにした『想い』を

やっとお前が口に出した『願い』を

否定するのは間違っていると思ったから、だからせめてお前がもっと力を抜いて寄り掛かれるように俺はあいつの隣にしゃがんで肩を抱き寄せて何度も摩った


泣き疲れて舟を漕ぎだしたもう一人の俺を負ぶって、俺は街へと飛び、こいつを探し回っていたクルーを連れて全員で船に戻った


昨晩は何だかんだと問題があったせいで寝るのが遅くなったが、それでもある程度睡眠を取って無事に休息する事が出来た

部屋から出て身支度を整える為に共同の洗面所に行けば、中から突然叫び声が聞こえて来た

何だ一体朝からうるせェなと扉を開ければ、そこには腰を抜かしているらしい何人かのクルーともう一人の俺が立っていた


「…ろぉ、おはよ……」


弱々しい声で、覇気の無ェ目で、うっすら笑ってもう一人の俺はそう言った

今まで部屋に行って声を掛けても返事はおろか視線すら向けてこなかったこいつが、自分の意志で部屋から出て、そして声を掛けて来ているこの状況には、クルー程じゃねェが俺も驚いた

一体何なんだ突然と困惑したが、それでも俺は何となく理解出来た

昨日の行動で、今までずっと溜め込んでいた、正しいとは言えないがこいつ自身の『想い』を吐き出せて、ずっと嵌っていた枷がようやく一つだけ外れたんだろう


牛歩なんてレベルじゃない遅さで、だけど確かな一歩を踏み出せたこいつに、俺はただ、ごく普通の挨拶を返した


「あァ、おはよう。ロー」


窓の外は晴れていた

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