御まとめだあっ4

御まとめだあっ4


「なあシェオル、思ってるよりも戦争って少ないんだな、俺はてっきりもっと多いもんかと。」

 現実に引き戻された、そういえば魔法学について教えるタイミングだったな。魔法学は運命に組み込まれていないから未来予知はできないし最適解を出すことはできない、なぜなら魔法について考えることもまた魔法を使うことほどではないが間違いなく運命から外れる行動だからだ。

 厳密には今は歴史から日本語を学んでいる最中だが、歴史の中の戦争という分野では魔法について語らざるを得ない。というか今は飯の時間だろうに、どうしてニムロデは飯も食わずに勉強できるんだ?あっこいつ昨日の魔王軍のフェアリーを腹に入れたまんまにしてやがる!

 そういえば夢で見た時もこいつは一度も食事をせずに勉強をしていた、そういうことか、俺は王族だから気合いで空腹に耐えてるのかと思ったぞ。王族は1ヶ月は飲まず食わずで全力疾走していても生きていられるから王族基準で考えてしまっていたが獣人は3日も全力疾走することはできないらしかったはずだ。

 まあいい、今はこいつの道徳観とかはどうでもいい、確かに食わずに勉強できるのは良いから今は勉強に集中しよう。人間を食うのは本当にどうかと思うけど、一旦置いておこう、後で絶対に問いただすが、一旦置いておこう。

 一旦置いておいて、今は戦争の話をしよう。

「当たり前だろ、戦争なんて運命の通りに物事が進んでいたなら普通は起こらない。」

「じゃあどうして魔王軍とはこんなに戦争してるんだよ、戦争が少ないと思ったら国同士の戦争は少ないのに魔王軍との戦争は別枠で書いてあってメチャクチャ多いじゃねぇか。」

「そりゃ魔王は本来の運命通りに物事が進んでいたら生まれない存在だからな。」

「そうなのか?というか運命って絶対的なものって俺は聞いていたけど。」

「あー三聖書にはそう書いてるな、実際に運命は絶対的なものとして作られた。その後に魔法が生まれた、魔法は運命を変えることができる。」

「全能の人か?絶対の物を覆せるのは全能だけだろ?」

「そうだ、厳密には運命の絶対性は覆っていないがな。」

「魔法で運命は変えられるんだろ?絶対じゃなくなってんじゃん。」

「運命の本質は全ての人が幸福に善く生きることだ、その部分は魔法が生まれた後も変わっていない。運命は魔法で変えられても時間をかけて修正される。」

「あー奇跡で魔法を打ち消すってやつだな?」

「そうじゃない、それは個々人が即効的に運命を修正する方法だ。俺が言ってるのは時間をかけて世界が運命を修正する方法だ。」

「運命に組み込まれるってやつか?獣が獣人になって真人間になるってやつ。」

「それもある、この世の全ての物は運命によって干渉されているが人に近くなるほどに干渉される力が強くなる、仮に魔法で作られた物や魔法に干渉された物であっても本当に微弱ではあるが運命に干渉され導かれている、運命に干渉されないのは勇者だけだ。そうやって運命による干渉の強弱で本来の流れに少しずつ戻していくことも修正の一つだな。」

「勇者って魔法を浴びすぎたり魔法を使いすぎた人がなるやつだろ?そんなヤバいものだったのかよ、でも魔王を倒せる唯一の存在とも聞いたぞ。どういうことだ?」

「魔王が世界による運命の修正の形の中でも最も大きく影響のある運命の修正だからだよ。魔王は魔王に関わるあらゆる運命を悪へと導く存在だ、それは人類が魔法を使い続けたツケであり全ての人間に平等に降り注ぐ不幸であり、遠い未来での幸福だ。魔王が生まれることで大きく運命が修正される、いや、運命を大きく修正する時に魔王が生まれるか、とにかく魔王こそが運命の修正点なんだ。」

「へー、よく分からないけど魔王は悪いやつってことだな!」

「違う。魔法が悪でないように魔王も悪じゃない、ただ魔王と関わる全ての運命が悪に繋がるだけだ、魔王と関わる全てが悪だが魔王だけは悪じゃない。」

「難しいな、悪人に囲まれてるならそいつらは悪党なんじゃねぇか?んで悪党の中心にいるならそいつは大悪党じゃねぇか?魔王は諸悪の根源なんだろ?」

「魔王から生まれる運命が全て悪に繋がるのではなく魔王と関わる運命が全て悪に繋がるんだ、魔王は諸悪の根源じゃない、むしろ諸悪の末梢であり終着点だ。全ての悪を表面化させるだけと言っても良い。」

