恐怖、そして期待
これはウタとルフィが新兵で、ガープの軍艦にてあちこちに連れ回されている時の話だ。
ざわめく艦内。海兵達が泡を食った様に動き、次々に武器を用意する。
ルフィと共に夜番後の仮眠中、叩き起こされたウタは起こしに来た1人に敵襲かと問う。
「ミホークだ!“鷹の目”のミホークが急に来たんだよ!もう甲板に居る!」
海兵が叫ぶ様に言ったその名でウタの眠気は吹き飛び、まだ欠伸をしているルフィに支度を急ぐように迫る。
“王下七武海”
世界政府公認の7人の海賊。
その立場のせいだろう。海軍との折り合いは非常に悪い。
こちらの招集に応じない、そもそも返事が返って来ない、積み荷を寄越せと言い放つ、といった有り様。
体制側で有るにも関わらずその振る舞いは所詮海賊。
必要な戦力で有るものの信用していない海兵は多い。ウタもその内の1人である。
だが先述のように実力は折り紙付き。
今のウタとルフィでは二人掛であっても身体能力では完敗、不意打ちを狙いウタウタの能力が決まれば、
といった相手だ。
だからだろう。甲板に居る海賊は1人であるにも関わらず、海兵達は皆青ざめ震えている者すらいる。
ウタは隣のルフィが物珍しそうにミホークを観察、つまりいつも通りなおかげで平静を保てている。
肝心のガープは昼寝中。先程叩き起こしに行った海兵はまだ戻って来ない。その為ミホークに対応しているのはボガードだ。冷や汗を垂らしながらも口を開く。
「…それで?用件は?」
「目算を誤ってな。水が足りなくなった。分けてくれ」
「他には?」
「無い。視線が不愉快だ。さっさと用意を頼む。兵士1人分、3日位で良い」
「了解した。聞こえたな!?誰か持ってきてくれ!」
手短に会話を終わらせ、ボガードは周囲の海兵を見渡しながら言うものの、誰も目線を合わせたり手を上げたりとはしない。
歯がゆいものの気持ちは分かる。水を運ぶという事は海賊船に入らなければならないという事だ。
“七武海”であり、行動が読めず気まぐれで、それもかつて“海兵狩り”と呼ばれた男の船にだ。普通乗りたく無いだろう。
だが普通では無い者がこの艦には居る。それも複数。
「水運べば良いんだろ?行こうぜウタ」
「あっ、ちょっ!ルフィ!…えっと、私達が行きます!」
言うだけ言って歩き始めたルフィに、ウタもボガードに伝えるとそれに続く。いくらガープが鍛えたとはいえ、この状況で新兵が真っ先に動いた事実にボガードは情けなくなった。
「ねぇルフィ。3日の1人分だよ?」
「ん~?こんなもんだろ?ゴネたらメンドーだし多めにしようってウタが言ったんじゃんか」
「そうだけど流石に多い!鷹の目のイカれた船見たでしょ!?そんな量積んだら沈むよ!私達はそれで良くても向こうは怒るって!」
貯蔵庫にて水の樽を運び出そうとしたが、案の定ルフィの基準がおかしかった。ウタはタメ息を吐きつつも、同時に安心感も覚える。
呆れたと思ったら笑みを浮かべているウタにルフィは疑問を投げ掛ける。
「なんか変だぞウタ。急に笑うし」
「そりゃあんなに怖いヤツ居るのにルフィはいつもと変わんないんだもん。なんか気が抜けちゃって」
「確かに今のおれ達じゃ勝てっこねぇけど、味方何だろ?それにじいちゃんもボガードのおっさんも居るんだ。ヘーキヘーキ」
「…ふふっ!そうだね!じゃ、持ってる樽の数、三分の一ぐらいにして。分けて持ってくよ」
「そんだけならおれ1人でいーよ。ウタは先に…」
「持ってる樽、艦内でぶつけず壊さずかつ急いで運べる?」
にっこりと条件を言ったウタにルフィは降伏し、樽を分け始めた。
「……やっとか。船に運ぶぞ。降ろすのは…」
「入んぞ?お前の船。よっと。
“月歩”」
苛ついた様子のミホークをものともせず、ルフィとウタは樽を抱えたまま月歩で船へと降りる。
