思いもよらぬところから
宝➝錆
※アイザックまわり捏造多め
錬金アカデミーの一番広い教室で、宝太郎はぐるりと椅子に座ったまま回る。九堂は高校の方で用事があり遅れると聞き、蓮華お姉さんはバイトだといって今日はちらりと顔を見ただけ。そして錆丸先輩はつい今しがたトイレに行っている。ミナト先生もいない、スパナは知らないがとにかく不在だ。ここにいるのは宝太郎だけ、ちょっと寒いせいか今日はケミーたちも大人しい。暇を持て余した宝太郎はもう一度ぐるりと椅子ごと回って、誰もいない教室を見回す。……訂正、アイザックがいた。タブレットが端のテーブルに立てて置かれている。
「でも錆丸先輩いないとアイザックも喋らないしなあ」
錆丸先輩が座っていた椅子に座りテーブルに顎を乗せた。同じ高さからタブレットを覗き込んでも画面は変わらない。真ん中で、水の玉を合わせたような丸っぽい映像がゆっくり動く。アイザックが話すとき円の周りに出るトゲトゲも今は全くない、時折この丸い形がひとまわりほど広がって戻るだけ。
「ねえ、アイザックって錆丸先輩とほとんど同じこと考えてるんだっけ?」
人工知能てのがどういうものか宝太郎にはいまいちピンときてなかった。スマホの扱いは普通にできるが理系科目は苦手な方だ。錆丸先輩が声の小さい自身の代弁にこのタブレットを用いてるから、読み上げ機能か何かかと思っていたがそれとは全く違うらしい。遅れなくアイザックを交えた会話をする蓮華お姉さんと錆丸先輩の姿は最初から印象的だった。宝太郎自身も、これはそういうものなんだなと思いのほかすんなり慣れていた。
それはそれとしてアイザックの事はわかってない。
「AIってパソコンのやつだよね、機械だけど自分で考えるとかいうやつ。え、ペッパーくんとかとは違うの?」
何を呼びかけてもアイザックは画面を揺らすだけ、やっぱり錆丸先輩がいないと喋らないらしい。
「先輩遅いなあ……」
アカデミー施設内は広い。教室他なんかいろいろ錬金術に関する物も多く、危険物管理室とか、九堂や先輩たちでも入れない部屋もあるらしい。なのでトイレもちょっと遠かったりして、最初の頃宝太郎は困った記憶がある。
「……困ってないかな、さすがにないか」
ふわりと心配する気持ちが湧き上がって、大丈夫だろうと自分で思い直したのに後から後から溢れてくる。
「錆丸先輩、もうどこも痛くないかな、つらい思いしてないかな」
アイザックに聞いたらわかるかもしれないけど、アイザックは何も答えない。宝太郎はそれでもぽつぽつと、テーブルに伏せたまま続けた。
「あのね、俺、仮面ライダーになってあんなに強く人を救わなきゃって思ったの初めてだったんだ。錆丸先輩がすごく苦しそうで、こっちまで苦しくて、……アイザックが錆丸先輩の心を教えてくれたから」
「でもだんだん怖くなって、体が動かなくなったのも初めてだった。あの時スパナが来てくれなかったら、ってちょっと後悔してるんだよね」
自分が動けなくなったばっかりに大事な友だちも先輩も失くすところだった。ドレッドを前にして最初に動けたのもスパナだし、一言多いイヤな奴だけどそういうところは本当にすごい。
「初めは、助けてって言ってたよね。でもアイザックもだんだん何にも言わなくなるし、錆丸先輩がごめんねって謝ったときもさ、すごく不安だった。アトロポスは先輩が死ぬって言うし、フラフラのまま変身させられるし。……あの時ちょっと諦めちゃってたりしない?」
自分に助けられる力がなかったばっかりに、諦めさせてしまったんじゃないか。UFO-Xの力を借りて助けられたからいいんだけど。
「みんな無事だからいいんだけどさ」
アイザックは答えない。
「いいはずなんだけど、それでもなんかずっと錆丸先輩のこと考えちゃうんだよ」
「蓮華お姉さんがしっかり看てたしもう大丈夫そうだけど、痛くないかなあ、つらくないかなあって。あんな風に泣いてほしくないんだ」
返事がなくても宝太郎は続ける。
