悪役刑務所 第二話

悪役刑務所 第二話


「ようやく落ち着いた……と言いてえが」

 暴動が終わり、事後処理が行われている中、オズワルドは面倒そうに呟く。現場では、執行部隊が未だに囚人を葬ろうとしている。

 オズワルドは隠し持っていた通信機でどこかへと連絡を始めた。

「おい、背広。あの趣味の悪い甲冑どもを下がらせろ。やれねえなら……お前、可愛い娘さん居たよな? ……それでいいんだ、誠意ある対応をありがとう」

 通信機を切る。その後すぐに執行部隊に連絡が入った。隊長の男がしばらく会話をした後に、部下に号令を上げる。

「……撤収命令が出た。解散、撤収」

 執行部隊が撤収を始めた。これにて、完全に暴動が終了した。退却の際、一人の囚人が「ギャハハ、見ろ見ろ逃げてくぞ! 腰抜けだ、腰抜けだ!」と煽り一発撃たれる。

 暴動を終えた囚人は、牢に戻る者、広間で雑談する者と様々である。

「ったく、なんだあ?」

 執行部隊が退く姿を見ながら、男が一人呟く。

「……アライグマ。何って、暴動だ。執行部隊が出る騒ぎだったんだぞ」

「ゲッ、執行部隊かよ……」

 看守の青年が男の疑問に応じる。男は「くわばらくわばら……」と逃げるように牢へ戻った。

「あいつぁ暴動に不参加か……寝てたんだろうな」

 立ち去る姿を見て、看守の青年は独り言を漏らす。




 「さて、暴動に参加して房に戻った奴は射殺されないわけだが、当然ペナルティーがないはずもない」

 B棟の広間にて、何人か集まった囚人たちが話している。暴動に参加した者、していない者などが寄り集まっている。

「今月のペナルティーは……一ヶ月間デザート抜きか」

「ええ~! 嫌だよそんなの!」

 そうこう談笑している囚人たちに、近付く影が一つ。看守だ。金髪に酒瓶を下げた、異彩を放つ男だ。佇まいから他の看守とは違うオーラが漂っている。

「……囚人ども……酒、差し入れに来た。頼むから脱獄なんてしないでくれよ? お前らの遺体なんて、見たくはねぇからよ。まあ、こんなことを言ってもお前らはまたことを起こすんだろうがな?」

「カルヴァドスか、ありがとうな。……そういえばこの刑務所は脱獄者が数人しかいないんだったな。何故か聞いても?」

 話の中心の囚人は、カルヴァドスから酒を受け取ると、栓を開け全員分の酒を注ぐ。それを広間全員に配る。受け取った各々が乾杯をして、飲み始める。

 カルヴァドスは酒を一口で呷り、思い出すかのように語り始めた。

「……この刑務所は思ったより広い。落下死、銃殺、様々さ。後は……この区画の脱獄囚は、俺がこの手で百は介錯した。だから、やめて欲しいんだよ。酒を交わした友の遺体すら、残されねぇのはな」

 そこまで言うと杯に酒を注ぎ、また一口で呷った。少し寂し気な表情をしている。それから「さっきの暴動も、あんますんじゃねぇぞ?」と念を押すように言う。

「教えてくれてありがとう。ま、安心しな。俺の刑期はあと一年で満了するから脱獄なんてしねえよ。正門から堂々と出させてもらうよ。そん時の付き添いはあんたがいいな」

 こちらも酒を呷る。彼は殺人、銃刀法違反、無免許運転などの罪で投獄された囚人であり、カルヴァドスとは懇意の仲であった。

 「ああ、分かっているよ」と、カルヴァドスは笑った。その時、また新たに看守が現れた。白装束に身を包み、顔は火照っている。酒に酔っている様子だ。

「よぉ! カルヴァドス、何話しているんだ! おっ、お前さん名前は?」

 突然の闖入者に二人はびっくりした顔つきになる。カルヴァドス「白蛇か」と応じ、闖入者に酒を分け与える。既に酔いしれていた闖入者は酒を受け取ると豪快に口に含んだ。

「ただ酒に囚人を付き合わせているだけだぞ? ……こんなことだから、看守長を辞めさせられたとか言うなよ? 酒飲みすぎて降格なんて、二度とゴメンだからな」

 と、カルヴァドスは大きくため息を吐く。

 そこからしばらくの間、他愛のない話に花を咲かした。酒瓶の中の酒の量が、あと十杯分を切ったところで、カルヴァドスが「あ」と声を上げる。

「ついでに……お前ら、本当は教えちゃダメなんだけどな。お節介だから教えてやるよ。今日使った武器は捨てとけ。明日にゃ監査が入る。そこで何か“くだらん玩具”が見つかった時はお陀仏だからな」

