『惜 参』
「……とりあえず、すでに処置は済ませたから、これ以上ひどくなることはないはずだ」
落ち着いた私に、ホンゴウさんが説明してくれる。
あのあと、魔王から離れ、毒と出血多量で死にかけた私を、
ホンゴウさんが必死に手当してくれたらしい。
延命を続けているところに起き上がったルフィの仲間のトナカイさんと友達の人が手伝ってくれた結果、なんとか私は一命を取りとめられたとのことだ。
…もし脱出がもう少し遅かったら、ウタワールドのルフィや観客たちは魔王に取り込まれるところだったかもしれない。
そうゴードンは言っていた。
そう考えると、あの場で自ら離れられたのは結果的には良かったのだろう。
…右腕の犠牲は必ずも無駄ではなかった。そう考えると少し気が楽になる。
「…ホンゴウさん…私の腕、どうなったの?」
今更繋がるとも思ってない…それでも、聞いてみる。
「…現実のお前の腕は、どっちも消えてた。恐らく魔王と一緒にな。」
「………そっか」
どの道どうしようもなかった…そういうことだろう。
「あ、安心してくれ!今おれ達の仲間が、ウタのための義手を作ってるところなんだ!」
そばにいたトナカイ…チョッパー君が大きな声でこちらに話す。
「フランキーは凄いんだ!きっと…きっと腕も……!」
涙目になりながらも、こちらを励まそうとしてくれている。
「落ち着けトニー屋…どの道、まだ時間はかかる。しばらくは麦わら屋がお前の世話をするはずだ。」
「…ルフィが?」
「ああ、お前を一番任せられるのはルフィだろう。」
…申し訳ないと断りたかった。
だが、この体では今は無理だろう。
己への嫌悪感が強まる中、その言葉に甘えることにした。
そのあとルフィによってルフィ達の船に移されることになった。
移動しているとき、初めて私がいたのが潜水艦だったと知った。
ルフィの友達のもので、医療設備が最も整っていたらしい。
「…よし、大丈夫か?」
用意された部屋は、水槽のある部屋だった。
急遽ここを使うということで、軽く整理してベッドを一つ置いてくれたらしい。
散々迷惑をかけたというのに、本当に感謝しかできない。
そう思いながら、ルフィの手でベッドに寝かされる。
「何日も寝てたから、しばらくゆっくり体慣らすしかねェってチョッパーが言ってたからよ、とりあえず今日は休んどけ」
「…うん」
両腕がない以上、前のように歩くには慣れがいるだろう。
何日も使われてない筋肉も戻さないといけない。
「…お、飯来たぞ、食うだろ?」
リフトから取り出された夕食は、どうやら卵粥らしい。
食べやすいようにとのことだろうか。
「ちょっと待ってろ…熱そうだな」
スプーン掬ったのをルフィが冷ましてこちらに向ける。
若干の気恥ずかしさはあるが、どうせ一人ではスプーンも握れないのだ。
一口でスプーンの先のお粥を食べる。
「…美味しい。」
ちゃんと程よい温度になっている。
「そっか!サンジのメシはうめーからな!」
そう言いながら、またスプーンのお粥を冷ましてくれる。
そのまましばらく、少しずつお粥を食べさせてもらった。
「…ご馳走さま。」
「おう」
時間はかかったが、なんとか完食できた。
「ごめんねルフィ、面倒かけちゃって…」
「いいよ気にすんな」
本当に気に留めてない声で、ルフィがリフトを操作している。
…いつの間にか、随分な時間だ。
「…ルフィ、私はいいからさ、ルフィも食事してきたら?」
きっと仲間の人達も待っているだろう。
「いや、大丈夫だ」
そう言うと、ルフィが外への扉を開ける。
そこにはリフトに入らないサイズの肉があった。
「おれもここで食べるよ。サンジが用意してくれたしな!」
「え…でも」
仲間の人たちは、本当に大丈夫なのだろうか。
「あいつらなら大丈夫だ!それより今はウタの方が大変だろうしな!」
そう言うと部屋の椅子に腰掛けて、抱えた肉を食べ始めた。
