端切れ話(悪ふざけのプリンセス)
監禁?編
※リクエストSSです
小さなころのスレッタは、お姫様に憧れていた。
綺麗なドレス、綺麗な靴、そして綺麗なアクセサリー。
どれも素敵なものだけど、どれも水星基地にはないものだった。
特にアクセサリーは、宇宙空間では邪魔になるので好まれていなかった。
スレッタもずっと簡素なヘアゴムを使っていて、学園へ行く前にようやくいくつかのアクセサリーを買ってもらう事ができた。
ツヤツヤした緑色の天然石が付いたヘアカフス、可愛い模様が描かれた白いバレット、そして母のおさがりである大切なヘアバンド。
実用的で、でも自分なりに精一杯のおしゃれをしたアクセサリーたち。
今はもう、すべて手元にない。やむを得ず置いていくしかなかったのだと、エランが申し訳なさそうに謝ってくれた。
少し悲しかったが、今は仕方がなかったのだと納得している。それに髪を纏めるためのアイテムは、旅の途中でエランがいくつか買ってくれた。
旅を始めたばかりの頃、「お詫びだから」と言って、わざわざアクセサリーを扱っている雑貨屋に連れて行ってくれたのだ。
お店の中は、可愛らしいもので溢れていた。
地球は無重力になることがないからか、宇宙では見かけないものがたくさんある。ひらりと風に舞うリボンや、頭を振ったら滑り落ちてしまいそうな形のコーム、信じられないくらい装飾の盛られたヘアゴム。
宇宙空間では危ないからと廃れたアクセサリー文化が、地球ではまだまだ豊かに息づいていたのだ。
スレッタは宇宙に置いて来たアクセサリーの代わりになる物を、そこで揃えることにした。
髪を纏めるための大ぶりのシュシュ、可愛い装飾の付いたヘアピン、そしてどこか母のヘアバンドに似たデザインのカチューシャ。
旅の間は中々使う機会がなかったけれど、宿で休んでいる時などはよくつけていた。
今もそうだ。少し前に契約したアパートの中で、スレッタは自由にそれらのアクセサリーを使っている。
実用的で、でも自分的には精一杯のおしゃれをしたアクセサリーたち。どれも大切な品物だ。
ティアラ。指輪。イヤリング。ネックレス。
お姫様を彩る装飾品ではないけれど、おしゃれ初心者の自分にはこれくらいがちょうどいい。
そう思っていた。
今日はナイトマーケットへ出かける日だ。
スレッタは朝からわくわくしながらその日を過ごしていく。家事をする手も弾むように軽やかで、部屋を移動する時は小さくステップを踏むようだ。
ふんふんと鼻歌を歌いながら掃除をして、もうすぐ終わりという所でちらりと時計の針を見た。
まだお昼になる前の時間帯で、夕方にも程遠かった。
今日は外へ食べに行くので夕食の準備はしなくていい。だからゆっくりと家事をしていていいのだが、すでにいつもの家事が終了しそうな勢いだ。
最近お仕事を始めたエランは、夕方になってから帰って来る。それから少し休憩して、日が落ちてから外に出かける事になる。
つまり、空いた時間を何かで潰さなくてはならないのだ。
どうしようか、と少し考えて。スレッタは昼食を食べた後、自室へと引っ込むとお気に入りのコミックを読むことにした。
「………」
それから数時間。飲み物を飲んだり、たまにストレッチをしたりしつつ、スレッタは相変わらず物語に夢中になっていた。
今読んでいるのは長くじれったい話が続く恋愛ものだ。貧乏な少年とお金持ちの少女の恋物語で、小さな頃に出会った彼らは将来の約束をしたものの、その前途は多難だった。
山あり谷あり、本当に色々とあって、ようやく彼らが報われる場面に差し掛かっていた。
スレッタの目に、綺麗な女性にプロポーズする青年の姿が映る。
少年と少女は物語を通して立派な大人になっていた。青年はお金持ちではないけれど、自分の力だけで生きていけるだけの力を持つことができた。
彼は精一杯のお金をかけて用意した指輪を、長年恋焦がれていた女性の指にはめていった。
美しく成長した女性は、本当に幸せそうな顔をして微笑んでいる。
素敵な光景に胸が熱くなる。同時に、ちょっと羨ましい。
