忍者のお仕事

忍者のお仕事


「ひふみよいむなや」

「ひふみよいむなや」


 三月の初め。崖にせりだした梅の木が、白い花を散らせて人間を見ていた。

 厳しい北風がようやく暖かみを帯びてきた頃合い。けれど、山の中はまだ冷え込んでいる。小川の水は身を切るほどに冷たいし、草木が花をつけるのはもう少し先だ。霜に焼けて毒々しい色の葉があちらこちらに散見される。国土の七割以上を山地が占める日本においては特段珍しくもない山に、祝詞の音が響いていた。


「ひふみよいむなや、こともちろらね、しきるゆゐつ」

「わぬそをたはくめか、うおゑにさりへて、のますあせえほれけ」

「たまのを、むすびかてめて、よろづよも、みむすびのかみ、みたまふゆらし」


 とある祠の、前である。曰くがあるにしては妙に新しく、ともすれば偽物のようにも見える。つまり、最近壊された祠を修理し、改めて封じているところであった。祝詞とは、家業のための装束をまとった乙夜影汰の発するものであった。

 忍術においても九字切りがあるように、仏教や神道、道教など宗教の影響は様々なものに根強い。忍者の末裔である乙夜がこうして無作法によって開けられた祠の封をしているのも、そうした繋がりによるものだった。


「天(あめ)切る、地(つち)切る、八方(やも)切る」

「天に八違(やちがい)、地に十の文字(ふみ)、秘音(ひめね)」


 祝詞が唱えられるたびに、祠の封は堅牢になっていく。長い年月に緩みかけていた部分を強化するように、慎重に、厳重に、枷を重ねていく。何かが起こっても対処できるようにか、赤、紫、金と三者三様の頭髪を持つ三人も後ろから見ていた。邪魔をすることはもちろん、声を重ねて封を強化しようという気配もない。この三人は全員が海の外にルーツを持つため、この地の封印とは相性が悪いためだった。けれども少なからず関わってしまったため、立ち去るよりは終わりまで見守る方が悪影響は少ないと判断したためだった。


「一(ひとつ)も十々(とおとお)、二(ふたつ)も十々、三(みつ)も十々、四(よつ)も十々、五(いつつ)も十々、六(むつ)も十々」


 封印の儀はおそろしく静かで、丁寧だった。

 それは祠の解放が目も当てられぬほど乱雑だったためでもある。あろうことかなんの儀式もなく封印の札をはがし、閉じられていた戸を開けはなしたのだ。おまけにあちらこちらを破損させ、可能な限り滅茶苦茶にして実害が出てからようやっとしでかした事の大きさに気が付いたのか、命惜しさに逃げ出した。

 始まりが雑だったならばなおさら、終わりは丁寧にしなければならない。無理に祓ってしまうと無作為に災害が降り注ぐ。怒りを鎮めるには年月と祈りが必要なのだ。それは、どれほど大きな力を持っていようと変えられない事実だった。


「ふっ切って放つ、さんびらり」


 忍術は、どちらかと言えば実践的だ。目的のために育まれた形態なのだから当然とも言える。例えば、疲れを感じないために。例えば、対象の目を誤魔化すために。目的のために生み出され、目的のために洗練されてきた。

 けれど。

 忍術のおこり。

 神秘、奇跡の名残もまた、脈々と受け継がれている。遠くにわかたれたものでも、生物の進化のように最適化されつつあっても、それでもなお残るものがある。人によってはそれを、伝承や伝説と呼ぶのかもしれなかった。

 乙夜は今まで組んでいた指を変えて、新たな印を結ぶ。それが終わりの合図だった。

 無知な集団が起こしたオカルトな事案は、こうして幕を閉じたのだ。


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