恋にはなれず、愛ともとれず

恋にはなれず、愛ともとれず


注意

・年齢操作表現有(GWちゃん20代前半くらいをイメージしています)

・恋愛要素はないですがハイパーデカ感情はある

・短髪GWちゃん

・NEWスパイダーズカフェの面子はザラしか出てこない

・その他もろもろ

上記を読んだうえで大丈夫でしたらどうぞよしなに。




「あら、イメチェン?」

わたしの短い髪を見て驚いたような顔をするザラに頷く。

昔から特に理由もなく伸ばしていた髪を、これまた理由もなくすっきりと短くした。

...理由と呼べない程度の理由なら、ないわけではないけれど。

耳に掛からないほど短くしたのは初めてだ。

「短いのも似合うわね。」

「ありがとう、ザラ。」

「そういえば彼、2日後に来るみたいよ。」

「ふーん、いまさらどの面下げてって感じね。」

思わず棘のある言葉を出せば、カウンター越しに彼女が笑う。

「それは言えてるわね。」

───数年間全く音沙汰のなかったMr.3が、明後日NEWスパイダーズカフェに来る。

理由とも呼べない理由はそれだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

それから2日後。

「もうそろそろかしら」

「そうね、もう少しね。」

「...って、そういえばミキータ達は?」

「買い出しに行くって貴女が起きる前に出掛けていったわよ。」

「...そ」

実際は今日は店休日だから買い出しついでに自由にやっているんだろう。

ヘアアレンジはほとんど出来なくなったから、その代わりにと着たお洒落なワンピースの裾を足をぶらつかせて揺らす。

最初はいつもの服でいいかと思っていたけれどザラに押されて仕方なく着たそれも、たまになら悪くない。

ふと背後でカラン、とドアベルが鳴った。

「久しぶりね、Mr.3。」

「ああ。」

近づいてくる靴音。

振り返って彼の顔を見ることが出来ない。

やがて靴音がわたしの斜め後ろで止まった。

「...ミス・ゴールデンウィーク、イメチェンか?」

張り付いたような喉を無理やり動かして返事をする。

「ええそうよ」

振り返って見た顔は、数年前と比べて皺が少し入っているような気がした。


音貝ではなくレコードの音が流れる店の中にお客さんの声はない。

店休日に彼のために開けているのだから、それは仕方のないことだけれど。

わたしはザラに『あなたが紅茶を淹れてあげて』と言われてそうしていた。

ちなみに彼女は奥へ引っ込んでしまっている。

Mr.3がじっとこちらを見るのは値踏みでもしているのか、それともただ眺めているのか。

ちらりと目を向けると少し寂しそうともとれる顔で彼は微笑んだ。

「...君は短い髪もよく似合うな」

「そう?少し短くしすぎたと思ったけれど、合ってるなら良かったわ。」

また沈黙が流れる。

なんというかやりづらい。

頂上戦争から大体2年の間、わたしは彼の影を追いかけていた。

相棒として、最後に一言別れくらい告げたかったから。

周りから見れば恋らしいそれに突き動かされていた間、ずっと浮足立つような気持ちがあった。

でもそこからさらに数年経って、気持ちの置きどころが分からなくなった。

恋でなければ愛ともとれない、その感情を持ち続ける意味も無くなっていったから。

...そういえば彼の鞄の中に一瞬見えた最低限の包装だけされたコームは、きっと誰かに渡されるんだろう。

もっとちゃんとした包装くらいしなさいよ、と言ってあげたいけれどそこまで突っ込むのもきっと野暮ね。

そんなことをつらつらと考えているうちに紅茶は完成する。

彼の一番のお気に入りのダージリン。

「はい、出来たわ。」

そっとカップを差し出せば受け取って一口飲んだ彼が目を細めた。

「美味い。...君も随分と成長したな。」

「カフェ店員歴も結構長くなったしね。これくらい出来なきゃ。」

お茶請けにクッキーを出せば懐かしいなと目尻に皺を浮かべるようにしたMr.3が笑った。