「悪いな、わっかんねぇわ。なあ魔王は魔法で運命が変わりすぎた時に生まれるんだよな?そんで魔王が生まれると運命が修正される、ここまではいい。どうして運命が修正されると全ての運命が悪になるんだ?」

「魔法ってのはただの人がやることだからな、そんなもんで運命に干渉するってことは絶対にどっかに歪みが生まれる、全能の人は運命をそう作った、干渉された運命は歪みが生まれるようにな。全能の人なら運命に歪みを生じさせずに運命に干渉することもできたが、全能の人はしなかった。」

「ふーん何というか皮肉な話だな、それも運命に操られた結果なんだろ?」

「ああ、そうなんだろうな。最初の運命は全能の人にとって完全な物だったし全善の人にとっては嬉しいが少し寂しい物だったし全知の人にとっては背信的な偽物ではあるが許容できるものだった、だが全能の人によって変わった運命は全能の人にとって許容できる物で全善の人にとって完全な物になった。」

「そこら辺はいい、だって痴情のもつれなんて面白くないし勉強にはならんだろ。知識として必要なもんだけ教えてくれ。」

「俺はお前のために三聖書の話と絡めたんだぞ。お前は普公語の三聖書は知ってるだろうが日本語の三聖書は知らねえだろ?日本語で三聖書の内容をだいたい理解できるなら日本語を喋れるようになったと言っても良いと俺は思うぞ。」

「子供は三聖書で言葉を覚えるもんなぁ、でも俺は自分の知らないことを知りたいよ。何も知らない子供じゃねぇんだ。分からなくても知りたい、いつか分かるようになるかもしれないじゃん?」

「分かるぞ、その気持ち、共感はできないがな。王族や貴族は分からないことの方が少ない、だから分からないけど覚えているという経験はない、だが気持ちは分かるぞ。経験がなくても脳内でシミュレートして完全に体験できるからな。」

「分かってんのかなぁ?それって偽物の体験だろ?だから経験はできないけど体験はできるって言い方をしたわけだ、つまり分かってないって自覚してるんじゃないか?」

「偽物でもそれで十分だ、十分じゃないならシミュレートなんてそもそもしようとしない、しようと思わない、じゃなきゃ最善の行動じゃなくなってしまうだろ?俺は昨日、城の外の世界を知りたいと思った、シミュレーションじゃわからないことがあるから俺は実際に外に出てお前と出会えた。つまり本物が必要なら本物を使うってことだ、本物でも偽物でも変わらない程度に分かることができるものは偽物で十分なんだよ。」

「確かにその方が時間を無駄にせずに多くのことを知れるのかもしれないし疲れないのかもしれないけど、実際の経験の人生への影響は大きいぞ。俺は何度も魔王軍を殺す妄想をしていたが、実際に殺してみて、二度としたくないって思った。」

「じゃあ偽物の方がいいな、俺が直接的に人を殺さなくてよかった、そうしたら人を殺せなくなってしまったかもしれない。王族には義務がある、人を殺す選択でも、それが最善なら実行する義務が。本物よりも優れた偽物だって存在するさ、ムキになるな。お前が教会の人間を本物の家族として受け入れたことを否定しているわけじゃない、ずっと偽物の家族だって思ってたことを後悔しているから『偽物』という言葉に反発しているんだろう?」

「そんなんじゃねぇ!」

「そんなんじゃねぇ!いや、言語化するとそうなっちまうのかもしれないけど、そうじゃねぇんだ。教会の家族と本当の家族って言葉にできなかった想像できない枠組みがあって二つとも大事なんだけど、その二つの間に明確に壁があったのが、無くなったような感じだ。お前の言ってることは客観的に正しい、でも違う、感情が拒否する、俺は偽物なんて思ったことはなかった、思ったとしても即座に否定して忘れようとしてた、だから思ったことはなかった。」

「そうか。まあ偽物でも本物のような偽物はある、全能の人が作った運命がそうだ。あれは偽物の運命だ、全知の人は最後まで運命を擬運命と呼んでいたそうだ。でも本物の運命は擬運命ほど実感できないから世間一般では擬運命こそが運命と呼ばれるようになった、全知の人なら本物の運命を実感できるんだろうが普通の人間には無理なんだろうな。」