そんな物語のクライマックスを真剣な目で読んでると、ガチャリとドアが開く音がした。
「ただいま、スカーレット」
「!お…お帰りなさいっエランさん!」
ベッドの上で思わず返事をしてから、急いで彼を迎えに行った。
仕事で疲れているエランにコーヒーを出し、彼にゆっくり休んでもらう。その間にスレッタは部屋着を着替え、茶髪のかつらをつけて出掛ける準備を完了させておいた。
コーヒーを飲み終わったエランが入れ代わりで着替えをしている間、ダイニングで足をパタパタさせながら待つ。ふわふわとしたスカートがひらめいて、何だか楽しい。
やがてブラシとヘアゴムと持ったエランが部屋から出て来た。
「スレッタ・マーキュリー、その、髪をお願いしてもいい?」
「わっかりました!任せてください!」
髪の編み込み方を教えたのはつい最近の事だ。上手くできなかったらスレッタにお願いすると彼は言っていたので、きっと上手く出来なかったのだろう。
エランの役に立てることが嬉しい。勢い込んで請け負ったのとは裏腹に、丁寧に彼の前髪とサイドの髪を編み込んでいく。
片方の髪を纏めただけでもエランの顔がスッキリと見える。普段は髪に隠れている耳もよく見えて、以前していたケガもすっきり治っている事が分かる。
「できました」
「ありがとう、じゃあ行こうか」
今日は何を食べようか。
そう思うスレッタは、素敵な出会いがある事を予想すらしていなかった。
ナイトマーケットへは、今のところ数日に1回くらいの割合で来ている。
エランと一緒にぷらぷらと散策しつつ、興味が向いたお店を覗いたりご飯を食べたり。そうして満足したら、また彼と一緒に近くを散策しつつアパートに帰る。じつに素敵で有意義な時間だ。
今日もスレッタはエランと手をつなぎ、きょろきょろとたくさんの屋台を見回しながら歩いている。
同じところに出店しているお店もあれば、場所が微妙に変わっていたり、初めて見かけるお店もある。
あまり見ない食べ物のお店のものは、積極的に食べるようにしている。たまに失敗もするが、これで好きになった食べ物もある。
少し外れた所には雑貨や小物なんかも取り扱っている露店もあったりする。アパートの鍵に付けているキーホルダーも、そんなお店で買った工芸品だ。
そんな中央から外れた一角に、キラキラとした売り物を並べた店が陣取っていた。
初めて見るお店だった。売り物の後ろに座っている店主さんはまだ若く、それほどスレッタと年が変わらないように見える。
街灯の光を反射して輝いている、様々なアクセサリー。スレッタは何を食べようかと悩んでいた事も忘れ、思わず足を止めていた。
「…いらっしゃーい」
静かな声が聞こえてくる。ハスキーで落ち着いた、店主さんの声だ。
声をかけられてハッとして、思わずエランの顔を伺ってみる。彼はひとつ頷いてスレッタの手を放すと、そのまま商品の方に顔を向けた。…思う存分見て良いという事だろう。
スレッタは安心してお店の前にしゃがみ込み、キラキラした素敵なアイテムをジッと見た。
銀、金、赤、緑、青、黄、白…。様々な色とりどりのもので溢れている。
指輪、バックル、ピアス、ブローチ、ネックレス…。他にもたくさん、スレッタの持っていないアクセサリーで溢れている。
すごい。
わずか1メートル四方しかなさそうな布の上に、所狭しと魅力的な装飾品が置かれている。
夢中で見ているスレッタの姿が面白かったのか、店主さんが話しかけてきた。
「おねーさん、あんまり見ない人だね。旅行者?」
「いえ、一応この近辺に住んでますよ」
何も考えずに答えてから、ハッとエランの顔を仰ぎ見る。まずい、という顔をしている自覚はある。
彼は仕方ないという顔をして、スレッタの目をジッと見ながら頷いた。何だか言い含めるような目つきだった。
おそらくあの目つきは、このまま話してもいいが、あまり個人情報は出さないように、という意味を持たせている。…たぶん。
反省したスレッタは、今度はこちらから話しかける事にした。スレッタが質問して店主さんが答える。これで店主さんからの質問は封じられるはずだ。
