悪々マヌル 後半⑤
。しかし願い続ければ奇跡は起こるモノだ。ある日、故郷の村に本物の英雄が来た。国の最高戦力『アレクサンドラ隊』。魔王軍侵攻部隊の指揮官であった四魔天を四匹全部ブチ殺した大英雄。
僕を哀れに思ったある兵士が彼らを呼んでくれたのだ。その兵士はアレクサンドラ隊の一員であるサンドラと飲み仲間であり、その伝手を使ってくれたらしい。
アレクサンドラ隊は一瞬にして魔族領奥へ浸透。ごく短期間で■■を取り返し(彼女の家族は死んでいたらしい)──────そこから本当の悲劇が始まった。
「えー、でもぉ」
「負の感情を浴びるっていう確実な手段があるのです。そっちで頑張れば良いじゃないですか。それが無理ならトレーニングとか」
「マヌル、トレーニングは毎日やってるよ。でも鍛錬のスピードには物理的な限界があるじゃん?」
戻ってきた■■は抜け殻のようになっていたのだ。
一体何が起こったのかアレクサンドラ隊に聞いたが、彼らは頑として答えてくれなかった。言うのが憚られる程酷いナニカが起こっていたのだろう。
どんなに言葉をかけようが彼女は抜け殻のまま。僕の心も壊れそうになったが、ギリギリの所で踏みとどまった。幸せだった頃の記憶が僕を正気に繋ぎとめた。
「良いじゃないですかそれで。コツコツと一歩ずつ進めば」
彼女が戻ってきてから数日、■■の体が異様に強くなっていることに気づいた。熱々のフライパンに触れてしまったにも関わらず火傷一つしていなかったのだ。
まだ村に滞在してくれていたアレクサンドラ隊に検査してもらい、それが■■に秘められていた『自分によって起こる負の感情を浴びて強くなる』によるモノだと解った。
僕は■■を元に戻す方法を見つける為、アレクサンドラ隊について行かせて欲しいと頼み込んだ。半ば死に場所を探すつもりであった僕の心情を察していたのだろう。彼らはそれを快く承諾してくれた。
■■はアレクサンドラ隊が信頼する『オウルタニア』という人間に預けられた。
「ま……それもそっか。良い事言うじゃんマヌル」
旅の最中にアレクサンドラ隊の人達から多くの事を学んだ。魔術への対処法、剣術、礼儀作法、学問等々。その教えは今も僕に根付いている。
それから数年後。多くの霊薬と魔道具を携えて■■の元に帰った時、■■はもう抜け殻でなくなっていた。ある日突然、神から『勇者になれ』と啓示を受けたことで立ち直ったのだ。
僕はそれを心底から喜び、一瞬の後にそれが絶望である事を知った。
■■は『勇者』という別の人間になっていた。昔の名前は捨て去っており、性格も、喋り方も、日常の所作も、笑い方も全てが前と違う。
僕は悟った。『勇者』という復讐の権利を得た彼女の心は、その時完璧に砕け散ったのだと。■■という心の器を粉々に粉砕し、魔族に対する憎悪の炎でドロドロに溶かし、わずかに残った■■の名残でそれらしく成形しただけの、壊れた別物なんだと。
一応試しに霊薬や魔道具を一通り試して見たが、なんの効果もなかった。
「でしょう?」
「あっ、マヌル、調子に乗ってる」
■■と今の『勇者ちゃん』は別物だ。勇者ちゃんはただの狂った復讐鬼。普通に見える時だって、昔の記憶からマトモっぽさを演じてるだけに過ぎないんだ。
だってほら、こうして歓談してる今も彼女の手は剣を握って離さない。作り物の笑顔はピクリとも動かない──────だがそれでも、僕は彼女がどうしようもなく愛おしい。
もう壊れた勇者ちゃんを正気に戻すことは出来ないけれど。せめて彼女を孤独にだけはしない。僕は勇者ちゃんと共に狂う。
僕は狂人。善悪フリークなのにも関わらず、パーティの汚れ役を請け負う狂人。それで良い。それが良い。
「そうですね、僕は今調子に乗ってます。勇者ちゃんと一緒にいれるのがとても楽しいんですよ」
「……そっか。それは嬉しいな」
僕は勇者ちゃんと一緒に歩を進めた。