悪役刑務所 第一話

悪役刑務所 第一話


 けたたましい程の音量でサイレンが鳴り響く。ランプが赤く灯り廊下を朱に染める。

 音に起こされた者が一人、また一人と廊下へと集結する。

 皆、寝ていたのか服は雑にまとい、欠伸をこきながら頭や腹を掻く。「んだよ一体……」「折角気持ちよく寝てたってのによぉ……」などと文句をたれながら報告を待つ。

 やがて男が一人息を切らして現れた。若く陰のある男だ。

「どうしたってんだい、サド。探し物なら他をあたんな」

 筋骨隆々の男が冗談めかしく言う。サドと呼ばれた男はその発言を無視し、

「暴動だァ! 制圧装備を持って急げッ!」

と全体に聞こえるように叫ぶ。それを聞いた面々は「またかよ……」「何度も何度も飽きないのかねぇ」「チクショウが、またタダ働きかよ」などど面倒臭そうに武器を取りに部屋に戻る。

「しかしサド、放送で伝えればいいものを。何でわざわざ伝えに来るんだ?」

 サドはああ、と頷くと「こっちの方が早いんだ」と答えた。本当か、と訝しげな顔がいくつか向けられる。

「まぁいい、さっさと静めに行くぞ! この暴動鎮圧で一番成果上げた奴には一万ずつ貰えるってのはどうだ!?」

「丁度いい、テレビを買い替えようと思っていたところだったんだ!」

「もう既に勝つ気満々かい? 自分の財布の心配しなくていいのか?」

「そっちこそ、最近金欠だと聞いたけど? 借金だけはやめときなよ」

 ぞろぞろと準備を終えた者たちが談笑をしながら暴動の場所へと向かいだす。いつもの事だと思い、やる気が沸かない者が多数。やる気が沸かないと理解し、賭けでもしてやる気を出させようと工夫を凝らす者もいる。

「急げ急げッ! B棟の連中が苦戦してんぞ!」

 サドの掛け声にもやる気のない足取りで応じた。




 B棟に着いた彼らは、早速暴動鎮圧に参加をした。

「ガラ空きだ! 看守が来る前に行け!」

 B棟の囚人の一人である、犯罪組織リーダーが他の囚人を扇動する。囚人とB棟の看守が乱闘状態になっているが、囚人側が優勢だ。

「逃げるぞ! 革命をするのだ!」と一人が叫ぶ。

「冤罪で善人を捕まえるカス刑務所をぶち壊せ!」と一人が主張をする。

「ちょっとドライブしようぜッ!」と一人が放置されていた車に乗り込む。

 こうしている間にも看守は一人、また一人と殉職していく。壊滅までそう遠くないだろう。

「結構まずい状況だな……」

 増援に来た者共も、状況の酷さに先程までの余裕はなくなっていた。

 何人かが加勢に入り囚人の何人かを無力化させる。遅れまいと続いた看守達を待ち受けたのは、銃弾の嵐であった。機関銃などの武装をした囚人が数人現れたのだ。

「第一武器庫制圧完了! あっちで装備を整えろ!」

 最悪の知らせに看守達の顔色が変わる。まだ参入していない看守はもう逃げ腰になっている。

「よ、よくぞ来てくれた! お願いだ、エゴザ看守長の援護を頼む!」

 襲撃でボロボロとなっている看守が懇願する。サドが「バーグ、クライク、行け」と命じた。命じられた看守二名は頷き、援護に向かう。

 

 看守長の戦地は相当酷いものであった。看守長以外の看守は全滅しており、B棟看守長エゴザはただ一人囚人と争っていた。

「オレらだけで勝てると思うか?」

 クライクが訊く。バーグは「無理だろうな」と答えた。

「とにかく数が多い。今更二人加わったところでどうにかなるもんじゃない」

「だよな」

 囚人の一人は大振りの包丁を持ち看守を次々と捌いている。

「あら? あらあらあら? みなさん元気ですねー。そんなに動くとお腹が減るでしょうし、腕によりをかけてご飯を作らなくては! さーて、活きのいいお肉はどこだー?」

「おい、あいつを見ろ。あいつ、D棟の死出虫だ。俺たちじゃ勝てない、サドを呼ばないと」

 そう救援のタイミングを伺っていると、

「救援求む! 救援求む!」

とエゴザがバーグたちに気が付いた。二人に向かって手を振る。しかし、エゴザの意識が一瞬別の方向に向いたことを囚人たちは見逃さなかった。

 すばやく動いた囚人の男は、エゴザを殴り倒し気絶させる。それから死出虫にエゴザの身柄を引き渡す。死出虫は嬉しそうに「あらあらあら! いいんですか、もらっちゃって! ここは危ないからお外で調理しましょうね」と彼を担ぎ上げてその場から消える。