「えっと、どれも素敵なアクセサリーです!」
「ありがと…」
ただの感想になってしまった。
スレッタはムムム、と心の中で唸りながら、もっと何か言う事はないかと頭を巡らせてみた。質問のネタを探そうと、品物に目を光らせる。
たくさんの種類の、たくさんのアクセサリー。
改めて見ても、本当に色々な種類がある。ごつくて格好いいものから、可愛らしくて繊細なものまで、幅広く置いてある。
一瞬でまたアクセサリーに心奪われたスレッタは、ピアスが置いてある一角に目を留めた。
ピアスを付けるにはピアス穴を開けている必要がある。生憎と自分の耳は真っ新なままだが、すぐ近くに立っている人は条件に該当する。
何を隠そうエランその人である。
スレッタがフロントへ大切な髪飾りを置いてきたように、エランもいつも付けていたピアスを手放してきたと言っていた。
あのピアス、似合っていたのに…。スレッタは口惜しい気持ちになる。
無重力空間にふわりと浮かぶ耳飾りは、今でも強く目に焼き付いている。
「あの、房が付いたピアスって置いてないんですか…?」
特に意識もせず、思わず店主さんに質問していた。
「房…。タッセルのことかな?小顔効果があるんでたまに売れてるね…。ほら、これが最後のタッセルピアスだよ」
すぐに店主さんは1つのピアスを指し示してくれる。けれどそのピアスはスレッタの想像していたものとは違っていた。糸ではなく、針金のような細い金属片がいくつも付いているピアスだった。
密かにガッカリしていると、何も知らない店主さんが丁寧に補足をしてくれた。
「この微妙なカーブを出すのに苦労したんだ。流れるような動きが出せて、自分でもけっこう気に入ってる…」
「え!?これ店主さんが作ったんですか?」
思いがけない店主の言葉に、一瞬で落ち込んでいた気分が吹き飛んだ。
スレッタは金属加工のやり方なんて知らないし、どのくらい難しいのかも分からない。もしかしたらスレッタのビームサーベル捌きよりも繊細な挙動が必要とされるかもしれない。
さらにデザインも凝ったものがたくさんある。容易に作れるものではないのは素人目にも分かった。
「そうだよ。ここにあるものぜんぶ自分で作った…。いつかきちんとした店を出すのが夢なんだ」
「が…頑張ってください!」
「うん、ありがと…。…で、どうする?これでいい?」
店主さんが金属製の房のピアスを手に取って今にも会計しそうな勢いだったので、慌てて待ったをかける。
「い、いえ…。ちょっと想像していたのと違うので、別のモノに…」
「そうなの?まいどあり…。ゆっくり見て決めてね」
「は、はい…」
───あれ?いつの間にか買う事になっている?
スレッタは内心で首を傾げた。
不思議な会話の流れにスレッタが混乱していると、今まで黙って立っていたエランが隣にしゃがみ込んできた。
「オススメはある?例えば、この子に似合いそうなものは」
「そうだね~…。大ぶりでゴージャスなものも合いそうな顔立ちだけど、雰囲気的にまだ早い気もするな。…この辺りはどう?」
「え?え?」
よく分かっていないスレッタの前に次々とアクセサリーが置かれ始める。どれもそれほど派手ではなく、でも決して地味ではない。可愛らしい装飾がされている。
「この中でも色は寒色系がオススメ…。でもまぁ後は本人の好みだねぇ」
指輪、イヤリング、ブローチ、そしてネックレス。それらが目の前に差し出される。
スレッタは目を丸くして、その様子をただ見ていた。
「きみはどれがいい?もちろん、これ以外のものでもいいけれど」
「…ピアス以外なら何だって身に付けられるよ。サイズの合わない指輪でも、ペンダントトップに出来るしね…」
「わ、わたしが選んでいいんですか?ほんとに?」
思ってもみなかった展開に焦ってしまい、つい確認を取ってしまう。
エランと店主は同時に頷いて、スレッタにこの中のアクセサリーから好きな物を選ぶようにともう一度促してきた。
…選ぶ。わたしがこれを…?
