恐怖の始まり
ドレハイに魅せられたエルフクオンツの里を壊滅させ、その褒美にコハクの牙を賜ったハイバニア少佐はドレッドノート元大将…現特別大尉と本格的に部隊を結成し、帝国の誇る遊撃部隊として活躍していた。
「気合入れろ!俺と同じ部隊になる以上はオメェ等も相応に強くならねぇと巻き込まれて死んじまうからな!」
ドレッドノートの声が響く。ハイバニア親衛隊であるサイキィ、タウランガ、バーシアンの3人は特別訓練を受けていた。
「くっ…鉱山を管理していた時はもっと楽だったのに……」
「ぜぇ…ぜぇ…なら抜けても良いのですよ…?私は…ハイバニア様に忠誠を…ゼェゼェ」
「うおおおおお!俺はまだまだイケるぜぇぇえ!!ゴホッッッッ」
「残ったのは親衛隊のあの子達だけ……雑兵はやっぱりアテにならないわね」
コハクの牙を手に入れるために当初の約束より目減りして皇帝より賜ったクオンツ鉱石を手で弄びながら、ハイバニアはため息を付いていた。
ちなみに雑兵とは今までの無茶な任務と訓練で死んだり脱隊した者たちのことである。
「……隊長だからってデケェ面してんなよ、テメェも暇なら鍛えやがれ」
その鉱石を横から取り上げてドレッドノートが語りかける。本来そんな事をすれば命がいくつあっても足りないが、彼と彼女の間柄でのみ許される。
「あら、私も鍛えてますよ?大将殿の体質がなければ一矢報いることもできましょうに」
「フンッデカい口を叩くな」
とはいえこの世界はレベルという形で能力が数値化する世界。ハイバニアも鍛錬しているのは本当で、あれから随分と力をつけていた。
「この鉱石…以前はあんなにも欲しかったのに、いざ手に入れると飽きてしまうものですね」
他にあるクオンツ鉱石を雑にイジり、指で弾く。
「…ならその牙もまとめて皇帝に返納するか?」
「フッ…この輝きは今もなお最高ですよ…それに大将殿と部隊を組む切っ掛けにもなった特別なものですもの」
「珍しく可愛いことを言いやがって、なんか企んでやがるな?」
どこか媚びるような言葉とは裏腹に、その目にはどこまでも深い欲望が見て取れる。決して口には出さないが、実の所ドレッドノートはその目が嫌いではなかった。
「あら、単刀直入過ぎるのは風情がありませんよ?」
「さっさと要件を言いやがれ」
ハイバニアは満面の笑みを見せる。
「『四魔天』の一角を落とすわ」
ドレッドノートは目を見開く。遺跡の盗掘や財宝を溜め込んだドラゴンの討伐など、この部隊に来てから面白くない任務ばかりであったからだ。
「…皇帝の許可は降りてんのか?」
「いいえ、それどころかあの子達にも教えてないことよ」
そう、これは完全にハイバニアの私情による計画。皇帝の意思を無視した暴走に近い。
「かのアレクサンドラ隊を全滅させた魔族"アドラメルク"…彼女の角がね…とっっても綺麗な宝石になるはずなのよ…それが、欲しい」
人型の魔族に生えている角は冥力が凝縮しており、特に女性体の魔族の角は磨けば美しい輝きを放つ。四魔天のものともなれば、この世のものとは思えない光を放つだろう。
「彼女の能力の一端は王国を通じて伝わっているし、討伐方法は既に構築済みよ」
そういって討伐計画書をドレッドノートに押し付ける。
「…ケッ、どうせ冥力の届かないところで――」
「まさか、どうせなら相手のホームで仕留めるわ」
瞬間、ドレッドノートは自分の心臓が大きく脈を打つのが分かった。
「私の"正義"に貴方を付き合わせるのだもの、貴方の"正義"を尊重しないほど悪い女ではないつもりよ?」
「…フン、確かに悪くねェ」
冥力が届く範囲で四魔天と戦闘するなど普通に考えれば自殺行為だ。よしんば勝てるとて、ベリアルや他の幹部が援軍に来ないとも限らない本物の死地である。
しかしドレッドノートはコハクを倒したことで得た経験値で辿り着いた強さを試す場所を失っていたのも事実であった。この話は己の全てを出し切り、更なる強さを手に入れる絶好のチャンスである。
「いいだろう、そうと決まればまずは長期休暇の申請だな」
「ええ、計画開始までにしっかり計画書を読み込んでなさいね」
二人して恐ろしい笑みを浮かべながら解散する。ドレッドノートの地獄の特訓メニューで疲労困憊の三人は、そんな事は霞ほども感じることはなかった…。
――――――
しばらくして四魔天の1人が堕ちたというニュースが全世界を駆け巡る中、帝国の片隅ではドレッドノートとハイバニアが揃って長期休暇を取ったということで様々なゴシップが密かに流行ることになる。