思い出の味
「おら、出来たぞ、とっとと食え」
む、もうできたのか
調理を開始してからまだ10分ほどしかたっていないはずだが…
ゼフが二枚の盆にそれぞれ皿と水入りのコップを置き、机に向かってきた
皿からは海に漂う霧のごとく濛々と湯気が立ち上り、部屋に漂う香りは実に香ばしく食欲をそそられる
隣の席に座るサンジは待ちきれないのか、涎をたらし皿を爛々とした目で見つめており、その無邪気な姿に私まで腹の虫が鳴く思いだ
そうして供された皿の中、ゼフの作った料理は…
「これは…ピラフ、ではないな
チャーハン…、焼き飯、か?」
見た目は何の変哲もないチャーハンだ
具材はシンプルで、炒り卵にコンビーフ、みじん切りの玉ねぎとスライスしたマッシュルーム
本当にぱっと作ったかのような料理だが、美味そうであることは確かだ
「…名前なんざなんでもいいだろ、文句があるなら食ってから癒え」
「…それもそうだな、ではサンジ君、いただくとしよう」
「お、おう…!」
サンジ君と私、ほぼ同時に皿と共に置かれていた匙を手に取り、焼き飯を一掬い
口へと運ぶ
…うん、美味い
サンジ君も気に入ったのかたのか、無言で掻き込んで少しむせている
まぁ餓死一歩手前の状態から脱却しマシになったとはいえ、病院で出されていたのは味気ない病人色が基本
彼くらいの年頃であれば余計にこのようなものが染みるのだろう
…しかしこの焼き飯、ただ美味いだけではない
一見速攻で作った簡単な料理にも思えるが、具材の大きさ、その切り口、塩加減、焼き具合に至るまで、すべてが絶妙だ
私自身料理など簡単な物しかできないが、これでも世界の海を渡り様々なシェフの料理を口にしてきた身、生半可な腕ではこうはいかないことくらいは分かる
シンプルな料理だからこそ、ゼフの調理の腕がダイレクトに伝わってくる
「おいジジイ!お代わり!!」
「人に頼む前にてめぇで取ってこいチビナス」
「んだとー!?」
いつの間にか完食していたのかサンジ君がゼフにお代わりを所望する
が、彼からは袖にされている
ゼフの態度に納得は言ってないようだが、今は食欲が優先なのか渋々と言った様子で皿を持ちキッチンへと向かていった
「…んで、テストは合格か、怪物さんよ?」
食卓に向かい食事中の私を、立ったままのゼフが見下ろす
最後の一口を食べ終え、匙を置いてナプキンで口を拭った私が、それを見上げて視線を返す
「…あぁ、実においしかったよ、ご馳走様
しかし、少し意外な料理ではあったのは確かだ
何か思い入れのある料理だったのかな?」
「…そんなんじゃねぇ」
ぶっきらぼうに言うゼフだが、その眼は少し懐かしそうな色をしている
…まぁ、人の過去に無遠慮に立ち入る趣味はないし、今回の件にも関係はない
これ以上の詮索はよしておこう
「…それで、何時になったら契約の内容とやらを話してくれるんだ?
まさか、まだテストは続くなんて、言うじゃねぇだろうな」
「…いや、もう十分だとも、君の腕も確認できた
ご希望通り、話させてもらおう」
やはりゼフの腕は一流だ
それに、この状況でこのような料理を出してくるその人間性も気に入った
…いよいよ、今回の一件の、その核心を突くとしよう
「…ゼフ、君には私が所有する豪華客船
その船内レストランで提供するメニューの監修を頼みたい
私は、そのために君に話を持ち掛けたんだ」