「俺は本当の運命を信じられる気がするぜ、だって今めっちゃ気分がいいからな。」

「そうだよな、人間ってのは満たされている時ほど神の存在を信じられるものだ。」

「貧すれば鈍するってやつだな、人は苦しい状況にあるほど人を疑い神を疑い愛を疑い人を愛せなくなる。」

「そうだな。そうなのか?」

「は?」

「お前が、獣人が言ったから疑問に感じて考えるということができた。獣人の言葉に絶対はないから疑問を覚えれた。」

「いや勝手に先走るなよ、何を言ってるか分かんねぇよ。」

「お前は普遍的な概念を語った、たぶん貴族や王族でも同じようなことを語るだろう。もし貴族や王族が同じことを言ったなら俺は違和感を感じなかった、ニムロデだから、お前だから、君だから違和感を覚えられたんだ。」

「バカにしてるのか?獣人の言葉が信じられないって?」

「いいや違う、獣人は問題提訴のために必要不可欠な存在だ、間違いない。もっと早く獣人を積極的に城に入れるべきだった、いや、このタイミングだから良かったのか?魔王軍が猛威を振るうこの時代だから……。」

「必要って言ってくれるのは嬉しいんだけど、本当に話が見えてこねぇ。」

「なあニムロデは獣人連邦は知ってるよな?」

「急に話が飛んだな、魔王軍の本拠地だろ?あそこら辺に魔王がいるんじゃないかって噂の。」

「獣人連邦では教和国の教えが心に響かないんだ、だから極端に獣人が多く獣に戻ってしまう人もいるほどだ。なぜだと思う?」

「貧乏なんじゃねぇの?」

「それが意外と裕福なんだ、獣人の労働力をフルに活用して森を切り開き田畑を耕してるから食料は豊富にあるし畜産も盛んで飢えた人間は1人もいないと言われるほどに。」

「でも俺は蛮族の国だって聞いたぜ、会話が通じない神の存在を知らない獣未満の未開人が殺し合いをし続けてる地上の地獄だと。」

「それも事実だ、連邦の人間は強力な信仰心を持ってはいるが神のことを知らなさすぎるから真人間に至れる人間がいないんだよ。」

「信仰心が強いのに神のことについて知らねーのか?」

「ああ、神を超自然的な存在だと思ってる。」

「そりゃ当然だろ?」

「そうじゃない、超自然的な存在なら神なんだ。」

「は?」

「獣人連邦の住民のほとんどが魔法を使えない、魔法が使えるだけで神として崇められるそうだ。」

「いやそれはおかしいだろ、魔法が使えるだけの単なる人間だろ?」

「神という言葉の意味が違うんだろうな、普公語と日本語で神という言葉の意味は同じでも発音は違うだろ?それみたいな感じだ、獣人連邦でも普公語の神と同じ発音だが意味が違う。」

「それが神を超自然的な存在だろ思ってるってことか……いや意味が分かんねぇわ。頭がおかしいんじゃねぇか?そいつら。」

「いや正気だよ、正気でそういう形で信仰している。だから獣人連邦には真人間がほとんどいないんだ、信仰の根底が間違っているから真人間に至れる人間は少なく超自然的な存在がかなり少ない。」

「だからって単に力を持ってるだけで神なわけねえだろ!神は世界を作ったんだぞ!原初の三人を作った存在なんだぞ!」

「獣人連邦にも似たような神話がある、超自然的な神と呼ばれる存在が世界を作る話だ。」

「じゃあどうしてだよ!?本当に意味がわからねぇ!神がこの世界を作ったからこの世界はこんなにも素晴らしいのに、それ以外の存在を神と呼ぶなんて神への冒涜だ!背信行為だ!そんな奴らの信仰が強いわけがない!」

「彼らにとって神は必ずしも善い存在ではないんだよ。」

「は?」

「調査員の調べによればその神話には全知全能の神と呼ばれる存在はいても全善の神と呼ばれる存在はいなかったそうだ、調査員は貴族だから必要な情報は全て集めてきたことだろう。」

「神は全知全能全善なる無限にして無償の愛だ!シェオルの言ってることの意味が……意味がわからねえ!」

「神は全知全能全善なる無限にして無償の愛だ!シェオルの言ってることの意味が……意味がわからねえ!どういうことなんだよ!実はそいつらって人間じゃねぇだろ!?人間の形をして人並みの知性を持っただけの畜生だ!なあ!そうだろ!?群れを作る畜生は多いもんな!善くない神なんて人間の発想じゃねぇもん!ありえねえって!全てに対する冒涜だぞ!?全善である神が世界の全てを作ったから世界に存在する全ては善い存在なのに、そいつらは全てを冒涜している!あっ分かった!嘘なんだろ?俺を驚かせるために言った嘘なんだよな?俺らが打ち解けるために言ったジョークで事実じゃないんだろ?」

