御まとめだあっ2

御まとめだあっ2


 シスターの黒目がちな兎らしい目が強く俺の方を見ていた、シスターの手を振り払って教会のドアを背にした俺の方を。

 「シスター!警察は見つからなかったけど貧乏騎士家の三男坊のリームさんを連れてきたよ!」という声とともに教会のドアが開かれて、俺はドアに押しどかされて、ニムロデ君が開かれたドアから入ってきた。

 俺は開くドアに押されて前転して教会の隅に移動した。その時に窓の外でプラネタが折羽ガエルを持って教会の庭をウロウロしてるのが見えた。何をやっているんだあの迷える子羊は?

「この人いつも遊んでくれる良い人なんだ!しかも意外と強いんだよ!」

「えっニムロデくん!?」

「どうも、この教会の子供達に良くしてもらってる貧乏騎士の三男坊のゲエンナ・リームです。」

 俺は目を疑った。父上が教会に入ってきていたのだ。つまりこの国の国王であるゲヘンナ・リウムが入って来たのだ。

「えっえっえっ王の運命!?」

「おおっこれは信心深いシスターだこんなにも早く運命を読み取るなんて、どうですか?城に来ませんか?」

「は?城?」「ちょっと静かに!ニムロデ君!」「即答できないなら要らないな、優秀ではあるが頭の回転が遅い、この程度は間に合ってる」「父上!?」「そうだった!?こっちも王族だった!」「シェオル!?」「お前って王族なの!?」「お……王様が……」「「「どうしてここに!?」」」

騒がしかったら子供達も気になったのだろう、奥に押し込めた子供達が再び、すわっと出てきた。

「リームさんだ!」「リームって王族だったの!?」「あの子王族だったの!?」「すごい!すごい!」「本物なの!」「リームって真人間だったんだ……」「だらしないから絶対に獣が混じってると思ってたよね」「そんなに運がいいようにも見えなかったよね」「強盗のこととかもうどうでも良くなってきた……」「今日いろいろありすぎだって!」「先生?どうしたの目を瞑って」「ああ!庭に強盗が!」「ほっとけ!」「どうでもいいだろ!それより王様だ!」「媚びを売ろう!」「強盗なんてスラム街じゃ日常茶飯事だもん」「自己紹介しながら強盗しようとする強盗は珍しかったけどね」「リーム様!今までの御無礼をお許しください!」「この前ハナクソ付けてゴメン」「この前うんこ投げてごめん」「この前カンチョー合戦したのは謝らない、リームが先にやり始めたことだからな」喧騒、喧騒、喧騒。

 「待って!それよりもニムロデ君!顔をちゃんと見せて!」とシスターが言ってピシャリと喧騒は止んだ。

「な……なんだよ?シスター。」

 シスターが目頭を押さえてニムロデに近付く。信仰心が足りてないから体力を消耗するのだろうな。運命を教会で教えてもらうには本来ならばコップ一杯の金貨が必要だ、教会が成立した時は天文学的な値段だったがインフレが進み今じゃ金持ちなら、いや金持ちじゃなくたって節制をすれば払える額になった。運命をもっと知りたいなら樽一杯の星の花、それよりもっともっと知りたいなら教会一杯の太陽の種が必要だ、どちらも今でも天文学的な数字だ。それだけ運命を知るということには重い責任がのしかかるのだ。

「やっぱり……大騎士の運命だ。主君を100度以上守ることが運命付けられている大騎士の運命だ!」

「本当か!?ニムロデ!お前は騎士学校に通え!泥合戦をした時に顔に泥を塗ったことをチャラにしてやる!お前の家族も騎士家として貴族に取り立ててやる!あっお前に家族は居なかったな。」