今までスレッタは、この綺麗な物たちが自分のものになるとは思っていなかった。
手の届かない美しいもの。そういう立ち位置だったのだ。
妙に息の合った2人の態度に戸惑いつつも、指し示されたアクセサリーを見つめてしまう。
やはりどれも綺麗で可愛い。どれも素敵だ。キラキラして、ピカピカして、大胆だったり、繊細だったり…。
やがてスレッタは、自然と1つのアクセサリーに目を留めた。
細いチェーンを使ったネックレス。
チェーンの先に飾りが付いていて、それがとても可愛らしい。似たような形のものがいくつか並べられているが、特に惹きつけられたのは緑色の石の付いたものだ。
少し黄色がかった緑色。つやつやと輝いて、まるでエランの瞳の色のようだった。
彼の元々の瞳はきっと違う色だったと、本人の口から聞いた事がある。なので言葉にしたことはないが、それでも…。
「あの、じゃあ、こ…これが欲しいです…」
スレッタ指が、緑色の石が付いたネックレスをおずおずと指し示す。
お姫様を彩る様々なアクセサリー。どれかひとつを選ぶなら、エランの瞳の色が良いと思ったのだ。
「ん、まいどあり…。これ、本物の宝石を使ってるんだ。ペリドットっていうヤツ」
選ばれたネックレスを手に取りながら、店主さんが使われている石についての説明をしてくれた。
「色ガラスや合成石じゃなくて、天然石なんですか…?すごい…」
本物の宝石なんて、ますますお姫様みたいだ。驚くスレッタに、店主は少し得意げに口角を上げた。
「原石だと安く手に入るから…。それを自分で磨いて、インクルージョンや傷の具合を見てアクセサリーに組み込む。これは特に綺麗な表情が出たお買い得品だよ。お客さんはお目が高いね」
「え!?…えへへっ」
褒められて嬉しくなって、何だか舞い上がってしまう。照れて笑っている間に、エランが支払いを済ませて店主さんからネックレスを受け取ってくれた。
「はい、これ」
「あ、ありが…」
それを受け取ろうとして、ふと悪戯心が湧き上がる。
今日のスレッタはまるでお姫様のようだ。
お姫様なら、アクセサリーは自分で付けるのではなく誰かに付けてもらうモノなのではないか…?
「それ、そのまま、わっ、わたしに付けてくれまひぇんか…!」
おどけたように言ってみる。ちょっと語尾が震えてしまったが、勢いで言った冗談のつもりだった。
すぐに『なんちゃって!』と言うつもりだったのだが、思った以上に大胆な物言いに自分自身で驚いてしまい、少しまごまごしてしまう。
「………」
その間にエランは微かに首を傾げて、アドバイスを求めるように店主を見た。
店主はこくりと頷いて、正面から行け、という意味のような動きをした。すぐにエランも頷き返し、次の瞬間スレッタの首に腕が回されていた。
「!?」
チェーンが鎖骨に触れて、その冷たさとくすぐったさにビックリする。すぐ目の前にエランの顔があって、スレッタは訳が分からなくなる。
「なかなか上手くハマらないな。ごめんね、もうちょっと…」
「…は、はいぃ…っ、…?、???」
直接触らないように気を付けてくれているが、それでも髪(カツラ)を通して彼の動きが伝わって来る。
何よりも対面で腕を回されているので、まるで抱きしめられているようだった。
混乱したまま茹でダコになっているスレッタを見て、店主は楽しそうに笑っている。
「あははっ、いいね…。アタシも彼氏、作ろうかな…」
腕のいい女店主さんのハスキーな笑い声が、スレッタの真っ赤になった耳に届いていた。
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