「いや事実だ、事実なんだよ。そして彼らも間違いなく人間だ。」

「そんな卑屈で世界を憎んでるような考えを持った人間がいてたまるかよ!」

「もう一度言う、事実だ。それに、言うほどあり得ない存在じゃない。ニムロデ、お前にとっての獣人連邦の人間が、王族や貴族にとってのお前ら庶民なんだよ。」

「はあ?馬鹿にしてんじゃねぇ!」

「してない、俺らにとってそれだけ程度の低い存在に見えるってことなんだよ、だから貴族と庶民は切り離されて暮らしているだろ?」

「俺らは!俺らは貴族や王族に劣ってるなんて一度も思ったことはねえ!」

「獣人連邦の人達だってそうさ、彼らは自分が間違っているなんて思っていないんだ。」

「そりゃ、そうだろうけどよ……だって……許せねえだろうが!」

「赦せ、そして許すんだ。そうじゃなきゃニムロデの望む貴族と庶民の融和なんて夢のまた夢になってしまうぞ。」

「俺は……まず魔王軍と仲良くすることにするわ。だからそれまでお前らとは仲良くしなくてもいいんじゃないか?」

「魔王軍のほとんどが獣人連邦の貧民層だ、そして獣人連邦の人間は貧民層の方が運命強度が高いということが調査でわかっている。」

「どっちにしろ赦さねえといけねえ、ってことかよ。つか貧乏人の方が正しい信仰心と信仰の形を持ってるってことか?俺らの常識と真逆じゃねぇかよ。」

「だがそうじゃない、俺も不思議だったが、ついさっき理解できたんだ。同じなんだよ、どんな人も貧すれば鈍する、飢えるほどに信仰心を失い神を信じられなくなる。獣人連邦で神を信じないということは、超自然的なだけの存在を神と認めないということだ。分かるだろ?それが正しい信仰だ。」

「そうかよ、いや、そうだな。そいつらも正しい信仰を持てるんだよな。赦すよ、そういう世界で生まれてしまったなら赦すよ、過去のことだ責めはしない。でも許せねぇわ、許可はできねぇ、正しい信仰を知ってて認めないのは許せねぇ。」

「俺たちは許しているぞ?お前の|教会《いえ》で教えていたことは間違っていたが、俺は赦すし許した。貴族たちが本気になれば国内全ての思想を統一することなど容易だ、だが絶対にそんなことはしない。意味はわかるか?」

「善くないことってのは知ってるよ!でも、感情が許せねぇんだよ!」

「だろうな、獣人じゃあな、その程度だ。やっぱりやめようかな、獣人を城に入れるの。お前らは俺たちの予想を下回ることはあっても上回ることはないのかもな。さっきの気付きだって緊急性のあるものじゃなかったからニムロデがいなくても本当に必要な時にどうせ思い付いただろうからな。」

「そうかよ!じゃあそうしろよ!」

「えっ?」

 ニムロデは図書室を出て行った。おかしい、ニムロデの反抗心はあんなもんじゃないはずだ、魔法のせいか?魔法について学んでいるせいでニムロデは挑発に負けて勉強から逃げ出してしまったのか?やっぱり獣人だから運命に導かれる力が弱かったのか?

 思っていた通りに物事が進まない……魔法の影響というのはここまで大きものなのか、もし仮に魔法の影響がなかったのならどうなっていたのか考えてみよう。

 最も大きな影響を与えていた魔法の産物はニムロデの腹の中にある魔王軍の死体だろう。そういえばあの魔王軍は死ぬ前にドラゴンに成るだのと言っていたな、きっと魔法で自身の体を変形させて人間の姿形からかけ離れて運命によって導かれなくなり魔法を使えなくなっただろうから中途半端で醜く歪な骨格となってそうだ。

 折羽ガエルは鳥の死体を時間をかけて骨を残して消化する、つまりニムロデの腹の中には針山のような骨が常にチクチクと胃を刺していたのだ。なるほど、それはイライラするはずだ。