ずっと仲良くしていたいし、クリスマスパーティーもしたし、お正月にはおせち料理も振る舞いたい。一緒にケミー探しにいったり、ケミーのこともっと教えてほしいし、錆丸先輩はケミーのどんなとこ好きなのかももっと聞きたい。
「それだけじゃなくてさ、アカデミーのことだけじゃなくて、一緒にいたい」
本人はいないけど、彼にすごく近いアイザックがいるから話せること。アイザックがなんにも答えないってわかってるから言えること。なんだかずるいなと思いつつも宝太郎は思いきって口にした。
「俺さ、錆丸先輩のこと好きなんだ」
ゴッ、言ったそばから恥ずかしさに宝太郎はテーブルに額を打った。言った相手は錆丸先輩本人じゃないのに、タブレットなんだから聞いてすらないだろうに。
「変だと思うじゃん、俺も変だと思う。だって人を好きになることに、あんな、つらいことあっちゃいけないじゃん」
錆丸先輩を気にし続けてるきっかけがあのドレッドの一件かと思うと、一体この想いはどうなんだろう。宝太郎ははあ、とため息をついた。
「好きって難しいね……。俺ケミーたちのこと大好きだけど錆丸先輩への好きってまたちょーっと違うしさあ」
例えば加治木への友達としての好きとも全然違うとわかってる、何が違うかは上手く言えないけどさ。宝太郎はまたため息をついた。ピピ、と小さく電子音が鳴って、タブレットに顔を向ける。
『一緒にUFO-X呼んでくれただろ。それはどうなんだよ』
「あ、うん。そういえば……」
最初の最初は錆丸先輩がUFO-Xに会いたくて呼び出そうとしていたことだった。錆丸先輩もケミーが好きなこと、彼らを道具扱いされることに同じように怒りを覚えること。そういう1つ1つを知ることができたから、それまでよりもっと近くに感じることができた。それが本当のはじまりだと思い出す。
「いろいろありすぎてすっぽ抜けてた」
『あれけっこう嬉しかったんだぞ』
「ああ、ごめん」
不満だとばかりにアイザックは語気を強める。もうしわけなさと、嬉しいと聞けた喜びに誤魔化し気味に笑いかけて、はたと気づく。
「アイザックと喋ってる。ということは!」
宝太郎が振り返るのと、テーブルからタブレットが奪われるように取られたのは同時だった。画面を内にしてタブレットを抱きしめる錆丸先輩は、いつ戻ってきたのか顔を赤らめている。
「錆丸、先輩……いつから………」
「……………全部」
「へ、」
2人以外に誰もいない、静かな今なら錆丸先輩の小さな声も宝太郎の耳に届く。
「ぜ、全部って、ほんとに……?」
「アイザックが、マイクで拾う情報は僕にも伝わってる……から…………」
思わず立ち上がる宝太郎とは反対に錆丸先輩は一歩下がる。
どういうことかは置いといて(そもそも今の宝太郎はそこまで考えられないでいる)、錆丸先輩が言うのを信じれば、アイザックに話しかけていた全部を聞かれてしまったと。この顔を見るに本当に聞いていたらしく。宝太郎はへっぴり腰ですり寄り、錆丸先輩はタブレットに顔を隠してまた下がる。
「なっ、え、じゃあ……?」
『聞いちまったな』
「待って、待って待ってまって! 違うんですそうじゃなくて、いや違くないんだけど! 告白はちゃんとしたいし、でも先輩聞いちゃっ、あーーーーッ! 今のナシ!ナシナシ!!」
『それでいいのか?』
「へぁっ!?」
「……本当に、無かったことにしていいの?」
慌てふためいて口から何言ってるかわからなくなってた宝太郎が止まる。タブレットからそろりと小動物のように顔を覗かせている錆丸先輩と目が合って。
「ガッチャ!」
宝太郎はズギャンとときめき撃ち貫かれた胸を押さえてよろめいた。マントが翻って足音がバタバタと離れてく。
「あっちょっ」
よろめいたそのまま椅子に引っつまずいて、宝太郎は倒れ込んだ。打った背中は痛いけど、構うものかと声を上げる。
「なかったことにしませんから!!!!」
一際大きな声は直後に入ってきた九堂にうるさいと咎められたし。鶴原とすれ違ったんだが……皆もいないのか、とミナト先生には肩を落とされた。
それでもちょっとだけやり切った感のある宝太郎だ。
「なんだ一ノ瀬、青春してるな」
「へへへ」