 その言葉に何人もの囚人が反応する。死出虫は包丁をどうしようかと頭を捻らし、毒使いの囚人は所持している毒について悩み、オズワルドは情報提供に感謝の意を示した。

「ありがとよ、カルヴァ―。……『払う敬意』はロッカーん中だ。捨てるかは好きにしろ」

 オズワルドはカルヴァドスに鍵を手渡す。事前に用意していた、何かあった際の報酬である。カルヴァドスは苦笑しつつも鍵を受け取った。

「部下に回収させる。……俺だって昔はそっち側だったからな。最初にここから脱獄に成功したのは俺だ。まあ、その時のことを知っているの奴は少ないけどな。今は前の素性を捨てて看守をやってるんだよ。数奇なもんだろ?」

「へっ、そこも含めて『敬意』を払ってんだよ、俺は。まァなんだ、お互いに仲良くやろうじゃないか……」

 オズワルドはパイプに火を付けて、ゆっくりと吸う。顔を上げて息を吐くと、紫煙が天井へと昇っていく。何人かが紫煙を吸い込み咳き込んだ。

 



 その後も飲み会を続け、三時間は経とうという時、一人の男が現れた。他の看守達とは違う、上等な服を纏った男が。少し自信なさげな様子だ。

「……E棟看守長です。B棟暴動を受けてB棟囚人を引き取りに来ました。今から呼ばれた者はE棟に移りなさい。毒使いピュトーン、結婚詐欺師アライグマ、それからそこの二人、以上です」

 紙面を読み上げる。呼ばれた二人は面倒くさそうに準備を始める。残る二人、ピュトーンとアライグマも呼び出され、移動を命じられる。二人もまた、移動命令に顔をしかめた。

「ご苦労なこった。……E棟、掃除してやれよ? あれじゃ脱獄もしたくなるだろ。死体放置だけはやめとけ。看守にとっても辛いんだぞ、あの匂い」

 カルヴァドスが酒を飲む手を止めて、E棟看守長に忠告する。彼は自嘲気味に「……出来たらいいんですけど」と答えた。

 E棟看守長に案内され、四人はE棟へと向かう。野次馬として何人かが付いてくる。

 

 やがて、E棟前の門へと辿り着く。まだ門前だというのに、鼻につく腐臭が漂う。全員が嫌そうに顔をしかめる。

 門をくぐると、E棟の建物の前に誰かがいた。E棟の囚人達である。その内の一人がこちらに気が付いて近寄る。

「看守長の言っていた新入りは君たちか。ようこそE棟へ、歓迎するよ」

 そう言い握手を求める。しかし、アライグマを始めとした四人は握手の手を突っぱねる。

 さらに集まっていた内のの二人がやって来る。

「なんだなんだ、ワラワラと。パーティでもするつもりか? ウチの組織『ディナーズレストラン』の面子でも呼んでやろうか?」

「うわっ、お前らと一緒かよ……俺ん服、汚したこと忘れてねえかんな!」

 アライグマが威嚇をする。しかし相手は、そのことを覚えている様子ではない。そうこうしていると、後ろからもう一人が宥めに入る。

「まあまあアライグマ君、落ち着き給え。僕は君と話しが出来て嬉しいよ」

 中性的な顔立ちの男は屈託のない笑顔でアライグマに近寄る。彼の顔を見たアライグマは、一歩後退する。

「ワラシ……座敷童子か。いいぜ、お前が一番『まし』だからな。だが、距離は置かせろ。お前はましだが、信用はできん」

 アライグマはそう言い放つと、またさらに後退する。拒否された座敷童子は、悲しそうに肩を落とす。

「悲しいなぁ……僕はただ同じ詐欺師仲間として仲良くしたいだけなんだけど」

「『同じ』だからだぞ。俺ら詐欺師は同じ匂いに耐えられねえんだよ。口すら聞きたくねえんだ、本当は」

 アライグマはまたさらに後退する。座敷童子は仕方なさそうに肩をすくめた。

 



 四人はE棟の牢へ入れられ、一方B棟では四人の元の牢の片付け作業が行われていた。四人はE棟に入った直後から「臭い」「こんなところに居られない」「せめてあまり臭くないところに」などと苦情を入れていた。