 そういえば折羽ガエルが吐いた鳥の骨は丸められて棘が少ない形になっていたな、記憶している。父上が先日『貴族で完全記憶能力を持ってないやつは落ちこぼれ』と言っていたが厳密には違う、あの時の父上の発言は一般の貴族でも王族でもない人間のフリをしていたからな。一般的に王族や貴族には完全記憶能力があると思われがちだが実際はない、必要な時に必要な情報を思い出せるだけだ。

 折羽ガエルは鳥の骨を砕かずに胃袋の中で丸めているので鳥の骨が割れた時に尖りやすいというのを上手くカバーしていたのだな、鳥を飲み込む時も胃袋をゆっくりと出して必要以上に骨を折らぬように気を付けていたのだ。そう考えるとニムロデがやったように相手を押し潰すように勢いよく胃袋を吐き出すのは本来の用途ではないのだろう。

 あの時にニムロデは結構な量の土も一緒に飲み込んでいた、強靭な獣人の胃袋とはいえ気分が悪くなるのは仕方がないのかもしれない。胃袋の洗浄をさせた方が良かったか?いや、さっきまでは考えることも思いつくことも無かったが、人を殺してしまった贖罪として相手を食べるというのは心の整理の仕方として悪くないものなのかもしれない。

 さっきまでの俺は人を食うという異常行動に対してただ混乱していてニムロデの気持ちを考えていなかった、きっとそれは魔法による影響で運命の力が弱くなっていたのだろう。俺たちは賢くはない、貴族も王族も脳の大きさで言えば体格の良い獣人の方が大きいぐらいだ、だが研究者として探究者として開発者として芸術家として学者として……、思考がまとまらないな、運命に導かれる力が弱ければ王族とてこの程度か。

 とにかく知的労働階級としては貴族や王族の方が優秀だ、それは思考が運命に導かれるからだ、新しい何かを発見したり発明したりするのに運が味方をする。王族が原子を見つけた、ペニシリンを見つけた、核融合を見つけた。貴族が海を渡る|術《すべ》を見つけた、油や炭や火薬の扱い方を見つけた、電気を有効活用する方法を見つけた。

 そうだ、今の俺ならニムロデの気持ちを理解できるはずだ、俺の挑発にどれだけ腹を立てたのか分かるはずだ。……どうして俺はあの時にあんな挑発をした?少しからかって反骨心を高めてやろうなんて、どうして考えた?

ああ、そうかニムロデだけじゃなくて俺もまたイライラしていたのだ。どうして俺はイライラしていたのだろう、ニムロデの腹の中にある物に混乱されたからか?いや……?

 おや、そろそろ食事の時間だ。ちょうど腹が減ってきた、これも魔法の影響だろう。完全に運命に導かれている状態なら体内の栄養を効率よく消費できるから飲まず食わずでも1週間は腹が減らない、王族なら1ヶ月だ。さて食堂に食いに行くか。

 にしても本当にどうして俺はイライラしていたのだろう。やっぱり魔法の影響か、聖霊で魔法の影響を打ち消すのもいいが……、いや、自分で考えよう。これは今までにない貴重な経験だ、運命に導かれていないと人間はこんなに愚かになると知れてよかった。もし勇者が城に現れたりしたらまともに会話すら、思考すらできないかもしれない。まあ勇者なんて聖霊を使えば一瞬で消滅させられるから勇者が現れたら迷わずに聖霊を使うと決めておけばいいだろう。

 迷わずに聖霊を使う?そんなこと運命に導かれていない俺ができるのか?今この魔法の影響を打ち消すことすら迷っている俺に勇者を殺す判断を瞬間的にすることができるのか?というか聖霊をすぐに使わないという判断が魔法による影響じゃないか?運命によって導かれているなら即座に聖霊を使って魔法の影響を打ち消すはずだ、その方が善いと俺は思ってるのに、どうして実行できない?一度決めてしまったことを変えることが本当に最善であるか分からない、最善だと断言できるなら行動できるはずだ、俺は王族なんだから。

 そもそも現状で最善の行動が分かってないことが異常なんじゃないか?魔法の影響で最善の行動が何か分からなくなっているんじゃないか?いや、こうやって迷っている時間が大事なんだ、次に同じような状況になった時にもっと早く思考できるはずだ、そのために。

「今は食事だな!いただきます!」

 食堂には俺しかいない、料理は用意されているが貴族達は公務に忙しく食事は週に1度程度になっている者もいるらしい。父上は毎日3食しっかり食べる人だが、どうやら今日は城の外で食べるようだ。姉上も城に帰ってきていないし他の貴族達は仕事で忙しいようだ。