「不味い、看守長がやられた!」バーグが焦り気味に声を絞り出す。

 看守長は各棟の統率者である。その統率者たる男が死ぬとなると、この戦いの敗北は近い。

 ここの相手を葬りきった囚人たちが次の標的としたのは、今ここへ来たバーグとクライクである。彼らは武器を所持しており、束になって二人へと歩み寄る。

「……! 奴ら、こっちに来るぞ!」

「クライク、殺してでも止めるぞ!」

「いいやバーグ、お前はエゴザ看守長を奪還してくれ! 大将を失うのは痛手だ!」

「クソッ! 不味いと思ったら逃げろよ! カルヴァドスにも救援を頼んでみる!」

 それだけ言い残すと、バーグは死出虫を追いかけた。

 バーグを見送ったクライクは、十数人の囚人を前にして一つ言葉を漏らした。

「ふん……多対一とは優しくねぇなぁ?」

 

 バーグが戻ってきた時、囚人同士の諍いを目撃した。

「人のミスをいじりやがって! テメェを先に殺してやるよ!」

「はあ、できれば戦いたくないんだが」

「やめろ! 小競り合いは出てからだ!」

 どうやら一人がミスを指摘をして、それに怒ったもう一人が喧嘩を吹っ掛けたらしい。仲裁役が間に入ってはいるが、怒れる囚人はなおも食って掛かる。

「あらー? 喧嘩? だめよー、お外に出て色々したいでしょ」

 死出虫がいた。バーグは目的の相手を発見し、エゴザの無事を確認する。まだ無事の看守の何人かに軽く報告をしてエゴザ奪還に動く。

『活きのいい奴らしかいねえのかよ……急いで執行部隊『リヒトシュヴェー』を呼べ! 射殺も許可するから!』

 総合看守長の声だ。館内放送で流れて来る。刑務所の管理者たる総合看守長から射殺許可が下りた。看守たちが『制圧』から『抹殺』にシフトする。

 バーグも死出虫からエゴザの奪還を目論む。死出虫は既にD棟へ移動を始めていた。

「オメェら! 看守長を取り戻せ!」

 六、七人程度の看守がバーグの声に反応し、死出虫の元へ向かう。

 ところが――

「みんな、テメェの身はちゃんと守れよ!」

 装甲車に乗った国家反逆の囚人が爆走し、看守囚人問わず次々と轢き殺して来る。巻き込まれた者たちが悲鳴を上げながらすり潰されていく。

 またも囚人側が優勢となる。装甲車に乗り込んだ囚人を倒すには銃では心もとない。

「よし、おら次だ! 第三武器庫に向かうぞ!」

 またも勢いづいた囚人が武器庫へ向かおうとした。エゴザ救出、武器庫への侵入阻止。どちらを取るべきかバーグが決めあぐねていると、無数の足音が後方から聞こえて来る。

「こちら執行部隊、現場に到着。執行を開始する」

 執行部隊『リヒトシュヴェー』がついに到着した。十数人にも及ぶ部隊員たちが有無を言わさず囚人に向けて射撃を始めた。執行部隊の登場に、勢い盛んの囚人が若干引き気味になる。何人かは自身の牢へと戻る囚人もいる。

 「執行部隊が来たな」「執行部隊如き、軽く殺せるさ」と銃撃を躱す囚人が二人。銃撃に飲まれ軽傷を負う者が二人。程々に怪我をする者が多数。状況だけみれば、執行部隊が来て勝てる気が全くしない。

「あいつら……何でその腕で執行部隊名乗ってんだよ!」

 あまりの酷い腕に毒づくバーグ。執行部隊の登場に歓喜していた他の看守も、諦めのムードだ。

「俺らも援護するぞ、あの体たらく共じゃ話にならねぇ」

 バーグが再び攻撃の構えをとる。最優先事項は二つ。装甲車の破壊、エゴザの奪還だ。

 装甲車は執行部隊の攻撃をもろともせず走り続けている。やはりアレを先に止める必要がある。しかし、死出虫を放っておくのも不味い。現に死出虫はエゴザを捌くための道具を探している。

「執行部隊! あの装甲車どうにか出来るもんはないのか!」

 バーグが問い詰める。執行部隊は少し考える仕草をした後、ロケットランチャーを構えた。それで止めるつもりだ。バーグら看守は、装甲車を執行部隊に任せ、死出虫を何とかしようと動く。

