思い出

思い出

短い

「人の顔ジロジロ見んじゃねェ」

「いいじゃないか。こうしてはっきり会うのも数年ぶりなんだし」

クロが投獄されてから寂しかったんだよ、と顔に似合わぬ言葉を並べながら破顔する男。それに対して明らかに眉根を寄せても気にした風もなく抱きついてきた。いつまで経っても俺を当時の子どものままだと思っている愚かな兄。しかし心の中ではそう思っていても不思議と引き離したい気持ちは沸いてこず、そもそも武装色を纏っているから砂になって逃げることも出来ないのだが。

「何か食べたいものはあるかい?お前の好きなトマトと鰐を使った料理をうんと作ってあげよう」

『今日はこれしかなかったけど他にもおいしいのたくさん持ってくるからねクロ!だからあと少し待ってて』

両親がいなくなって一人で俺の世話をした昔の兄の言葉が今になって脳裏をよぎる。ボロボロの体のまま帰ってきて、全身が悲鳴をあげているはずなのにずっと笑っていた。俺がいなければこんな面倒なことはせずに済むのに。捨ててしまえば楽なのに。そう何度も思っていて、でも俺が恐れてる日は今日来るのかもしれないと何故かあの日そう思ってしまったのだ。抑えきれなくなった不安が爆発した。

だからこそあの後再び出かけようとする兄に俺はどう返したんだろうか。

「クロ?」

不安げな瞳と目が合った。じっと見つめていると吸い込まれてしまいそうな深く暗い底なし。まるで光の届かない深海のようでゾッとするけれど何故か今はそれよりも違う感情が心の中に溢れてしまう。

「そんなに見つめられると照れる」

恥ずかしそうに顔を逸らして離れようとする体とは反対に伸ばした右手が彼のコートを掴んだ。驚いてこちらを振り向く血の繋がった兄。

『一人はいやだよ、おにいちゃん…!』

「…あと少しだけ、ここにいて」

俺の頭はおかしくなったのだろうか。驚くような発言をしてしまった焦りと不安。昔のことを少しでも考えていたせいだ。いくら自虐しようとも出てしまったものは消えない。それならと、その一瞬に俯いた顔を上げて逃げるように距離を取ろうとした。頭の中がぐちゃぐちゃに絡み合っていて正常な思考では無い。砂になって当分彼の前には現れないように消えようとしたがそんな行動は筒抜けなのか。手首を掴まれ引っ張られる。気づいた時には腕に抱かれていて、

「もうどこにも行かないよ」

と当時と何も変わらない優しい言葉を与えてきたものだから俺もよくわからなくなって

「…うん」

滲む視界と震えそうになる声を必死に押さえつけながらあの日のように短い言葉だけをただ吐き出した。


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