「居るさ!」

「えっ?」

「この教会の人間!みんなが俺の家族だ!」

「なんだって!?じゃあ父上はこの教会の人間全員を貴族として取り立てるって言うのかい?なんて太っ腹なんだ!さすがは父上!本物の王だ!」


「何を言っているんだシェオル!?そんな金はどこにあるんだ!王様だからって金は無限にあるわけじゃないんだぞ!貴族として20人以上の人間を養える金なんて……」

「王子ーーー!大変だよ!」

 父上のありがたい言葉を遮るようにプラネタが教会の窓を突き破って乱入してきた。

「何やってんだプラネタァ!」

「あっガラスは大丈夫!羊毛で刺さらないから!」

「そうじゃねぇ!」

「ガラスなんて気にしてられないぐらい凄いものを見つけたの!」

「今ちょうど父上が話してるとことだったんだぞ!俺に金の大切さを説きつつ金の使い方を実演してくれようとしてたんだぞ!」

「どんな解釈してんだシェオル!俺はそんなこと思ってねえ!プラネタとかいうやつ!お前はもっと話を引っ掻き回して|有耶無耶《ウヤムヤ》にしろ!」

「ええっ国王様!?」

「プラネタとやら!話を続けろと言っている!俺の話を有耶無耶にするんだ!」

「えっはいっ!庭に……」

「庭だな!」

 父上は椅子を持ち上げて窓を破壊した。椅子を振り回し完全に窓枠のガラスまで完全に砕いて椅子を投げ捨てた。

 「そもそも窓から出る必要ないじゃん!最悪だ……」そう言って父上は表の扉から庭に出た。

 俺は父上を追いかけようとして気が付く。教会のみんながガラスがそこら中に散らばっていて安易に動くことができなくなっている。そうかこれが目的で父上は窓をわざわざ割ったのか!?

 俺は庭とは反対側の窓を割って破って外に出た。空には綺麗な星空が広がっていた。そうかもう夜か、破ったガラスが星空の光を反射して綺麗だ。心が癒されるな。

 星というのはとても長い根を張る植物だ、その根は白熱していて夜には地上から見ることができる。白熱しているから空の氷を溶かして根を張り地上に雨を降らせられるのだ。つまり星の数がその国に降る雨の量に直結するのだ。星は根が水中にある時に、その根から花を咲かせ水の流れで花粉を運び繁殖する、空の氷の中で水たまりを見つけ種を実らせる。地上に星の種が落ちてくることはとても稀で歴史ある我が国にも星の種は片手の指で数えられるほどしかない。

 原初の3人の血を引く四の王国と一の|教和国《きょうわこく》、その四の王国が一つであるリウム王国でその程度なのだ。樽一杯の星の花など正しく天文学的な数字だ。星の種は宝石として装飾品に重宝されており父上の王冠に我が国の全ての星の種がガラスに包まれ埋め込まれている。直径4cmほどの大きさで常に淡く発光していてほんのり暖かくカッコイイのに父上はあまり王冠を被りたがらない、装飾が豪華すぎるそうだ。

 星の種は氷に触れると発芽し四方八方に星の根を伸ばし何もかもを破壊し尽くす、星の中心地の気度は3000℃から4000℃にもなり星の根は高速で伸び触れる物全てを焼き溶かす、氷点下未満の限りなく絶対零度に近い空の氷の中なら周囲の氷を少し溶かし小さな芽を出すスペースを作る程度だが地上では根を伸ばせるスペースが膨大にあるので根を伸ばし続け栄養を補給できずに枯れて水に還ってしまう。大抵の星の種は地上に落ちてくる前に雲の氷の粒などに触れて発芽して雲に住む鳥に食べられたり伸ばした根が空の氷に突き刺さって地上から見上げれば見れる星になったりするが、発芽する前に鳥に食べられた種がフンに混じって地上に落ちてきたり複数の星の種と一緒に落ちたことで流れ星になったり、とにかく奇跡のような確率でしか地上には落ちてこないのだ。星の種が発芽すると種の個体差もあるが平均して半径2km前後の範囲は焦土となる、その性質から戦略兵器としての価値も高く所持している星の種の数が国力に直結するとも言われるほどだ。

