怪異!深夜に潜む謎の手を暴け!

怪異!深夜に潜む謎の手を暴け!

Nera

海軍本部が直轄する練習艦“オックス・ダートマス号”。

ここは世界中から集結した期待の新人が訓練を得て海兵として覚醒する場所である。



「第8ポイントを通過、異常はないか?」

「ありません!!」



若い海兵候補たちがペアを組んで夜間の歩哨訓練に勤しんでいた。

訓練だからと気を抜かない様に教官が仕組んでいる可能性がある。

死角の所に異常があるかもしれないし監視しているかもしれない。

彼らは訓練だからと手を抜かず、気を引き締めて任務を遂行している。



「ん?何か動かなかったか?」

「よし、一応確認するぞ!!」



異音を感知した訓練兵が同期に告げると彼はそれを探索する事にした。

教官が潜んでいるか分からないし、そもそもこれを察知する訓練かもしれない。

ただ、連日騒動になっている事件で僅かな物音にも敏感になっている。

1人が角灯で周囲を照らしてマスケットを構えた男が恐る恐る近寄っていく。



「「ぎゃああああああああああああああああ!?」」



角灯で照らされた緑色の手を見てしまい、彼らは絶叫をあげた。

それは就寝する新兵や教官を叩き起こすには充分過ぎるものだった。



「ルフィ!ルフィ!!」

「ほへ!?」



自分を呼びかける声を聴いて目覚めると陽射しが船内の窓を通じて照らしていた。

何があったのかと周囲を見渡すと紅白の髪の女が不機嫌そうに睨んでいた。



「まーた意識が飛んでたのね!?」

「あ?ああ!!そうだった。覚えることが多すぎて頭が痛かったんだ」



モンキー・D・ルフィは、座学を聴いて頭が混乱し教本を見て意識を吹っ飛ばした。

幸いにも教官に気付かれる事が無く座学を終わった。

しかし、その寝かせておくにもいかずウタは彼を起こした。



「良い?さすがにこの座学を落とすと海兵になれないよ!!」

「だってよ!こんな事を覚えるより海賊をぶっ飛ばせば楽だろう!!」

「私たちは士官候補でもあるのよ!最低限の名称が分からないと部下が混乱するの!」



気を取り直して座学の内容を教えようとするウタに反論するが意味をなさない。

経験で学ぶタイプのルフィは、彼女に迷惑をかけていると自覚し黙り込んだ。



「私も一緒に覚えるからさ!一緒に頑張ろうよ!!」

「しょうがねぇ。ウタと一緒なら頑張るか」



寂しがり屋のルフィは、ウタに甘えられるなら勉強も頑張るつもりだ。

そもそも海賊を目指していた彼が海兵になったのは彼女から離れたくなかったから。

ルフィの覚悟を見てウタは教本を開いて基礎知識から手を出した。



「まずは、スターボードサイドとポートサイドから覚えましょう」

「いきなり意味が分からねぇ!!」

「船の右側と左側のことよ」

「これ、覚える必要あるか?」

「誰から見て右舷なのか分からないでしょ?名称を覚えないと指示できないよ」



復習も兼ねて19歳の義姉は義弟に分かりやすく説明するつもりだ。



「左はポート、つまり港ね!港って奇麗でしょ?」

「まあ、船も整列して泊まってるし、綺麗だな」

「私の左髪は白、船の左側は綺麗な白い港って覚えるのはどう?」

「白は余分じゃねぇかな?」



一緒に頑張ろうと考えているのにルフィに否定されたウタは苛立ちを覚える。

もちろん、彼の性格や習慣などは分かっているのでやる事は決まっている。



「せっかく覚えやすく言ってるのに!!」

「ごめんごめん」



ウタが軽く叱責すれば、ルフィは謝って真面目に取り組む。

いつもの事である。



「船の左側は白い港って覚えてよね!!忘れたら私の髪を見れば思い出すから!!」



昔の船は右舷に舵があったので左舷は港に接岸して積み荷を出し入れをしていた。

そんな座学など覚えられる訳がないと思ったウタは、自身の身体を使って表現した。

経験で覚えるルフィならこれで覚えてくれると信じている。



「右は、スターボード。つまり…」

「おい大変だ!!」

「…どうしたの?」



せっかく2人っきりで単語を覚えていたのに同期に邪魔されてしまった。