「包丁だ!」

 しかしその前に死出虫に刃物が渡ってしまった。死出虫は遺体解体のスペシャリストだ。刃物の取り扱いは長けている。早く止めるべきだ、とバーグは急ぐ。

 「痛え……痛えよぉ……おっかさん……」「大丈夫か?」などという囚人の会話を尻目にして、死出虫拘束へ動く。

「制圧せよ、制圧せよ! 前進せよ、前進せよ!」

 執行部隊が装甲車を片付けたらしく、暴徒鎮圧に移る。銃の腕は悪いが、数と分厚い装甲の装備のお陰か、何人かは捕らえられている。

『おい、聞こえているかB棟班。緊急事態だ、第三武器庫にも暴徒が来た。何人かは応援を頼む!』

 新たな通信が入る。さらに状況が悪化した。執行部隊が来たのにも関わらず、悪化する状況にバーグは内心イラつく。

 バーグは早く終わらせて向こうに行こうと、死出虫に攻撃を仕掛ける。死出虫に銃弾が当たる。「あいた!?」と死出虫が痛みに喘ぐ。

「うーん……今回はこれ以上はだめそうね。自分の房に戻りましょっと」

 死出虫は諦めたようにエゴザを開放し逃げていく。バーグは死出虫を追うことなくエゴザの安否を確認する。しかし、エゴザの首元には真一文字の傷痕が出来ており、呼吸の一つもしていなかった。既に殺されていた。

 この刑務所にはある規定がある。『刑務所で暴動が起きた場合、暴徒が自ら牢に戻れば不問となる』というものだ。この規定の所為で、暴動が起きたとしても処刑出来ないなんてことがよくある。死出虫もそれを理解しているため、身を引いたのだ。

「クソルールめ……」

 バーグは刑務所規定に思わず毒づく。この規定の所為で看守は割食っているから尚更だ。

「ひゃっはー! 今までで五回の暴動に参加してるんだよ! 俺は!」

 暴徒は未だに活気付いている。沈静化までもうしばらくかかりそうである。バーグを除く看守達も、死出虫が離脱したことにより、暴動が終わることを期待し始めていた。

 暴動の終わりはあまりにもあっさり訪れた。

「おっと、二十二時だ。私も房に戻らせていただくよ」

 ある犯罪組織のリーダーである男がそう言い、攻撃の手を止めた。それに賛同し「俺も帰るとするか」と武器を放棄し帰る囚人が現れ出した。

 ようやく終わるのか、と安堵する看守が数人。暴れるのも大概にしろ、と憤る看守が数人。生きててよかった、と歓喜する看守が数人。看守達の反応も多様だ。

『アッ、こいつら牢に戻り始めたぞッ!? 今年で68回目だってのにッ! ふざけやがってよォ!?』

 総合看守長が通信で叫ぶ。暴動の多さに立腹のようだ。

 囚人達がぞろぞろと引き上げていく。暴動の終わりのようだ。クライクの迎えに行かないといけないな、とバーグは疲れた身体に喝を入れようとする。

 その時、爆音がB棟を揺らした。何者かが設置していたのである。

「そうそう、手土産は渡しておかないとな。じゃあ、ご機嫌よう」

 爆弾の設置犯である犯罪組織リーダーはそう言い残すと、颯爽と自分の牢へと戻った。




 暴徒は去った。残すは事後処理のみだ。鎮圧に当たった看守一同疲れた顔をしている。

「クッソォ……クライクも死んじまったし、毎度毎度ふざけやがって!」

 バーグは乱暴に壁を叩く。こたびの暴動にて相当な看守が死んだ。看守長のエゴザもだ。明らかに今年一番の暴動だ。

「どうなってんだよ、ここは! なんなんだ!」

 怒りのあまりバーグは叫ぶ。

「―――ここは12次元刑務所です」

 背後から聞こえた声にバーグは驚き飛びのいた。そこにいたのは幽鬼めいた男だ。囚人服に身を包んでいることから、囚人であることが伺える。

「お前は……」

「ここは12次元刑務所! あらゆる世界戦からあらゆる囚人が送られてくる場所!」

 幽鬼の如き囚人は演説者さながらの大声で話す。その迫力に、バーグは全身が硬直してしまう。

「ここを置いて類を見ない程に厳重な刑務所! しかし同時に、危険な刑務所でもある!」

 幽鬼は演説者のフリをしているのか、話しながら右へ左へ行ったり来たりしている。

「ここには様々な世界の囚人がいます。例えば、ごくありふれた世界の殺人鬼、傾国傾城の怪物、世界最高峰の技術者、あげくの果てには宇宙を破壊し尽くした大罪人など……」

 どれも聞いたことがある面々だ。とくに、最も危険な囚人二人も挙げられている。幽鬼は何を思い出したのか、ケラケラを笑う。それから、仕切り直すかのように咳払いを一つ付いて続けた。

「失礼、自己紹介がまだでしたね。あたくしの名前はアドルス・オズワルド。ここの連中はあたくしのことを“顔役”と呼びましてね。まァ、お前さんも好きに呼べばいい」

 オズワルドはまた笑った。しかし、別に何かが面白かったからというわけでもないようだ。

「それで? お前さんは何しに来た?」

 オズワルドのそれまでの調子が崩れ、重厚感のあるものへと変わる。

「俺は……」

「お前さんは何かをやらかしてぶち込まれた囚人かい? あるいはそんなクズ共をしばく看守かい?」

 オズワルドの顔がバーグに接近する。まるで光の灯らぬ濁った瞳がバーグを捉える。

「いずれにしても、ここで暮らすのであれば名乗りくれぇは寄越せ」



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