悪戯とかえり道

悪戯とかえり道


檀生は来た道を戻り、自宅までの帰路を辿っていた。さっきまでいたゲンムコーポレーションでは今頃セキュリティ機器の異常で大混乱が起きているだろうが、どうでもいい。何も感じられないある男由来の虚無が自身を蝕んでいるようだ。やれやれあんな男の姿を借りなければ良かった。

ちょっとした気紛れを起こしたのがいけなかったようだ。気分転換にあのお姫様なおじさんを揶揄って、ブチ切れた表情、涙腺が決壊する様を見たかっただけ。


「清長くん」

「帰ってきてくれたんだね」


「おかえりなさい」


本気で言ってるならあの男はまた心療内科に通った方が良いだろう。私がせっかく記憶を改竄してあげたのにまた壊れるなんて承知しないぞ。

にしたってあんなマジな表情でいうなんて興醒めだ。

宝生清長はとっくに死んだのに。貴方にそんなことを言われる価値なんて無いのに。

自分で自分の命を諦め、あまつさえ次の良き生なんてものを望んだ愚かな男。その願いは叶い、生まれ変わりみたいな存在はたしかに生まれたが…檀正宗は知らなくて良いことだ。


「あー、やだやだ辛気臭い…」

悪戯は程々にしなければ。俺一人だけならまだしも、家族に迷惑がかかってしまうのは避けたい。とぼとぼと家へ帰り着き、玄関の鍵を開ける。

と、開けた瞬間からずどんと何かがぶつかる。


俺の娘の紗衣子が勢いよく出迎えに来てくれたようだ。


「お父さんおかえりなさいっ!!」

「ああ。ただいま、紗衣子。おかえりのタックルは危ないと言っているだろうに…」

「ふふっ…だってお父さんがいるのが嬉しいんだもん!」

ころころと笑う女は歳不相応なあどけなさを振り撒いている。仕方のない子とため息をつきながら、頭をぽんぽんと叩く。それを堪らなく嬉しそうに受ける娘が酷く哀れに見えた。

元々実の父を悪性バグスターに殺され、バグスター全体への憎悪を持つに至った娘がバグスターにこんなことされ喜んでいる。記憶を改変した結果とはいえ、バグスターである私を父と呼び慕うのは完全に想定外だった。

仮に何かあっても自分ならどうにでも出来ると認識して、父になったものの娘との生活は思いの外楽しい。記憶の中の息子との違いもなかなか興味深い。


「お父さん、早く夕食食べよ。今日は私が作ったんだから」

「へえ、料理を…」

「腕によりをかけて作ったからね! 冷凍食品だけど!」

「ははッ!そんなことだろうと思った!」


この娘の父になったのもちょっとした気紛れ、退屈凌ぎに過ぎないのかもしれない。が、それでもこれからも彼女の日々を見守り、幸福を願う気持ちに嘘はないのだ。

幸せに笑う娘を見ていると彼女の父の記憶を改変し、自身の母から受けてきた仕打ちを忘れさせて良かったと思う。


「早くきてよ、お父さん!」

「あーあー、そんなに強く引っ張らないでくれ、料理は逃げないだろう?」

「冷めちゃうでしょ!」

「それもそうだ」







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