 星はその成分の大半が水でできており根も花も枯れれば水に変わる。星は花を枯らすときに周囲の水から吸熱し星の種を作る、その時に花の周囲の水は凍り、氷を溶かしながら星の根が伸びて種を包み込むのだ。星の種が発芽し根が半径2km先まで伸びた頃に星は花を咲かせ始める、星の発芽によって上昇気流が起き空に雲ができて雨が降るのだ、雨に濡れた根が多くの花を咲いたことで気温が下がり一時的に空に限りなく近い、絶対零度に近い環境になり、熱せられて凍らされることで人間の作った建造物はほぼ全て破壊される。しかし花を多く作りすぎたことで種を作る栄養も熱も種を作るには至らずに枯れて種になるはずだった熱を周囲に発散し根も花も水に還る、そのため気温の変化自体は星が発芽する前より少しだけ高い程度にとどまる。

星の種は水の中に沈めておくと普通の植物の種のように芽を出して星の茎と呼ばれる芽に、星の葉と呼ばれる薄い膜を何枚も生やし、その星の葉を水中で漂わせ重力を受けて平衡感覚を得るのだ。星の茎は上下方向にゆっくりと伸び茎の先端では通常よりも遅い速度で吸熱をする花を咲かせる。その花は摘み取ると茎は即座に枯れるが花は即座に枯れることはなく数ヶ月は保つ、教会に運命を見てもらうために必要な樽一杯の星の花というのはこれのことだ。

 つまり星の種一つにつき星の花は2つ咲く、上の花が雄花で下の花が雌花。空の氷の中の水に流れはない、だから水の流れで花粉を運ぶのではなく上の雄花が花粉を重力に任せ落として星の葉で花粉を誘導するのだ。雌花が種を作って枯れると星の茎が周囲の熱を急激に奪い星の種の周辺を凍らせて種を発芽させ星の根を作る。ちなみに雌花は受粉せずとも種を実らせることができる。

 空の美しさに見惚れる心の余裕がある、これはさっき父上が窓ガラスを破ってばら撒いて教会の中を混乱させてくれたおかげだ。

 俺が出てきた窓とは別の窓が破れてプラネタが転がり出てくる。

「王子!このプラネタを置いていかないでくださいよ!手足の先とかは羊毛が薄いから足元にガラスが散らばってるとすぐに動けないですよ!」

「そうか!大変だな!今日はもっと空の星を近くで見たい!俺を空に投げろ!」

「はい?」

 俺はプラネタに向かって全力疾走して突進した。ダメだな、このままだと倒れるぞ。プラネタの体を踏み台にして駆け上がって飛び上がる、教会の屋根の上に来た。空の星が綺麗だ。あと今になって気が付いたが教会はかなり老朽化していて歴史があるようだ。

 この王都は500年ほど前に謎の急激な寒冷化が始まって農業が成り立たなくなり人々が離れようとした土地に王族が偶然連れてきた田植えドラゴンが根付き、田植えドラゴンは寒冷化によって凍土になっていた大地を口から吐く炎で溶かし雲を空を飛び撃ち落とし大地を米を育てるのに適した環境に変え田植えを始めた。ドラゴンは米は食べないし田植えをした後は放置するので人々は植えられた稲を管理し多くの人がこの土地に集まった、結果として王都はこの土地に移転した。

 田植えドラゴンはご飯派ではなく小麦粉派なのでご飯は食べない。放っておくと家屋を打ち壊して田植えをしてしまう田植えドラゴンだがパンやラーメンをあげると家屋の上に土を敷いて田植えをするようになり家屋が押し潰れることは稀にあるが家屋を壊すことはなくなる。田植えドラゴンの主食は田に住むカエルやドジョウ、雲に住む鳥や羊だが肉ばかり食べていると「自分はこのままでいいのだろうか?」と思い悩み心の病気になってしまうので雨ガエルの干物や緑色の虫などをあげると良い。田植えドラゴンは野菜を消化しきれずに下痢になるから野菜はできるだけあげないほうがいい、意識の高い田植えドラゴンはどうしても野菜を食べたがるからペースト状にした野菜をあげるとよい。