 いつも通りの1人の食事だ。手が泥や血で少し汚れているな。

 手洗い用の清めの瓶かめにフィンガーボールを入れる。中に入ってるのはノンアルコールワインだ。

 真人間は善く生きる限り病気にはならない、貴族ならどれだけ不衛生な環境下でも体調を崩さず、王族なら病原体を直接注射しても感染しない。それ故に貴族や王族が手を洗う行為は握手をしたり触れ合った相手をバカにする差別的な唾棄すべき作法とされている。だから清めの瓶には綺麗な水の代わりにワインが注がれている。食事の始めに手を洗うためのフィンガーボールの中身を口を付けて飲むことで手を洗わないことを示すのが作法だ。

 もちろん食器を使って食事をするから手は汚れていてもそんなに問題はない、臭いのあるもので手が汚れている時は少し嫌な気分になるけど、今日は血と泥だけだから大丈夫だ。いや、姉上がウンコをぶつけてくることがよくあるからウンコの臭いがする状況の食事よりマシだと考えてしまっているが血の臭いも普通に嫌だな。泥はどうだろう、臭いは大丈夫だが乾いた泥が土になってボロボロと下に落ちるから味に影響するかもしれないな、まあ乾いたウンコよりはマシだけど、少しだけ嫌かもしれない。

 ノンアルコールワインの味は食前酒として適した少し苦味のあるサッパリとした味わい。苦味は対照的な味である甘味と旨味を強調してくれる、だが苦味が口の中に長く残ると他の味を邪魔するからサッパリしているのがいい。フィンガーボールは本来は飲み物を入れるための器じゃないから持ちにくく中の液体は飲みにくく飲み切るのに時間がかかる、しかし口の中に長く滞在されてもクドイと感じない薄い味だから不快じゃない。胃が食事を食事をする準備をするのを感じる。

 食堂に用意される料理はシェフが気まぐれに量も内容も決める、運命に導かれるからそれが最適な量と内容になるのだ。俺の前にはハンバーグが置いてあった、最初に食うにしては大きすぎるが、空腹であるという事実を鑑みると腹にガツンとくるこれを食べたかった、待っていたのだ、そんな気分になっている。

 フォークで刺すと質感が伝わってくる、ナイフで切ると肉汁が出る。フォークで刺した感じは硬い、と言ってもハンバーグとしては、という意味であって食べ物全体で見れば柔らかいのだろうが、ハンバーグにしては硬い。硬いハンバーグというはパサパサしているから確かに最初に食うにはいいのかもしれない、そう思ってナイフを当てたら肉汁だ。これはメインだ、最初から満足感を与えてくる身の詰まった肉汁ハンバーグを出してきた。そうでなくては、と思う。食事中であるにもかかわらず食欲が湧いてくる、既に空腹なのに腹が減る。

 来い、肉!うまい。

 一口目から重い、重い一撃で食欲を沈めてくる。殴られた食欲は負けじと存在感を際立たせ胃が空白を主張する。二口目、三口目、連続で食うには動作が多いのがハンバーグ、二口目を食べるために、刺して、切って、口に運ぶ、この3つの動作が必要だ。だから二口目を口に入れてすぐに三口目にフォークを刺している、刺してしまっている、今のハンバーグを食いながら次のハンバーグを食べる準備を始めている。

 二口目を食った時は、一口目と比べると衝撃は弱い、味もくどい。だからこそ美味さを理解できる、旨味の中に酸味がある、ただ強い味で殴ってるんじゃない、鋭い酸味で蹴ってきてもいる。クドイと思ったはずだ、思ったはずなのに三口目を切り分けている、このハンバーグは少し大きめであと四口はイケるだろう、つまり全部で七口の大きいハンバーグだ。見ているだけで空腹が満たされていないのに食欲は満たされていく、飢えていない、ただ空腹なだけだ、楽しい、楽しい満たされた食事だ。

 三口目、同じ味、美味い。同じ味だからこそ美味いのだ、だからこそ胃が満たされる、だからこそ意が満たされる、善くあれる心持ちになれる。求めていたものが与えられたのだ、嬉しくないはずがない嬉しくないはずがないのだが、口直しがしたい。欲しいものだけを得たとしても満たされないのだ、肉だけ食べていれば腹は満たされるだろう、だが心は満たされないのだ、人はパンのみに生きるにあらず。栄養バランスなどが気になって安心して食事ができないし罪悪感がある。


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