「忠犬」
※今回もぬいぐるみは出てきません。
ifローさん視点の地獄パート、導き手の後if世界に戻った時のお話です。暴力、流血描写注意
『転移完了安全装置を解除します』
ヘルメスから機械音声が聞こえ周りを覆っていたバリアのようなものが消える。目を開けばそこは見慣れた……そして決して戻ってきたくは無かった城の中のはずだった。しかしその光景に息を飲む。悪趣味な場所ではあったが、真っ白な壁は何時でも綺麗にされていたし、床にしかれた絨毯も人目で高級なものだとわかる代物だった。その全てが無残に切り刻まれていたのだ。壁は血飛沫のようなものがこびりつき茶色く変色しているし、糸傷だらけでボロボロだ。窓だって割れている。絨毯はただの布切れと化し綺麗な細工を彫られていた階段の手摺は途中で折れその役割を放棄している
「チッ俺が帰ってくるまでに綺麗にしとけと言ったはずだぞ」
俺が絶句している様子を見たドフラミンゴが近くの使用人を呼びつける
「だっ旦那様しかし……この城全体を直すとなると時間も費用もかかりまして」
「言い訳は要らねぇ治すのにあと何日かかる」
「何日何てものでは無理です。すっ少なくとも数ヶ月頂かないと……」
「そうか……そんなにかかるか……」
ドフラミンゴは思案する様に顎に手を当てる。わかって貰えたかと使用人が安堵の息を漏らしたのも束の間
「遅すぎる」
「えっ?」
何も理解出来ていないであろう内に使用人の首が飛んだ。血飛沫が床を、壁を、そして俺の頬を汚す
「うちの使用人にウスノロは要らねぇ」
他の使用人たちが悲鳴を飲み込みながら急いで死体を片付け始める。よく見れば、見知った顔は一人も居なくなっていた。皆俺が居なくなったせいでこの男の八つ当たりに使われたのだろうと思うと胸が苦しくなった
「あぁすまねぇなロー汚れちまった」
ドフラミンゴが優しい手つきで俺の頬に着いた血を拭う。先程いとも簡単に命を奪って見せた手で俺に優しくする。そのアンバランスさが気持ち悪くて改めて此奴は狂っていると実感した
「安心しろよロー、お前の部屋は綺麗なまま残してあるからな」
全く的外れなことを言いながらドフラミンゴは俺の首に再び海楼石の首輪をつけるとその鎖を持ち鳥籠の部屋へ向かい始める
「…………」
(ベポは無事だろうか……ちゃんと見つけてもらって手当を受けられただろうか……)
残してきた大切な人達のことを考えながらドフラミンゴの後を着いていく。俺が居なくなったことでドフラミンゴは相当荒れている。今は少しでも従順に見せなくてはいけない
「着いたぞ。おかえりロー」
ドフラミンゴが嬉しそうに手を広げる。俺が監禁されていた部屋は先程の言葉の通り1ミリも変わっていなくてボロボロの城の中で異彩を放っていた
「ただいま……ドフィ」
うっすら笑みを浮かべ抱きつく
「フッフッフお前が戻ってきてくれて嬉しいよ。珀鉛病も治ったようで何よりだ。…………だが勝手に抜け出した罰は受けてもらわねぇとなぁ」
満足そうに俺を抱きしめていたドフラミンゴが声を低くする。こうなることは予想済みだ。せめて……つけられる傷を浅くしようと言葉を紡ぐ
「ごめんなさいドフィ……ドフィがあんまり楽しそうにヘルメスのことを自慢するから……気になったんだ。平行世界がそんなにいい所なのか……だって平行世界が素敵な場所だったら……ドフィはそっちに行っちゃうだろ?平行世界にはドフィの大切な家族が居るんだから」
「なんだそんな事を心配してたのかロー?寂しい思いをさせちまったようだな。安心しろお前より大切な物なんざねぇよ。お前は……唯一の俺の半身俺の宝物だからなぁ。……で?平行世界はどうだった。お前の大切な“仲間”だって向こうには揃ってただろ?楽しかったか?」
ドフラミンゴが意地悪く聞いてくる。望む答えを返すなら、楽しくなかったと答えるべきだがその言葉だけは喉につかえて出てこなかった
「楽しかったよ………でも寂しかった。彼処にはもう俺がいて……俺は必要ないから。俺の居場所は彼処にはなかった……俺を必要としてくれるのはドフィだけだよ」
「フッフッフほんとにいい子だなぁロー今日のところは簡単なお仕置で勘弁しといてやるよ」
どうやら及第点は貰えたようだ。ご機嫌になったドフラミンゴが懐からナイフを出す。あれは……刺青を切り裂く用の物だ
「服を脱いで背中を向けろ」