 田植えドラゴンの飼育方法を確立したのは500年前のリウム王国の王族であり、それまでは田植えドラゴンが住む土地は人間が住むことはできないと言われていたからたう田植えドラゴンが住む全ての土地はリウム王国の領土となった。こうしてリウム王国は500年前に田植えドラゴンと共に歩き始めたのである。

 この教会はどうやらその500年よりも前から存在しているようだ。屋根の上にある教会のシンボルがかなり古いもので魚の尾鰭を模した風見があった、現代ではかなり簡略化されて聖アントニオス十字架のような丁字型になっている。空の星を見ようと思って教会の上に登ったから気付けたのだ。

 屋根の上から父上が見えた。大きな樽を前に床に座っている。俺は屋根の上から飛び降りた、今度は昼の城を出た時と違って受け身をとって着地したから無傷だ。

「父上!どうしたのですか?そんな樽はさっき庭を覗いた時にはありませんでしたよね?」

「シェオル、これやべぇ。マジでやべぇ。ほんとによ。マジでやべぇ。」

 言葉を喋れなくなってる父上が指差している樽の中を覗いた。教会で樽って言えば……やっぱりか。樽の中には大量の星の種が入っていた。

「すごい量の星の種ですね!おそらくはこの樽に星の花が一杯に入っていたのでしょう、500年前に起きた急激な寒冷化は地面に埋まっていた星の花が周囲の熱を吸い取っていたの原因なのでしょうね。教会は実際に樽一杯の星の花を貰って処理に困ってしまったのでしょうね。当時はここら辺は教和国の領土でしたし、深くまで運命を見ることのできる優秀な聖職者もいたのでしょう。」

「どうしてそんなに落ち着いていられるんだ!?」

「父上がこれだけ驚いているということからも予想ができていたので。」

 父上がこれだけ驚いていてくれたのだから俺も一緒に驚いておいたほうが良かったのかもしれない。もしかしたら父上はこうやって人の気持ちを察して場に合わせることの大切さを俺に教えるためにこうやって驚いてくれていたのかもしれない。さすがは父上だ。

「どうするよシェオル、どうすんだよ!?こんなもん!?」

「はい!徴収すべきだと思います!確かに教会の物に手をつけるのは教和国との不和を招く可能性がありますが、この樽はこの土地がリウム王国のものになった時点で既に埋まっていたはずですから、リウム王国のものですから。」

「はあ?何でそんなことがわかるんだよ。もっと後に埋められた可能性もあるだろ。」

「おお!流石は父上です教和国がつけてくるであろうイチャモンを事前に予測するとは!500年前の寒冷化の原因はほぼコレだと誰もが思うはずですが確かに状況証拠のみで物的な証拠はない!そうか!だから父上はこの教会の人を全員城に迎え入れることにしたんですね!?いや思いつかなかった!」

「俺はそんなこと言ってねえ!お前さあ!怖いんだよ!これは!星の種はとんでもない兵器なんだぞ!お前は!シェオルは王族なんだから知ってるだろ!?知っててどうして平気な顔してるんだよ!」

「兵器だけに、ですか?フフッ。」

「笑うな!そもそも星の種がこんなにあることにもどうして驚かないんだよ!星の種一つで城が建つんだぞ!」

「フハッ、いや笑うなって言われましても、ハハハ。きっと運命でしょう、この魔王によって混乱に落とされようとしている王国を救うために最善のタイミングで掘り出されたのです。ああ、分かりますよ父上、ハハハハ。父上は俺が普通の反応というやつを知っているか確かめているんですよね、初めて城の外に出た俺のテストをしてくれてるんですよね!父上は王族なのに心配性ですからねぇ。」

「……最悪だ。……ああ!そうかよ!お前は貴族らしい物言いだな!いつだって相手の思考や言葉の先回りをして最善を叩き出してくる!それでいいよ!もうお前はそれでいいよ!」

