『惜 弐』
「…ん……」
目が覚める。
目の前に広がるのは、エレジアの自分の部屋でも、よく夢に見た思い出の船室でもない。
随分と無機質な天井だった。
横からは機械音がする。病院かなにかだろうか。
…いや、少し波の揺れを感じる。ということは海の上なのだろう。
そんなことを考えていると、自分の腹あたりからの呼吸音に気づいた。
首を上げてそちらを見ると、そこには自分のそばで眠りにつくルフィが見えた。
その奥では、椅子に腰掛けて眠るシャンクスもいる。
…二人共、ずっとそばにいてくれたのだろう。
ついすぐそばのルフィの頭を撫でようと腕を上げて…。
「………あ」
ヒュッっと、喉から息のようななにかの音が出る。
左腕は、肘から先がなかった。
そうだ、思い出した。
あのとき、ルフィに手を伸ばして…そのまま、左腕を失った。
悪い夢か…それとも、夢の中だけなら良かったが、どうやら現実でもしっかり失っていたらしい。
恐らく、現実でも取り込まれるときに左腕が巻き込まれていたのだろう。
………では、右腕は。
私はあのとき、自分で、右腕を、槍で。
…上げた右腕を見る。
…やはり、あるべき手はそこにはない。
体をゆっくりまた倒す。
これで良かったのだ。
おかげで私はあそこから出られた。
魔王の支配から解放された。
二人が無事ということは、きっとみんな無事だろう。
観客のみんなも戻れたはずだ。
私は確かに生きて、二人のそばにいれる。
それで十分だろう。それで…。
『ウタ、新しい曲を書いたのか…素晴らしい曲だ、きっとみんなの励みになるだろう。』
……。
『ウタちゃん!今日の歌もすごく良かったよ!踊りも奇麗だった!』
…やめて。
『おいウタ!またパンケーキが焼けたぞ!お頭達も呼んでやってくれ!』
やめて。
『おいウタ!また卑怯な手使ったな!…それやめろ!』
やめて…!
「ウッ…フッ…ヒグッ…ウ………!」
…何もできない。手を伸ばすことも、食事をすることも、何かを書くことも、勝負も、目の前の幼馴染に触れることも。
……流れる涙すら、拭うことができない。
泣く資格などない。あれを歌ったのも、魔王を呼んだのも、腕を斬ったのも全て自分だ。
今更そんな資格などあるはずもない。
痛みすらももう既にない。
…なのに涙が溢れてやまない。
「…ん…ウタ…!ウタ!」
起こしてしまったか、ルフィがこちらに気づく。
言いたい言葉は沢山あったはずなのに、喉からは嗚咽しか出てこない。
「………ルフィ…!」
ルフィが体を起こして抱きしめてくる。
彼の体に包まれているのに、今の私には腕を回し返すこともできない。
「ルフィ…私…私……!」
「………ウタ」
「…シャンクス……」
いつの間にか起きていたシャンクスがそばに来る。
そのまま、左側のルフィと反対から二人まとめてシャンクスの右腕の中に抱きしめられる。
「……すまない…。」
「なんで…シャンクスが謝るの…。」
しばらくシャンクスもルフィも、黙って肩を貸してくれていた。
だからその時だけは…そのまま、二人のそばで泣き続けた。