恩讐の総帥

 恩讐の総帥


 ーー雨が降っている。

 ざあざあ、さあさあと降ってくる水の礫が、藤丸立香の身体を流れ濡らす。


『本当に、やるのね?』

 折田にーー邪竜の魔女ヴェルグ・ジャンヌに問われた言葉が、反響する。

 それは、決意を問う言葉だ。平穏を、愛情を、全てを捨て、恩讐の果てに生きると言う決意を藤丸へと問う言葉だ。

 たとえその炎を向ける相手が最愛の後輩であっても、と。

『ーーやるよ。』

 そして、彼は躊躇なく答えた。


 全てを捨てると。

『これは、オレがやらなきゃいけないことだから。』

 あの謎のテスカトリポカの情報の全てを信じたわけじゃない。もしかしたら、全てを失う未来なんてないかもしれない。

 けれども、その考えを信じるには。家族と後輩の血と死の匂いに塗れたあの幻覚は、あまりにもリアルすぎた。

『ーー今日、オレがギャラハッドを討つ。』

 失うことでしか守れないものがあるから。


 降り頻る雨の中、真白キリエは指定されたポイントへと向かっていた。

 ヴェルク・アヴェスター最後の戦士、ヴェルグ・ウィスタリア。幾度となくラウンド・ナイツを阻んできた男からの決闘状。

 それはおそらく、罠であることも承知の上だ。

 けれども、なぜか彼女には、彼が罠を仕掛けるはずがないと言う確信があった。

 そして、この戦いだけは自分一人でやらなければいけないという思いも。

 指定されたポイントに、人影が見える。走る速度を落とさないまま、彼女はペンダントを握る。

「ーー変身!」

 光がキリエの身体を覆い、紺色の鎧が彼女の身体を包む。その手には、巨大な十字架型の盾。


 光が消えれば、そこに居るのはキリエではなく、ラウンド・ナイツの騎士サー・ギャラハッド。

 人通りのない道の端と端に、二人が対峙する。

「ーー先輩!?」

 相手の姿を認めたキリエが声を上げた。

 そこに居たのは、彼女の先輩でーー想い人の、藤丸立香。


「クソッタレ!一人で先走りやがって!!」

 キリエが決闘へ向かったことを知り、雨に濡れながら全力疾走する少女ーー望戸烈(もうどれつ)が吐き捨てた。

 送りつけられた決闘状と、ラウンド・ナイツが独自調査の末に手に入れたヴェルグ・ウィスタリアの正体。

 そこから導き出された、必敗の未来。

「ーーキリエじゃヤツには絶対勝てねぇ!」

 頼むから間に合ってくれと、赤の騎士は雨の中をひた走る。


「先輩、どうしてこちらに!?」

 ここは危険ですよと、慌てて駆け寄ろうとするギャラハッド。藤丸は静かにそちらに目を向ける。その表情は、奇妙なほどに静かで、穏やかだ。

ーーまるでこの後、何が起きるかがわかっているかのように。

「…先輩…?」

 ギャラハッドが無意識に足を止める。大好きな先輩のはずなのに、彼女の本能が、それ以上進むのを良しとしない。

「やっぱり、いいなぁ。マシュのその姿。」

 穏やかな笑顔。先輩が付けてくれたマシュという愛称。優しく語りかける言葉。いつもと変わらないはずなのに。

「かっこよくて、強くて、優しい。毎日オレと一緒にいてくれて、どんなことでも諦めないで進もうとする、オレには勿体無いぐらいの最高の後輩。」

 盾を握る手に、力がこもる。

「そしてラウンド・ナイツでも、“みんな”の攻撃を防いで守る、盾のヒーロー。」

 その言葉に、答えを導き出す理性と、そんなことがあってはならないと叫ぶ本能が、ギャラハッドのーーキリエの中で鳴り響く。

「せん…ぱい…。」

 うそですよね、と紡ごうとする唇が震える。

「…“だから”、ごめんね。」

 藤丸の左胸(心臓の上)に、幾度となく見た変身機構。そこにかざされた、手の甲に輝く紋章はーー

 ーー赤い、藤の花。

「ーーもう、君とは一緒に歩けないよ。」


「逃げろキリエ!!」

 ギャラハッドの後ろから叫ぶ、烈の声が空気を切り裂く。

「ーー変身。」

 声と共に、装置から吹き出した藤色の炎が、立香の全身を覆う。

「そいつがヴェルグ・ウィスタリアだ!!」

 ーー炎が消えて姿を現すのは、見覚えのあるフルフェイスの戦士。

「改めて、サー・ギャラハッド。そしてラウンド・ナイツ。」

 青い双眸が、菫色の瞳を捕らえる。

「俺がヴェルク・アヴェスター総帥、ヴェルグ・ウィスタリアだ。」

                                                続かない



ウィスタリア=藤

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