「えっ!ちょっと待ってくださいよ!ちゃんと聞いてください!」

「もういいって!それよりも早くさっきのデカい獣人にこの樽を運ばせて……。」

「ちゃんと聞いてくださいよ!俺は学校のテストで100点を取っても父上に自慢はしません!それは出来て当然のことで俺にとって何でもないことだからです、でもこれは違う!俺が下民のことを少し理解できたことは俺にとって偉業なんだ!この人生で初めて俺は頑張ったんだ!褒めてよ!」

「はあ?お前の情緒どうなってんだよ!泣くなよ!もう……最悪だ。じゃあもう言ってみろよ、俺は腰が抜けて動けないから好きにしろよ。」

「はい父上!普通の人ならそうやって腰を抜かすぐらい驚くんですよね!我々王族なら、いや父上がさっき言っていたように貴族なら簡単に気が付いて予測できることを!だから王族や貴族が民を導くんですね!俺は自分がどれほど恵まれているか知らなかった!知識としては知っていたが理解はしていなかった!今なら理解できる!全てじゃない、多くを理解できる!俺は城を出た時に驚いた!地面に土が敷き詰められていないからだ!我々王族は田植えドラゴンと共に歩んできた!だから城では万を超える田植えドラゴンを飼っているとは知っていました!でも城の外では1度しか田植えドラゴンを見なかった!つまり……」

 俺は樽の中に手を突っ込み星の種を取り出して教会の前に落ちてる田植えドラゴンの死体に向かって投げる。銃弾が刺さって血を流していた死体から、手が生えて星の種をキャッチする。

「うわっ!」

「あの田植えドラゴンは偽物、暗殺者だ。」

「はあ!?」

 父上のオーバーリアクションが心地いい。そうだ普通の人なら気が付かない、単なる偶然だと思うかもしれない、でも俺は王族だから気が付けた。田植えドラゴンがいるにしてはここいら周辺の環境があまりにも整いすぎていた。何よりもおかしいのは折羽ガエルの棲んでいる沼に苗が植えられていないことだ、折羽ガエルにばかり視線が向いていたからなかなか気が付かなかったが違和感はあったのだ、田植えドラゴンがいて沼に苗が植えられてないなんてことあり得ない。

 田植えドラゴンの中からは体長28cmほどの人型の生命体、おそらくは魔族のピクシーが出てきた。魔族というのは、魔王に味方した族滅すべき一族という意味だ。ピクシーの先祖は羽虫から進化した獣人だそうだ。そのピクシーは体の背面と下半身が田植えドラゴンと癒着している、なんらかの魔法による結果だろう。人の形を自ら捨てるとはなんと|悍《おぞ》ましい。

「バレたか、こうなったら……俺の動揺を誘うために星の種を投げたのは失敗だったな!魔王軍は魔法を使うから魔王軍なんだぜ!氷魔法だ!」

「うわあああ!何をやってんだよシェオル!星に氷だぞ!」

「フフフ、大丈夫ですよ父上。氷は氷でも、氷魔法ですよ、発芽したとしてもいくらでもリカバリーできます。」

「クソっ!なんで魔法が使えない!もしかして!?このドラゴンに擬態するために使った魔法が原因か!?」

「たぶんそうですね、手伝ってあげますよ。」

 俺はピクシーの暗殺者に向かって指を差し聖霊に奇跡をお願いする。暗殺者の背中と下半身が田植えドラゴンから剥がれ、暗殺者の全身に生傷ができて血を吹き出す、回復魔法で治療した傷の運命が奇跡によって修正されたのだ。

「魔王軍にしては回復魔法をあまり使っていませんね、俺が2歳の時に来た暗殺者は奇跡を使うだけで即死したんですが。人間に戻してやったよ、ピクシーくん。」

「よっしゃあっ!魔法が使えるぞ!」

「何やってんだシェオル!」

「なぜだ!なぜ氷魔法が使えない!俺は魔王軍でも5本の指に入るほど魔力があるんだぞ!どうして少し手が冷えるだけなんだ!」

「それはねピクシーくん、君がもう幸福だからだ。」

「はあ?」

「どういうことだシェオル!?俺にも……一般人にも分かるように説明しろ!俺は王だけど一般人にも分かるようにだ!さっきから話が飛躍しすぎてて何がなんだかわからんぞ!」

