恋愛下手

恋愛下手

恋人=好きな人なら世の中もっと上手くいっとります

「マダラ」

「……扉間か」

「随分と男前な跡を付けているな」

「うっせ」

自分の知り合いらしき男が歩く度にモーセのように道が開いていくことを流石に無視できなかった扉間が小走りで追いかけ話しかけた。確かに目つきの悪い男だが、そんな誰しも道を開けるような顔ではないだろ、と思いながら話しかけた扉間はマダラに付いた紅葉をみて得心がいった。また彼女とセフレの狭間みたいな女にビンタされたのだな、と察した扉間は話しかけておきながら興味をなくし歩き始めていた。

「勝手に先に行くんじゃねぇ」

「オレに用事でもあったか?」

「湿布くれ」

「家に帰ったらな」

また扉間が歩き出す。マダラも扉間の横に並ぶ。お互い無言だったが、何個目かの信号に引っかかり二人は立ち止まった。マダラが横目に扉間が提げているエコバッグを見た。一人分にしては多い食材に、マダラは扉間からエコバッグをひったくるように取った。

「あ、何をする」

「引きこもる予定でもあんのか」

「……?ああ、安かったから冷凍しようと思って」

「お前、また食費を本に回してるな?」

扉間が目を逸らす。一時スナックパンを齧っている生活をしていた扉間を回収してまともな食事をさせたのはマダラだ。扉間は貧乏学生ではない。むしろ、他の大学生より裕福だと言って良かった。ただ、電子書籍という幅を取らない形で本を収集することが可能になった現代と、扉間の知識欲が噛み合ってしまっていた。食費を削るまで買うことは珍しいが。

「どうしても欲しい本が有って……」

「買った後かよ!」

「仕方ないだろ!専門書は買って支えないといけないんだ」

信号が青になったのをいいことに逃げるように扉間が渡り出す。マダラがそれを追いかける。追いついたマダラが扉間にエコバッグを返す。それを受け取った扉間が今日は泊まっていくか、と訊いた。

「いや、いい」

「そうか。なら湿布だけ郵便受けにでも入れたらいいか?」

「そうじゃなくて、偶にはオレのところに泊まればいいだろ」

「マダラの?」

扉間が顎に手を当て考えるような顔をした後、遠慮しておく、と返した。マダラは扉間の住んでいるマンションとは違うマンションに住んでいる。そのため、歴代のマダラの女たちは扉間の存在を把握していない。扉間もそのことを承知していたので断るという結論を出したのだ。

「なんでだよ」

「オレは痴情の縺れに巻き込まれたくない」

「男同士だぜ?気にすることか?」

「……それもそうか?」

鬼気迫る女の顔を思い出しつつ扉間がそう答えた。黙ったままのマダラに湿布と着替えを取るから一旦家に帰るがいいか?と扉間が訊ねる。そう言いながらも扉間の足は自宅の方に向いていたが。

「外で待ってるからさっさと行ってこい」

「ああ」

扉間の背を見送り、マダラが頬についた赤を撫でた。腫れ始めていた。本命が居るくせに、と言ってビンタされたのだが、マダラには全く心当たりがなかった。その前の女には、私は単にキープでしょ、と言われていた。それにもマダラは心当たりはなかった。マダラは誓って二股などしたことなかった。交際中も含めて風俗に行ったこともない。だが、振られるのだ。相手の方が付き合ってほしい、と言ってきたにも関わらず。

「マダラ、大丈夫か?」

「ん、ああ、考え事してただけだ」

「ほら、湿布。ここで貼るか?腫れてきてるだろ」

「頼む」

マダラが頬を差し出す。扉間が患部にきちんとあたるように工夫しながら湿布を貼った。湿布独特の匂いと扉間の匂いがマダラの鼻を擽る。落ち着くな、と思いながらマダラは、貼れたか?と訊いた。扉間が黙って頷く。扉間と居るとマダラはひどく安堵し、言葉にできない感情に襲われた。女と居るのも嫌いではないが、扉間との時間はマダラにとって全く別だった。

「いい加減、殴られないようにした方が良いぞ」

「そう出来たらとっくにしてる」

「後、自分で湿布を買え」

「なんで……」

オレが、と言いかけてマダラが黙る。扉間は大学生で、そのうちここから引っ越すということに気付いたからだ。扉間が居なくなる?マダラの心臓がざわざわとした。急に黙ったマダラの顔を扉間が覗き込んだ。マダラの口から、どこにも行かないでくれと弱々しい声が漏れた。

「?オレはここに居るが?」

「そうじゃねぇ。……頼む、どこにも行くな」

切羽詰まったマダラの声に扉間もどう言っていいのか分からず黙る。暫くして、扉間がマダラのことを抱き締めた。少しでもマダラの不安が無くなればいいという思いからの行動。不安こそ無くなったが、マダラは伝わってくる扉間の体温に胸が搔き毟られるような思いだった。

「大丈夫になったか?」

「扉間」

「ん?」

「もう少し、このままで居てくれ」

そう言われて扉間はマダラの背を撫でた。漸くマダラは自分が女に振られた理由が解った気がしたが、まだ具体的に言葉にする勇気がなかった。

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