ウタは一瞬だけ不機嫌になったがすぐに作り笑いをして同期の話を訊いた。



「もしかして……また“手”?」

「ああ、今回で4回目だ!!」

「そんなにびっくりする事なのか?」

「だって手が動き回るんだぞ!?きっと呪いに違いない!!」



手が生えただけで大騒ぎする新兵たちにルフィとウタは困惑した。

物理的な被害は出ていないし、だからどうした案件だった。

なんならルフィの祖父であるガープ中将に遭遇した方がよっぽど恐怖だ。

何度も頭にタンコブを作った彼らは、ガープ中将自体が恐怖の対象だ。



「教官たちも不気味がって調査するらしいぞ」

「「ふーん」」

「……お前ら、他人事だな」

「「だってそうだもん」」



未知なる世界や存在に興味があるルフィでも“手”だけでは興味は惹かれない。

ウタは怪奇現象は苦手だが、実害が無い限りそこまで怯えなかった。



「そういえば、昨日も大騒ぎで良く眠れなかったー」

「ルフィが眠そうなのもそのせいね。仕方ない解明しましょう!!」

「ん?」

「怪奇現象を暴けば、再びゆっくり眠れるならやらない理由はないでしょ?」

「そりゃあそうだ!!」



気分で寝るのが普段の生活だったルフィに海兵の訓練は過酷だ。

ウタの子守唄でこっそり睡眠時間を確保しているがそれでも足りない。

なのに一連の騒動のせいでさらに寝不足になっていた。

ウタが怪奇現象を暴こうと発言すると彼も同意した。



「じゃあ決まりだな。教官に内緒で非番の連中で調査するぞ!!」



事件を知らせて来た同期やその仲間たちも調査に参加する事となった。

こうしてルフィとウタ、海兵候補である三等兵たちは夜を待った。

そして夜の帳が下りて数時間経った頃、活動を開始した。



「むにゃむにゅ……」

「もう、今日は“手”を探すって言ってたのに…」



ルフィは眠気に負けて寝てしまった。

ウタは呆れつつも、彼を置いて食堂から出ようとするができなかった。

ルフィが無意識にウタに向かって左手を伸ばしてきたからだ。

仕方なく彼女は、甘えてくる義弟と一緒に食堂に留まった。



「……ああ、眠い」



甘えん坊が起きるまで待っているとウタまで眠くなってしまった。

ウトウトと頭が何度も垂れてその度に少しだけ覚醒し、また眠くなる。

眠気覚ましにルフィが伸ばしてきた左手を優しく撫でるがそれでも眠い。

そんな事を10回ほど繰り返した時、事件が起こった。



「うぎゃああああああああああ!!!」



静まった食堂に男の悲鳴が聞こえて来た。

さすがにびっくりした2人は目覚めて顔を見合わせた。

さきほどまで両手を伸ばしていたルフィは元に戻す。



「なんかあったみたいだ!」

「うん、声がした方に行こ!!」



ウタは角灯を持ってルフィと一緒に外に飛び出した。

悲鳴が聞こえて来た所に向かうと既に先客たちが居た。

現場は、メインマスト付近で木箱の影に三等兵が1人仰向けで倒れていた。



「何があったの?」

「おそらく例の件だと思うが、目撃者が気絶して何があったか分からん」

「ついに被害が?」

「いや、単純にビビって気絶しただけだと思うぞ。臆病だと有名な奴だったし」



近くに居た新兵に話を訊いても大した情報は得られなかった。

ただし、数少ない女海兵たちは怯えており、教官も疲れているようだ。

早く解決しないと士気低下による反乱や脱走が相次ぐかもしれない。



「どうする?」

「付近を調べてみましょう。何か手がかりが残ってるかもしれない」



ルフィとウタは角灯で周囲を照らしながら手がかりを探し出した。

だが、特に変わった様子がなく骨折り損のくたびれ儲けだった。



「そうよね、そんな簡単に見つかったら苦労しないよね」

「どうする?」

「明るくなった時に軽く探して見ましょう」



夜間で証拠を捜索するのは、きついものがある。

“手”に関する捜索を一旦切り上げたウタは寝室に戻る事にした。



「じゃあ、また明日!」

「久しぶりにこの時間で遊べるから何かしてぇ!!」

「もう…子供なんだから!」



夜間は任務以外の外出は禁止されている。

さきほどの騒動で一時的であるが黙認されている状況だ。

