悪夢?

悪夢?


逃亡編のある一幕



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目の前にいるルフィは笑っていた。誰にも縛られない、誰よりも自由なその笑顔を最後に見たのはいつだろう。少なくとも私たちがこの生活になる前なのは間違いない。


海に出て誰かを助け、強敵と出会いその強敵を越え、宴をする。困難を越えた後仲間と屈託なく笑い合う姿は、私が正義を背負っていたときにも何度も見た。そしてその隣がいつだって私の居場所だった。


今私が見ているルフィと私の知っているルフィには違う点が一つある。ルフィが正義を背負った__海兵であることを示すコートに袖を通していないことだ。乗っている船が麦わら帽子をかぶったドクロ、海賊旗を掲げていることからどうやら海賊らしい。ルフィが海賊であることには驚きはあるけれど納得もある。ルフィは元々海賊になりたいと言っていたから。自由じゃないのはイヤだと言っていたから。


昔を思い出して罪悪感がまた一つ積み上がる。私はルフィにどれだけ多くのものを捨てさせてしまったのだろう。私たちが海兵になると決めたあの日にルフィに夢を捨てさせた。私たちが”世界の敵”になってしまったあの日にはそれまでルフィが積み上げてきた全てを失わせてしまった。ルフィは後悔してないと言うけれど、今私が見ている光景こそが私が最初にルフィに捨てさせてしまったものなのだろう。


私ではない誰かの歌が聞こえる。宴は盛り上がり笑い声が響く。どうやらこのルフィの仲間らしい私の知らない人たちに囲まれて、ルフィはお肉を食べながら笑っている。


そうだ、ルフィは本当はこんな風に笑う人だ。小さい子供みたいに無邪気に、太陽みたいに皆も笑顔にするように笑う人だ。


その笑顔が懐かしくて思わず近づこうとする。


動けなかった。


まるで空間に縛り付けられたみたいにその場から足を踏み出すことができない。え、なんで?どうなってるの?混乱の中、数メートル前方にいるルフィに助けを求めようとする。


それでも、体が動かないのと同じように声も出ることはなかった。


そして違和感に気づく。誰も私に気づいていないことに。


周囲にいる誰も立っている私に意識を向けていないのだ。まるで私がそもそも存在しないかのように。思えば今のこの状況が異常なのだ。ルフィが私を全く見ようとしない。この十数年そんなことはなかった。


私を見ようとしないルフィが私の知らない人たちと私の知らない服装で喋っているのを見て今見ている光景がなんなのか理解が追いつく。


コレは夢だ。コレは私と出会わなかったルフィなんだ。


理解が追いついた瞬間目の前の光景全てが私を糾弾するものに変わる。いや、変わったのは私の認識だけで状況そのものは動いていない。それでも目の前の光景はもう私にとって私の罪科を露わにするものだ。私が邪魔しなければルフィは自由に海に出られた。私と出会わなかったら、私がいなかったら、ルフィはこうなれた。皆と一緒に笑ってられた。ルフィがきっと大海賊になれるって最初に気づいたのは他でもない私なんだ。


なのに____


「お前のせいだ」

(っ!)


いつの間にか目の前に来ていたルフィが感情の読めない無機質な瞳で私を見下ろしている。夢だと頭では分かっていてもルフィにそんな目を向けられて、思わずうつむきそうになるけど縛られてるみたいな今の私はそれもできなかった。


ルフィの周りにいた人たちも食べていた料理も掲げていた海賊旗も消え失せて、真っ黒になった空間で動けない私と冷たい目をしたルフィが向かい合う。


ふっとルフィが私から視線を外す。そのまま背を向けてどこかに歩き出す。


「え…、ルフィ待ってよ…」


体が動かせないのは変わらないけど声は出せるようになっていた。


「ちょっと!ねぇ!」


ルフィは振り返らない。


「ねぇ!待ってよ!ルフィ!」


ルフィは何も応えない。


「置いてかないでよ……」


ルフィは_____私の前から消える。


私は音が消えた空間に一人残される。


あぁルフィも私を置いてくんだな、と回らない頭でぼんやりと思う。


当たり前だ。ルフィにとって私がいない方がずっといいのだから。さっき見たルフィの海賊の宴、ルフィがやりたかったことがああいうものだって私もずっと前から知っていたはずだ。


あ、でもこれからどうしよう。


まぁいいか。ルフィがいないのならどうだって_________________


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「おいウタ!大丈夫か⁈魘されてたぞ…」

「ルフィ…」


ルフィに揺り動かされ洞窟の中で目を覚ます。


私たちを狙ってきた海賊を退け、休憩していた洞窟でいつの間にか眠ってしまっていたらしい。


なにかとても怖い夢を見ていた気がしてじっとりと汗ばんでいた首筋を拭う。


「うわ」


無言でルフィに抱きつく。ルフィはちゃんとそこにいる。


「ねぇルフィ…」

「おう、どうした?」


ルフィはちゃんと答えてくれる。私の声は震えている。きっと夢のせいだ。


「ルフィはさ…私のこと置いてかないよね…」

「当たり前だろ」


ルフィも私を抱きしめてくれた。

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