殆どが腑抜けの海兵だ。船には入らないだろう。自分で運ばなければ、そう踏んでいたミホークはやや目を見開く。手間が省けた為か幾分機嫌が戻った様だ。ミホークは2人に続く。
扉を開け、置場所を指示される。用は済んだとばかりに挨拶も適当に済ませ軍艦へ戻ろうとすると、
ミホークがウタに声を掛けた。
「おい、女海兵。貴様“赤髪”の所に居なかったか?」
派手な髪色の女海兵、ミホークのウタへの感想としてはそれぐらいだった。だがふと覚える既視感。自分が女を覚えている事に驚愕しつつ、なんとか記憶を探る。
唐突に思い出したのは好敵手であるシャンクスとの決闘の日々。確か小娘を1人連れていた時があった。髪色が全く同じである。
居なくなった時期は良く覚えている。毎日の様にやっていた決闘を暫くの間出来なくなると言われたからだ。
理由を問えば東の海に行く、と。
俺の娘だと言っていた少女を見つめながら、何かを堪える様に言っていた。
少したち再びシャンクス達と会うも、娘の姿はもう無かった。
「東の海には出来るだけ近付かないで欲しい」
と頭まで下げられる。その様子に察する。娘をこの時代ではまだマシな場所に置いて来たのだ。
そんな子供が今や海兵。親子で敵同士。流石のミホークも興味も湧く。ただの好奇心で質問をした。
ウタにとってはそうはいかなかった。何故知っている?そんな疑問が頭を支配する。
“赤髪”と“鷹の目”のライバル関係はそこそこ有名だ。知っていればウタはわざわざ関わらなかった。シャンクス達への恨みゆえに情報を遮断していたせいだろう。
次に思い浮かぶのは最悪の結末。自身の出生が知れ渡り、海軍、お世話になった人達、そしてルフィとの日々。
それが一気に奪われる。
犯罪者の娘だと、お前にルフィと共に居る資格は無いと誰かの声が聞こえ、ウタの顔から血の気が引いていく。
ただならぬ様子にルフィはウタの名前を必死に呼ぶも反応が無い。ミホークは答えたく無いならそれで良いと言おうとした次の瞬間。
ウタが能力を発動。歌姫どころか新聞にも載っていない時である。ウタウタも知られてはいない。ミホークはまんまとウタワールドに入れられた。
焦ったのはルフィだ。軍艦の海兵達も何事かと船縁に集まっている。
「止めろウタ!こいつは聞いただけだ!」
「うるさい!こんなヤツに奪われて堪るか!!今ここで!」
ウタワールド内で即座に剣を振るうミホーク。次々と倒される音符兵士。戦闘を続ける中、切れない者が表れ始め顔をしかめる。早々に違和感に気付いたようだ。自身の剣で斬れないとなると最低でも同格の七武海、四皇幹部程の実力が無ければ駄目だ。
小娘の一兵卒に出来る筈が無い。
そうなるとこれは悪魔の実の能力であると見当をつける。
全てが能力者の思うがまま。それがウタワールドだ。歌声を聞いたが最後、勝つ術は無い。一部の例外を除けば。
ミホークはその例外であった。
途端にミホークから溢れる覇気。
経験から過剰な覇気に能力は通じない事を知っている。
新兵はそうはいかない。能力を破られルフィとウタは唖然とする。
そんな2人に構うことなくミホークはペンダントナイフでウタに斬りかかる。勝てない「事実」と「恐怖」を教えるだけだ。殺すつもりは無い。
能力にかまけた雑魚にはそれで十分。
だがナイフがウタに掠めるその瞬間、ルフィが寸前で割って入る。
広がる鮮血。刺さったままルフィは弁明と説得を試みる。ウタは狼狽えるばかりだ。
「っ!ゴメンおっさん!ウタは昔の事聞かれたく無えんだ!」
「こちらは殺されかけたんだが?」
「おれで我慢してくれ!ウタは
「ルフィ何言ってんの!私が!」
黙ってろ!」
「……来たか」
言い合いが始まる。心底呆れて見ていたミホークは「向かってくる存在」に気付くと、ナイフを引き抜き後退。
その場を収めるべく来たのは、
「じいちゃん!」「ガープさん!」