わたしは自分用でついでに淹れた一杯を口に運ぶ。

「そういえば今は何やってるの?」

「...まだバギーのところに居るんだ。何だかんだそれなりに長いことやって来たからな。君は?」

「ここで店員しながら画家もやってるの。ここだけじゃなくアトリエに置いてるけど、見る?」

「ああ、見せてもらえるなら是非。最近仕事が忙しくて創作の時間が取れなくてな...何かこう、作品を見たいと思っていたんだ。」

カウンターを挟んで会話がゆっくりと弾み出す。

わたしが淹れた一杯が、漸く時計の針を動かしてくれた。


───その時間は名前のつけられない想いを想起させるのに充分で、けれど彼にそれを伝えてはいけないのは分かっている。

二人でアトリエへ行けば、わたしにとってはいつもと変わらない部屋がわたし達を出迎えてくれた。

その中央に陣取るのは描きかけの一枚。

湖を描いたものだ。

「...綺麗な絵だ」

「ありがとう。最近は技法も試行錯誤してて───」

完成した絵を引っ張り出したりしていると、部屋に散らばる習作を拾い上げてMr.3が眺めていた。

「これが習作とは...君の才能には恐れ入るな。」

「やだ、わたしなんてまだまだよ。」

もっと、もっと描きたい。

描き続けたい。

だから筆を取る。

「君でまだまだと言うなら世のほとんどの画家はひよこ同然だガネ。」

...そういう褒め言葉をもらうのは悪い気はしない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

結局わたし達は日の落ちかける時間までアトリエで絵やその他ジャンルの芸術作品について語り合っていた。

「もう夕暮れか...」

「あっという間だったわね。」

コツッと靴の音がして、ひょっこりとザラがこちらを覗く。

「いたいた。ねえMr.3、夕食食べてく?」

「良いのか?」

「ええ。」

「では御相伴に預かろう。」


夕食を食べながら、話題は色んな方向へ。

近況だけじゃなく愚痴も含めて色々と。

それが終わってもうそろそろ夜も良いところに差し掛かったとき、Mr.3が鞄をがさごそと漁ってわたしにそれを手渡してくれた。

「君に渡そうと思っていたんだが...まさか髪を切っているとは思わなかった。」

それはティアドロップ型でライムグリーン色のチャームがついた、シルバーカラーのコーム。

今の髪の長さではちょっと使いづらい。

まさかわたし宛なんてとびっくりしていると、彼がばつの悪い顔をした。

「今まで音沙汰の無かった分、折角なら手土産の1つでもと思ってな。...貰ってくれないか?」

「ええ、勿論。また髪が伸びたら使うわね。」

今更贈り物の1つ渡されたってと思わないこともない。

でもMr.3からの贈り物が嬉しいのも事実で、胸の辺りがじわりと暖かくなる。

「さて、私はこれでお暇させていただくガネ。」

「...うん」

何だかんだで楽しかった時間が終わりを告げる。

夏祭りの終わりみたいな郷愁が胸へ広がっていって、何だかずきずきと苦しい。

「またいつか、時間が出来たら来るとしよう。」

「ふふ、あなたらしい。事前連絡してくれるならいつでも良いのよ。」

「あ、あの、Mr.3。」

「うん?」

少し優しげな笑顔が真っ直ぐ見られなくて、まるで大人に恋をする少しませた子どものようにちらちらと彼に視線を送りながら呟く。

「...また、会える?」

「君が望むなら。」


彼の乗った船はもうきっと帰路についているんだろう。

深夜なのに心臓が煩くて、まだ暫く眠れる気がしない。

───わたしがあの日抑えつけた感情は恋でも愛でも無いんだろうけど、でも今の一瞬だけ封を解いたそれに溺れたい。

心臓よ早く落ち着いてと願いながら、言いようのない感情を昇華するためにベッドから抜け出てイーゼルに向かった。

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