拘束時間が多くウタと一緒に居られないルフィは、彼女に甘えた。

ウタとしても少しだけ2人だけの時間が欲しかった。



「少しだけ休憩しよっか!」



死角になりそうな所に置いてある木箱にウタは座った。

ルフィもその横に座ってリラックスをした。

夜空には星々が煌めておりとっても幻想的だった。



「なあ、どうやったらあの星を冒険できるんだろ?」

「さあ?空島より更に高い所にあるらしいから行くのは大変そうね」

「空島なら行けるのか?」

「海兵で空島って中々機会が無いけど偉くなれば行けるんじゃない?」



未知なる世界に飛び出して触れて冒険をする。

フーシャ村で過ごしていた彼は赤髪海賊団と逢うまでそう考えていた。



「ウタも一緒に来てくれるのか?」

「もちろん、あんたを1人にしたくないし一緒に居る方が楽しいじゃん」



人生とは何が起こるか分からないものだ。

あれほど嫌がっていた海兵にルフィはなろうとしている。

厳密には、ウタの傍から離れたくないので付いて来ただけだが。



「ルフィは海兵になったら何をしたいの?」

「ウタと一緒に船に乗って辺りを冒険するんだ!!」

「じゃあ、私が偉くなるまでそれはお預けになるね」



角灯の火を消して彼らは少しの時間だけ会話をして楽しんだ。

少しずつ眠くなって寝室に戻るのを忘れた2人は眠ってしまった。



「ぎゃああああああ!!!出たあああああああああ!!」



またしても悲鳴が聞こえて2人は飛び起きた。

今回は外に居たおかげですぐに現場に急行できる。

ウタは角灯を持ってルフィは伸びてしまった肉体を縮めた。

ゴムゴムの実を食べたルフィは全身がゴム人間だ。

最近、ストレスのせいか寝ぼけて手足が伸びっぱなしになるので戻す必要がある。



「また出たの!?」

「あ、ああ!!“手”が居たんだ!!すぐにどっか行っちまったが…」



全速力で走った2人はカットラスを構えていた新兵に話しかけた。

そして彼が無傷なのを確認してウタは確信した。

やはり“手”は自分たちに危害を与える気が無いと。



「ところでカットラスを持ってるけど…斬り付けたの?」

「そうしようとしたんだが、勘付かれて逃げられちまった…」

「どこに逃げたの?」



逃げたとなれば追跡するまでだ。

ウタは目撃者に“手”が逃走した方向を確認した。



「こっちだ!」

「えっ……そっちは私たちが来た方向じゃないの」



ところが新兵が指差した方向はさきほどルウタがやってきた方向だった。

声がしてからすぐに駆け付けたのでどこかで遭遇しないとおかしい。

まるで魔法の様に消えてしまった“手”はどこに行ったのだろうか。



「“手”はどこに行ったんだろ?絶対に私たちと遭遇するはずなのに!?」

「なあ、ウタ。そろそろ帰らないと怒られるぞ」

「それもそうね。帰り……あれ?」



ルフィに船室に帰る様に促されたウタは帰ろうとした。

だが、何かが引っ掛かった。

いつも“手”が目撃されるのは夜間だ。

そしていつも自分たちが寝ている時に発見される。

なにより手が発見されるが、すぐに逃げられる。



「まさかね…」



さっき起きた時に何故かルフィの手足が伸びきっていた。

そして“手”が逃げた先は自分たちが居たところ。

そもそも寝ぼけたルフィが手足を伸ばしてくるのを身をもって知っている。



「ねえルフィ、“手”の正体ってあんたじゃない?」

「え?」

「だってさ、寝ている時に手を伸ばしてるじゃないの」



“手”はストレスで夢遊病になったルフィが引き起こしたものだ。

まだ証拠は掴めてないが、ここまで露骨に犯人がこいつしかいないのも珍しい。

むしろ、なんで今まで誰もルフィを疑ってないのかウタは不思議でしょうがない。



「でもよ!!そこまで手を器用に動かせねぇよ!?」

「じゃあ試してあげる!!」



抗議するルフィを一蹴したウタは能力を発動して子守唄を歌った。

あっという間にルフィは寝てしまい意識はウタワールドに誘われた。



「さてと結果は……やっぱ、あんたが犯人じゃないの」



自分の意志で身体が動かせないはずなのにルフィは手足を伸ばした。

