急募:まともな男

急募:まともな男

「あ、あー二人とも、喧嘩は……」「「お前は気にしなくて良い」」(いっそ共倒れしてくれ)

 マダラの問いかけに扉間が瞬きを二三度繰り返した。驚いているようにも不思議そうにも見える仕草。少なくとも、マダラがその問いかけをしたことを意外だとは思っているらしい。答えない扉間にマダラが苛ついた表情を見せた。扉間の方はマダラの苛つきなど気にした様子もなく、まだ湯気の立つ茶を啜っていた。

「人の話聞いてんのか」

「聞いている」

「なら答えろ」

「そう言われてもなぁ」

扉間が実兄と身体の関係があったのは事実ではある。ではあるのだが、マダラがそのことを知る機会などなかったはずでもあるのだ。扉間は兄が結婚してからは一度も抱かせたことなどないので。つまり、里が出来てからは兄とそういう交わりをしたことがなく、マダラがそういう関係だったということを観測することは不可能なのだ。別に扉間はマダラが知っているのなら誤魔化す気はなかったが、どこで知ったのかという点は気になっていた。マダラの問いかけが“お前まだ柱間に抱かれたいと思ってんのか”だったのも含めて。

「……チッ、なら分けて訊くぞ。お前と柱間はそういう関係だった。違いねぇな?」

「ああ。まぁ事実だ」

「で、お前には恋愛感情があったのか?」

「ない。全く」

今度はマダラが瞬きをした。明らかに驚愕の瞬きである。そんなマダラを見ながら扉間は多分、恋愛感情もなく抱かれてたのかよ、とか、貞操観念とか倫理観どうなってんだよ、だとかが、頭を駆け巡っておるんだろうなと他人事のように考えていた。実際、マダラが考えていたことは概ね扉間が想像した通りである。違う面と言えば、柱間の野郎弟を何だと思ってるんだ、くらいだろうか。扉間と柱間の力関係と言うのが正しいのかは不明だが、基本扉間は柱間の望んだ通り行動する。ただし、扉間の基準で言えば里や子どもなどが関わると柱間は二番目であるし、兄が間違っているのについて行くような妄信者でもない。あくまで、扉間内で完結することは兄に譲歩することが多いだけだ。そして、今回の場合、扉間内で完結することである。

「お前、それでよかったのかよ」

「オレ個人はどうでも良いが、モラルという面では駄目だろうな」

「分かってるなら断れ」

「仕方ないだろう。…………オレにも事情があるのだ」

急に言葉を濁した扉間にマダラが疑いの眼差しを寄越す。扉間も自分の言動が不自然だとは分かっていたが、まさかマダラに父親に性的暴行を受けているのを知られてそこから芋づる式にとは言えないので濁すしかなかったのだ。これ以上自分も含めた元身内のモラルが底辺であることを扉間はマダラに教える気はない。全て過去になったことを聞かせても腹の足しどころか内容的に気分が悪くなるだけだと判断したのもある。とにかく、今更どうにもならないことを話すのは扉間にとって無駄なのだ。

「はっきり言え、なんで抱かれていた?」

「貴様に聞かせるようなことじゃない」

「あっ?」

「前世の性事情を聞いても無駄であろう」

面倒臭いと思っているのを隠さない言い方で扉間がマダラに言う。マダラが不機嫌と怒りの狭間の顔をするが、扉間の言動に不快を示していると言うより何か別のことで怒っているという雰囲気だった。流石に言い方が不味かったか、と扉間がマダラの顔を見る。扉間の視線にマダラが昂る気を静めるように息を吐く。少しの間、沈黙があってマダラが口を開いた。

「無理やりヤられたな?」

「……………………積極的な合意はないな」

「親に相談できなかったのか」

ピンポイントで一番言いにくいところを訊かれて扉間は思わず苦笑いを浮かべる。兄にそういう行為を強いられたのなら真っ先に相談する先は親だろうというマダラの発想は全くもって正しいのだが、今回に限っては扉間の“碌な思い出ではないな”という部分を的確に貫いてしまっていた。マダラも扉間の苦笑いでそのことを察し、非常に長い沈黙の後、お前の親父さんもか?と優しく気遣った声で訊いた。最早どうでもよくなった扉間が頷く。マダラの持っていた湯呑がミシリ、と音を立てた。

「扉間」

「な、なんだ」

「今日からオレの家に住め」

「はっ??」

そもそも、マダラが扉間に兄との肉体関係について訊ねたのは先日柱間と出会ったからだ。マダラは前世から薄らと柱間の扉間への執着を知っていたが、肉体関係の有無までは把握していなかった。だが、今になって扉間にそんなことを訊いたのは柱間にそのことを匂わされたからに他ならない。前世は認めていなかったが、扉間に惹かれているマダラは思わず確認せざるを得なかった。結果としてもっと凄まじいことを聞くはめになったが。マダラの今の気分的には、溺愛している彼女が性的虐待を受けていたという事実を自ら無理やり訊いてしまったときと同じだった。現状、恋人ですらないのでマダラもまともとは言い難いのはご愛敬だ。

「お前の身の安全のためだ。良い子だから言うこと聞いてくれ」

あ、これ嫌だと言ったら確実に監禁だな、と今までの経験から悲しいことに察してしまった扉間が大人しく頷く。それに満足そうに頷いたマダラが扉間の白い髪を触りながら、オレが護ってやるからな、と優しく甘い声で言った。

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