「…何やっとんじゃいお前ら」
「はぁ……。指導も出来んのか」
深くタメ息をつきミホークはガープを睨み付ける。その言い分を聞き、ルフィ達2人を振り返るとウタが謝罪してきた。
「……申し訳有りません。私が勝手に戦闘を仕掛けました」
「理由はなんじゃい。「じいちゃ」静かにしろ。で?」
「私の、昔の事を…、聞かれて…」
「ふう~…、分かった。スマンのお、鷹の目。こいつは海兵として生きておる。昔話は出来んのじゃい」
「もうどうでもいい。本来の用も済んだ。さっさと船から出て行け」
「いや~ホントスマン!この通り!」
「行けと言った!失せろ!」
ガープが頭を下げ、ルフィとウタもそれに倣う。ミホークは鬱陶しそうに軍艦に戻るよう言い放つと3人はそれに従った。ルフィの治療を急いだ為でもある。
ミホークの船が離れ、そのまま海軍本部に向かう間、ガープとルフィに止められるまでウタは謝罪を度々行うのだった。
後日、海軍本部の元帥室にて……
「さてと、謝罪はその位にして本題に入るぞ」
「はい……」
部屋に入り尚も謝罪を続けるウタに制止をかけたのはセンゴク。隣にはガープも居る。
「まず今回の件は『ただのケンカ』とする」
「…え?」
「ま~ルフィの怪我も大したことないしの」
告げられた内容にウタは目が点となる。そんな困惑をよそに話は続く。
ミホークは“海兵狩り”とも言われていた男。そんな奴が女海兵に昔話をしたら、海兵側が激昂し諍いが発生。その過程で同行していた別兵士が、女海兵を守ろうと負傷。ガープが仲裁に入りその場はそれで収まった。
原因の海兵は厳重注意とする。
センゴクが読み上げた報告書の内容を簡単に纏めるとこうなる。ウタは納得していない様だ。
「軽すぎませんか!?私が知らないフリをしておけば、ガープさんにボガードさん、部隊の皆にも迷惑をかけずに済んで…!ルフィには怪我まで……」
「落ち着きなさい。『ただの諍い』にすれば君の過去を詮索されないだろ?」
本来の原因とも言えるウタの過去。それを報告書に書く訳にもいかない。
ウタが怒って攻撃した理由も
「鷹の目の海賊稼業のどれかが原因」
と誤魔化せるのは不幸中の幸いだ。
それでもウタは止まらない。
「鷹の目が喋る可能性だって!」
「それこそ心配いらん。あやつは自分の剣が関わらん事にとんと興味が無いからの。赤髪怒らせたくも無いじゃろうし。知らないフリに関しては練習でもするか!ぶわっはっは!」
「まあ私も同意見だ。もし謝り足りない、と思うなら今後の君の仕事で取り戻しなさい」
ガープは呑気なものである。センゴクはやや呆れた様子だが同意している。
そのままガープは「ルフィの怪我も」と続け、
「気にしない、のはお前さんじゃ無理じゃろ。だから尚更じゃ。しっかり海兵として働いて取り戻せ!」
「……はい。ありがとう…ございます…!」
数々の気遣い、そして怪我の事で本人から慰められた事も相まってウタは涙を堪えるので必死だ。
ここまでされて泣いている暇は無い。現にルフィは
「もう怪我は治ってるって所見せてやる!センゴクのじいちゃんの説教終わったら訓練所に来い!絶対だぞ!!」
とまで言っていた。
ウタはそれに応えなければならない。
「それでは!…お二人の言う通り、鍛えてきます!」
「おー、訓練所でルフィと待ち合わせしとるんじゃったの!」
「それなら早く行きなさい。目を離すと何するかわからんしな」
「ふふっ!そうですね!それでは失礼します!」
退室したウタも、見送る2人も皆晴れ晴れとした顔だ。
「ん~、七武海に全く臆する事も無かった事じゃし、もう少しじゃな!」
「ルフィの事か?ああ、海兵として」
「違う違う!曾孫じゃ!あそこまでして守ろうとするなら期待も持てるのォ!ぶわっはっは!」
そんな一言でセンゴクの顔はいつものしかめっ面に戻ってしまうのだった。