特に“手”は何かを探すように蠢いており、どこかに行こうとしている。

ウタはそれを阻止するために手首を掴んだ。



「あれ?」



掴んだ瞬間、手の動きが止まった。

怪しんだウタは一度、“手”を解放すると何故かまた動き出した。

しかも自分の居る場所に向かって伸びてきている。



「あっ、そっか」



何かを察したようにウタがルフィを抱き寄せると伸びた手足が元に戻った。

それを見た彼女は、想像以上にボロボロになったルフィが自分を求めていると分かった。

きっと、寂しくて自分の温もりや感触を味わいたくて手足を伸ばしていたのだろう。



「ウタ、シャンクスたちに代わっておれが世話してやる!!」



“赤髪海賊団の音楽家”を自称していたウタは、9歳の時に捨てられた。

行く当ても帰る場所も無くなった彼女を受け入れたのはルフィだった。

普段から仲良く行動していたが、その頃から一緒に寝るようになった。



「おれ、1人で寝れる!!ウタはそっちで寝ててくれ!!」



口ではそう言っているが、ルフィは定期的に寝ているウタに寝っ転がって来た。

寒い日の時は、熱を求めて手や足の裏をウタの身体に当てて温もりを味わっていた。

当然、何度も彼女は激怒したし、夜這いしてくる侵入者を蹴り飛ばしたりもした。

年月が過ぎるとそういう事はなくなったが今回の事件はそれと同じような現象なのだろう。



「じゃん!!フーシャ村で使っていたベッドを作ってみたの!!」

「うわー懐かしいな!!」

「よし、一緒に寝よう!!」

「待て!!おれは1人で寝れる!!」



ウタが能力で作り出したウタワールドでルフィはくつろいでいた。

フーシャ村で暮らしていた建物に懐かしんでいるとベッドを見つけた。

それを指摘したらウタが一緒に寝ると言ったので恥ずかしがってルフィは反抗した。



「この甘えん坊さん!!義姉ちゃんが寝てやるって言ってるでしょ!!」

「おい反則だろ!?」

「あんたの欲求不満のせいでみんなが迷惑してるの!!素直に受け入れなさい!」



ウタは、抵抗するルフィを五線譜で巻いて拘束してベッドに放り込んだ。

そしてパジャマに着替えた彼女は恥ずかしがる彼を抱き寄せた。

自分を攻撃できず、無抵抗になった義弟を優しく撫でて歌姫は唄を紡ぐ。



「そうだよね、寂しがり屋のルフィが1人だけで頑張れるわけないもんね」



こうしてルフィが引き起こした騒動は、ウタのケアで幕を閉じた。

しかし、1つだけ疑問が残る。

何で身体を伸ばせるルフィが疑われなかったのかという点だ。



『今なら理由が聞けそうかな』



連日の事件を受けて海域を変えてオックス・ダートマス号は航行している。

“手”の事件が風化した頃、ウタは“手”を目撃して気絶した同期に質問をした。



「ねえ、ここだけの話だけど、“手”の正体って手を伸ばしたルフィじゃないの?」

「最初は自分も思ったさ!だがな!!肌が緑色だったんだよ!!」

「えっ…?」



実は、一連の騒動を引き起こした犯人は複数だった。

ウタに依存したルフィが無意識に手を伸ばしていたのは事実だ。

しかし、“手”は存在しており、むしろ訓練兵を積極的に襲撃していた。

ところが伸ばしたルフィの手が同族だと勘違いしてしまった。

同族に牽制されたと“手”が勘違いしてしまい、人命を奪えなかったのだ。



「ええ?緑色だったの!?」

「お前!!話を聴いてなかったのか!?」

「むしろ、襲いかかって来た手をぶっ飛ばしたのがルフィの手だぞ!?」



あの日、気絶した訓練兵は命を狙われていた。

ところが“手”を無意識にぶっ飛ばしたルフィの手のおかげで一命を取り留めた。

熱弁する訓練兵と対称的にウタはどんどん気分が悪くなった。

その日の晩、彼女はある場所に訪れた。



「ねえルフィ、今日から一緒に寝てくれない?」

「ここ男部屋だぞ…」

「寝てあげるって言ってるの!!」

「やめろ!!大騒ぎになる!!」



今度は野郎共が雑魚寝する男部屋にウタが入って大騒ぎになるのは別の話。

END

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