相変わらず凄い食欲だ。
あっという間にいくつかあった肉が消えていった。
「ごちそーさま…あ、歯磨かねェとか。」
そう言うと、今度は部屋の隅に置かれてた袋をあさり始める。
「チョッパーがよ、色々用意してくれてたんだ。…あった!」
歯ブラシと水の入った瓶などを抱えてルフィが来る。
「ほら、口開けろ」
「…あー」
「痛かったら言えよ?」
そう言ってルフィが口の中に歯ブラシを入れて磨き始める。
何度か歯に当たって痛かったが、かなり優しくやってくれた。
「よし…えーとあとなんだっけ…寝るだけか…?」
「…お風呂…」
「あ、そっか!行くか」
「ま、待ってルフィ!?せめてそこくらいは女の人とか…」
確か二人ほどいたはずだ。
できればそちらに任せたいが…。
「…おれがやるからいいだろ?」
「えっあっ…うん」
結局ルフィに押し負けてお願いすることになった。
脱衣所でルフィに手伝ってもらって脱いで、風呂場に連れてこられる。
随分広いお風呂だ。お風呂好きならさぞ堪能できるだろう。
「確かもう濡らして大丈夫だったよな?」
「あ…うん、多分」
確か体を洗うときも、強くやらなければ濡れても大丈夫なはずだ。
椅子に座らされ、頭からシャワーを浴びたあとにシャンプーとタオルが用意された。
「えーと…おれいまいち使ったことねェから分かんねェんだよな」
「シャンプーつけて擦ればいいと思うけど」
言われたとおりにルフィがやれば、しっかりタオルが泡立った。
そのまま全身をしっかりタオルで擦られていく。
背中はともかく腹や胸は自分でやれればよかったがまだそれも無理だ。
ルフィが流れのまま前側も洗浄するのを黙って震えながら待つ。
仮にも女体なのだから興奮したりしないのだろうか。
…ルフィはしなそうだし、第一こんな歪な体では興奮などできないのかと思い直した。
くすぐったさもむず痒さも変な気分も出てきそうになるが慌てて抑える。
あくまで今は介護をしてもらっているだけなのだ。
やがて全身の泡を落として、いざ入浴となった。
「…ルフィは入らないの?」
ルフィは未だに服を着たままだ。
「おれ?おれはいいよ、前にも体吹いたし、ウタ見てないと風呂危ねェし」
そう言って遠慮しようとするルフィに食い下がる。
「…せっかくならお願いしたいけど…駄目…かな」
確かにルフィの風呂についても問題はある。
だが、わがままにも今は一人になりたくなかった。
そんな嘆願を、ルフィは聞いてくれた
やがて服を脱ぎ捨てたルフィが、ゆっくりと浴槽に入れてくれる。
肌が触れ合うのはかなり恥ずかしいが、それよりも目に入ってしまったのが気になる。
「…その傷は?」
胸元の大きな傷。
「2年前によ、色々あってな」
それだけじゃない。よく見れば全身ところどころに傷が見える。
ついその傷に手を伸ばそうとして…その先がないのを思い出す。
そのまましばらく、力が抜けない範囲で黙して温まることになった。
風呂場をあとにして、また手伝ってもらいながら服を着て部屋に戻った。
「いっ…少しゆっくりでいい?」
「お、おう」
部屋に戻ったあと、そこにあった鏡で軽く髪の手入れだけしてもらった。
やはりルフィにはこういうことは難しいだろう。
それでも親身に世話してくれるのが、申し訳ないと同時に嬉しい。
「それじゃ、何かあったら言えよ」
「うん…おやすみ」
「おう」
…しばらくして、目を開ける。
ベッドで横になっている私の横で、ルフィが椅子に座りながら眠っている。
しばらく…義手ができるまではこうなのだろう。
本当に申し訳ない。
…ふと、頭の中に旋律が思い浮かんだ。
新しい曲になるかもしれない。いつも通りメモしようとし…
…ペンも紙も、手もないのを思い出す。
そのままもう一度ベッドに倒れ込む。
「……私、なんなんだろう」
音楽家としても、役に立てるのはいつになるのか。
そんなことを考えながら、意識を沈めていった。