 それ以降、特に何も起こることなく夜明けを迎えた。ところが、朝食の時間という時に騒ぎが起こった。

「カルヴァドスさん大変です! ディナーズレストランの連中がE棟で暴れてて……メンバーの死刑への抗議を行っているようです! 救援お願いします!」

 E棟看守長が食堂へ駆け込む。食堂では、囚人らが朝食を摂っているところだった。

「……また騒がしくなると思ったら。まあそうなるわよね。看守さん頑張ってねー?」

 死出虫が食事を口に運びながら軽い調子で言う。もちろん、デザートはない。

「へっ、連中は慕われてんだな。しかし、こりゃカルヴァーが哀れになるもんだ」

 既に食事を終えたらしいオズワルドはニヒルに笑っている。オズワルドの周りは他とは違う装飾が施されていた。A棟囚人の席だ。

「だろうな! 何で俺がE棟の尻拭いを……はぁ、とりあえず、暴れた奴は刑罰な?」

 A棟の席について一緒に食事していたカルヴァドスは、ぶつぶつと文句を言いながら救援に向かった。オズワルドが「んじゃ、頑張れよ」と激励する。

 

 ものの一時間も経たずに、カルヴァドスは戻って来た。鎮圧が終わったようだ。カルヴァドスの手腕に、食堂にいた看守は感嘆の息を吐いた。つくづく、先の暴動の時に不在だったことが惜しまれる、と何人もの看守は考える。

 カルヴァドスが席に戻り、オズワルドからお茶を貰ったタイミングで、男が声を出した。

「お前ら全員うるさい。黙ってろ、看守も囚人も」

 A棟囚人の席の奥、たった一人で食事を摂っていた男が苛立った様に言う。男に気付いたカルヴァドスが、隣の席まで配膳盆と共に向かう。

「……ごめんな? こいつらが面倒なことをしててよ」

 軽く謝り、男のコップにお茶を注ごうとする。男はそれを拒否し、カルヴァドスを睨む。

「だったら黙ってろ」

「おっと、元気そうじゃあねえか。ゼロォ」

 オズワルドも男――ゼロ――の元へ来る。紳士用ステッキ突きながら歩み寄る。それからゼロの正面の席に座り込み、頬杖を付く。

「お前、いつの間にやら偉くなったのか? ん? 忘れたとは言わせねえぞ。ここじゃあ外みたいに出来ねえってのは重々承知していると思ってるんだが……」

 ギロり、と鳥類を思わせる瞳でゼロを睨んだ。

「なんだ? お前に恨みを買われる事はしてないんだが」

 ゼロもオズワルドを睨み返す。両者睨みを利かせているところを、カルヴァドスが止める。

「お前さんは下手な事をしなくてありがてぇよ。俺が酩酊旅団を率いていた時代の宇宙の破壊者。まあ、面白い奴だからな。煩いのが嫌なら、少し房を移動するか?」

「下手な事をしないんじゃなく、出来ないな。別に寮移動はしなくていい、慣れているからな。うるさいだけで」

 食事が終わったらしく、食器を片付けようとするゼロに、オズワルドは煽りを入れる。ゼロもそれに乗り、ギロりとオズワルドを睨む。それを宥めるようにカルヴァドスが「こらこら、喧嘩はやめておけ。始末書が増える」と間に割り込んだ。カルヴァドスの仲介で、それ以上衝突はせず、ゼロは食器を片付けに行く。

 ゼロが去った後、オズワルドはカルヴァドスに話しかけた。

「……あんたの仕事は増やしゃしねえよ」

 その言葉を聞き、カルヴァドスは仕方なさそうに頭を掻く。

「お前らさんが脱獄未遂を起こしても、房に入ったら死刑にならないだろ? あれ俺が全部始末書を上に出しているからだからな? 死んだ奴を主犯ってことにして、お前らは罰則で留めてんだよ。ちったあ感謝しろ?」

 オズワルドはへへっ、と笑い声を上げる。

「いつもカルヴァーにゃあ世話になるな。恩には恩で、仇には仇で」

 

 ゼロは廊下を歩いていた。食事を摂り、独房へ戻る途中だ。ゼロは並行宇宙の一つを破壊し、さらにはそこに住む生命の大量虐殺を行った凶悪犯だ。現在は力の九割を奪われ、ここに収監されている。それでも危険視されているため、地下独房へ収監されている。

 地下独房への入り口へ着く。重厚な扉が開かれ、地下独房の待機室に入る。待機室には一人の男が椅子に腰かけ、本を読んでいた。同じく地下独房の囚人で、政治犯であるウィルシュ・ファーマーだ。

「ゼロ、いい加減に逮捕劇を聞かせてもらいたいね。手記の題材にしたいんだ」

 ゼロはそんなウィルシュを軽くあしらい、牢に引っ込む。

「あっそう、今は話す気がないからまた今度で」

 さっさと牢に引っ込むゼロを見ながら、ウィルシュは肩をすくめた。

「これは中々手厳しい」

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