心音と逃げ場
あの後、ナミによりヘアオイルなどのケアを施され、この島にルフィ達が来た時と比べると格段に艶を取り戻した自分の髪をウタはなんとなく見ていた。
自分の事を褒めるのはどうかと思うが、こうも手を尽くされた結果だと「こんなに自分の髪は綺麗だったのか」と驚くのも無理はなかった。
ナミと共に部屋に戻ると宣言通りルフィはいて自分達に「おかえり」と笑いかけた。この島に来てからはゴードン以外に…それも最近は部屋に篭りがちだった為に久しぶりに聞くその言葉にほんの少しだけ体の芯の様な部分に熱を感じたウタは自分の胸に手を当てつつ「ただいま」と返した。
医務室の椅子にはルフィが座ってたので先程までいたベッドに腰掛けた。
「風呂、気持ちよかったか?」
「…ん」
聞かれた事に素直に頷く。なんとなくだが、先程から意識がふわふわしていた。
湯で体が温まったからか、ナミに甲斐甲斐しく洗われたり髪を乾かされたりしたからだろうか…?もしかしたら両方かも知れない。そんな風に考えていると、部屋に来てから何かしていたナミが手にソレを持って戻って来た。
「それじゃ、今日の分の仕上げといきましょうか」
「?…まだあるの?」
「まぁ今日でなんとかなるとは思えないけど、その隈を少しずつでも消さなきゃね…てなわけで、ハイ」
「わ……?タオル?」
「そうね、あっためたタオルよ。血行が悪くなってるだろうし…はい、寝転んで乗せた乗せた」
トン、とナミが軽く押すだけでウタの体は簡単にベッドに沈んだ。そしてウタはこの辺りで少しマズいと思い始める。
…眠い。
久しぶりにあれほど眠ったはずなのにとウタは思っているが、たった一度の睡眠で今までの睡眠不足を取り戻せるわけではないのは当たり前であった。
「まって…」
「んー?」
「な、んか…眠いから…やだ…」
意識がふわふわする正体が分かったとはいえ流石に眠るわけにはいかない。眠りたくない。また悪夢を見るに決まってる。
「あら…割とリラックスしてもらえたみたいで……ただ、どうしよう…あんまり薬を何度も飲むわけいかないし…その隈も、私としてはほっとけないし…」
「ぅ…」
ナミに目元の隈を親指で撫でられるウタは本当に眠そうであり、本来ならそのまま眠ればいいと気軽に言えるが…今の彼女には例外だろう。深く眠らせる薬もそう何度も投与するわけにはいかないのはチョッパーから聞いているナミはどうしたものかと悩んでいると
「おれがチョッパーに相談してくる。ちょっと待っててくれ」
「ぇ、ぁ……」
そう言って立ち上がるルフィが部屋の出口へ向かうのが、ウタには異様にゆっくりに見えた。
自分をおいていく、麦わら帽子を被った…後ろ姿…
「ッ!!」
「ぅわっ!?…ど、どうしたウタ?」
気が付いたら立ち上がり、その背を掴む。本当は「待って」と「置いていかないで」と言いたいが…ひゅ…と空気が漏れるだけだった。ルフィはというと、少しつんのめったが相手がウタと分かり、事情を聞こうとする…が
「…ぁ、その……ぅ…」
やらかした。とでも言いたげに目を逸らしている本人からしても、無意識が強い行動であったこと。そして事情を言いたくない気持ちでウタは口を開けては、閉じるを繰り返す。しかしその手は震えながらも、離したくないと言う様にしっかりとルフィの服を掴んだままだった。
「んー、よし!!ナミ、ナミがチョッパーに聞いて来てくれ!!」
「了解。また後でね、ウタ」
「ぁ…う、ん……ありがとう」
小さな声ではあったが聞こえた様で、「どういたしまして」と笑ってナミは出ていった。残ったルフィとウタの間には少しの間沈黙が流れていたが、やがてルフィが掴んでいたウタの手を握り返して共にベッドに腰掛けた。
「大丈夫か?」
「うん。ごめん…言えないことばかりで」
「いいよ。無理すんな……とりあえず、ホイッ!!」
「うわっ!?」
急に視界が塞がれて驚くが、すぐにそれの熱に気付いて何か分かった。先程慌てて立ち上がった時に放り出した蒸しタオルだ。まだあたたかいソレは、感情が揺れて眠気が少しは飛んだ今、気持ちを落ち着かせるのにとてもちょうど良かった。
ルフィから受け取ってそのままおさえる。視界が暗くて、何も見えない状態に、なんとなく安心はする。だが油断は出来ない。
「…寝たくない」
「そんなに怖ェ夢なのか?」
「怖いよ……でも、起きてても…見えちゃうし、こうして目を隠しても…聞こえる」
ぽつりぽつりと選ぶ様に話す。
悪夢を見る事は心をヤスリにでもかける様に容赦なく削っていくから眠らない様に神経を尖らせる。そしてまた摩耗する。眠らない為に更に加速する……それが、良くないループである事は頭が悪いわけではないから分かってはいるのにダメだったのだ。
いつの間にか現実にまで現れる様になったそれから逃げたくて外にも出れない。追い込まれている自覚はあれど、追い込まれているから何も出来なかった。
「…やだなァ……っ」
ああ、タオルで目を覆っていてよかった。声はともかく、目から流れる物は隠せてるから。
この罰を受けるだけの事をしたとは思うのに…嫌だ、やめてと幻覚や幻聴に襲われる度に声に出る。そんな私だから、こうして逃げ場もなくなったんだ。自業自得だ。
そうして自分を責めているといきなり両耳に何かが触れて驚いて肩が跳ねた。少しタオルをずらすと近くにルフィの顔がある。
「えっ、な、なに…?」
「これで少しは聞こえなくなったりとかしないか?」
少しこもったルフィの声が聞こえる。「いや結構聞こえるけど…」と無粋な事をいう前に恐る恐る手を伸ばすと、彼の手のひらが耳を覆っていた。
「おれの仲間はすげえ奴ばっかりだ。きっとウタも元気になるからよ!!心配すんな!!ニシシッ」
「…アンタの仲間、だもんね……ナミと、ロビンさんと…チョッパー、くんしか会ってないけど…優しいなって、分かるよ」
温い手のひらからトクトクと音がする。人の心音が落ち着くと聞いたのはどこだったか…眠気がトロトロと呼び戻されて、また不安になってきたけど…先程と比べればうんとマシだった。
「…また眠くなってきた」
「寝たらどうだ?」
「まだ怖いから、やだ…」
「そっか…じゃあ、少し話していよう!!冒険の話も途中だったしな!!」
こうして、少しでも自分の要望を言ってくれるだけルフィは嬉しかった。今はこれくらいでいい。いつか、昔みたいな我儘で振り回してきたとしてもそれが元気になった証なら…