(せっかく……治ったのにな)
ドフラミンゴの言葉に従い背中のジョリーロジャーを晒す。余分な出血を抑える為にナイフを熱していたドフラミンゴが楽しそうに赤々としたそのナイフを俺の背へと突き立てた。
「アッ……ぅぐっ」
自分の肉の焼ける匂いと猛烈な痛みに蹲りそうになる。だがドフラミンゴが傷を付け終わるまで必死に踏ん張って耐えなくてはいけない
(ごめん……ごめんなさい。治してもらったのにまた傷をつけて、俺達のジョリーロジャーを守れなくてごめん)
痛みで零れる涙の裏にアイツらへの謝罪の涙を隠す
数箇所背中に傷をつけたドフラミンゴが俺の背に自分好みのフリルシャツを被せてきた。どうやら仕置は終わりらしい。すぐさまその場で蹲り肩で息をする
「なぁロー、次のプレゼントは何が欲しい?」
俺の血で赤く染っていくシャツを見ながらドフラミンゴのそんなことを尋ねる。なんの事か分からず返答できずにいるとドフラミンゴはさらにこう続けた
「近々また宝飾店に行かなきゃいけねぇ用事が出来たが、もう指輪もブレスレットもネックレスもイヤリングも贈っちまったからなぁ。なぁロー、今度のダイヤはどこに飾りたい?」
切り裂かれあれだけ熱かったはずの背中に悪寒が走る。そのダイヤが何を……いや誰を指すのか嫌でも理解ができてしまった
(何故だ、さっきので及第点は貰えたんじゃなかったのか?楽しかったと答えたからだろうか?それとも心の中で謝っていたのがバレたか?……そもそも“俺があの世界に行ったから”だろうか?)
口が乾き息が詰まる。植え付けられ続けた恐怖心が俺を飲み込もうと重くのしかかってくる
(震えるな!策を巡らせろ。それが本来俺の得意とする所のはずだ。伊達に1年間もここにいた訳じゃない。奴の好みはわかっているはずだ。どうすればドフラミンゴを惹き付けられる。どうすればドフラミンゴの望む俺になれる?)
ドフラミンゴは何も言わない。俺がどんな返事を寄越すのか楽しんでるようだ。奴が痺れを切らす前に急いで考える
(奴が俺に望んだのは自分の右腕になることだった。だがそれはもう望めない。右腕を切り落とした時点で奴は右腕としての俺に見切りをつけている。その次は弟……奴のコンプレックスは家族だ。だからこそそれに固執して俺にも弟であるように望む。だがそれもダメだ。幼児化した俺の記憶からラミを消そうとしたように奴は俺が誰かの“兄”だった事実すらも嫌っている。完全には惹き付けて置けない)
その時ふともう1つの世界で拾った仔犬の姿が思い浮かんだ。ローが1人で探索をしていた時に見つけた仔犬でずっと着いてくるものだから怒られるかもと思いつつ仕方なく船に連れ帰った。クルー達には大人気で、怒られる所かローさんの心が仔犬を気にかけられるくらい回復してくれて嬉しいと号泣されたが……
(ペットは良いかもしれない。飼い主だけに懐き飼い主が与える食事だけを食べ、飼い主の為に芸をみせ、飼い主の為に鳴き、時に飼い主の為に闘う)
これは正しくドフラミンゴの望む形なのではないかと思えた
「ドフィ……」
「何だロー」
ドフラミンゴが楽しそうに俺の言葉に耳を傾ける
「ねぇドフィ……俺、プレゼントよりもドフィに側にいて欲しい。ダイヤを取りに行くってなったらまた暫く出かけちゃうんだろ?」
犬はよく飼い主が出かける時に甘え鳴きをする。真似をしてしょげて見せればドフラミンゴは笑みを深めた
「そう捨てられた仔犬のような顔をするなロー。今回は直ぐに戻るさ」
「俺が嫌だって言ってるのに置いてくの?ドフィの意地悪」
頭を撫でてくる手を取り甘噛みする
「フッフッフ本当に仔犬みたいだぞ?」
「ドフィが望んでくれるならそれもいいなと思って……鳥籠の中に飾られるだけの宝石よりも俺はドフィの役に立ちたい。役に立てない寂しさはあっちで嫌という程感じたからな」
ゴクリと唾を飲む。これで受け入れて貰えなければ全てが終わる
「だからドフィ……俺をあんたのペットにしてくれよ。あんたの敵を噛み砕く牙になって見せる」
「フッフッフッフハハハこりゃいい傑作だロー。そうか俺のペットに……犬になりてぇと望むか。良いだろう。とびきり似合う耳としっぽを用意してやる。それに戦うための爪や牙もな」
「あぁ……立派な忠犬になってみせるさ」
怪鳥から大切なものを守るため……その日俺はこいつと同じ怪物になる決意をした……