「はい父上!それではピクシーくん!魔法とはなんでしょうか?魔力とはなんでしょうか?まさか都合のいいエネルギーや単なる超自然的な事象と認識しているわけではありませんよね?」

「知らないわけがないだろ!俺は魔王軍だぞ!魔力とは権利だ!魔法とは権利の行使だ!全てのものが平等に幸福になれるように全能の人によって作られた運命!その運命の中で相対的に幸福でないものに与えらた運命を変える権利が魔力だ!」

「少し違う、魔力や魔法は全善の人によって付け加えられた事象だ、全能の人が作った完全な運命に与えられた罪|咎《とが》憂いだ。運命の公平性への憂いによって、全善の人は全知の人に相談し、全知の人は咎を犯し、全能の人が罪を犯した。罪の贖いを[それが運命だから]と望まない全能の人に全善の人が運命を変えることを望み、全善の人に与えられたのが運命を変える権力、それが最初の魔力だ。全能の人が罪悪感に耐えられず自らも魔力を得て運命を変えたのが最初の魔法だ。そして……」

「歴史なんてどうでもいい!重要なのは魔法を使うことは悪じゃないということだ!魔法を使うほどに運命は捻じ曲げられ幸福から遠ざかり魔力は強くなる!だから俺は魔族として産まれてから魔法を使い続け魔力を高めた!家族に反対されても!友を失っても!誰にも愛されなくたって!ただ魔力を高め続けた!魔力こそが俺の誇りなんだ!」

 自分の罪を叫びながら魔力を振るうピクシー、それは懺悔のようにさえ見えた。いやきっと懺悔などではなく、ただそれが彼なのだろう、自己紹介のようなものだ。それを罪だと思う人がいることは知っていても、自分でそれを罪だとは思っていない、確信犯、思想犯なのだ。自身の罪をあまりに饒舌に語るから俺には懺悔のように見えたのだ。

「じゃあ少し酷なことを言うことになる、その誇りを捨てろ。そうすれば城で雇ってやる。」

「……ッ!そういうことか!王子でも王族は王族だな!神にでもなったつもりか!?人の人生を何だと思ってやがる!」

「どういうことだ!?シェオル!説明しろ!俺は王族だけど分からないぞ!」

「知らばっくれるな!お前ら王族は原初の3人の時代からそうだ!勝手に運命なんてものを作って神の作った世界を不完全にした!」

「原初の3人もまた神に作られた、運命を作ることは神の意志だ。世界は不完全じゃない、世界の全ては元を辿れば神が作った、神が作ったから全ては完全なんだ。」

「そうだ、全ては完璧なんだ。全ての人間が不完全な運命から逃れ魔法を扱うようになって完全なんだ。それがお前ら王族が勝手に作った運命じゃなく神の作った運命なんだ。全ての人が勇気を持ち運命を自分の手で掴むようになる未来、全ての人が勇者になる未来、それが理想だろ。」

「それは君の理想だ、全ての人の理想じゃない。全ての人が勇者になっていたら、全ての生命が運命に導かれなくなっていたら、君はきっと産まれていないんだよ。ピクシーくん。羽虫が人間になるには数千万年の進化が、いや数千億年の進化を重ねたって人間になることはないと思う。知っているだろ?運命の存在しない別の世界から人を連れてくる魔法を知っているだろう?その運命の存在しない世界には1から5種類ぐらいの真人間しか存在しないそうだ。」

「ああ俺の理想だ!でも普公の理想なんて存在しないだろ?全ての人を幸せにすることなんて神にしかできない!人間にはできない!そう!たとえ全能の力を持っていても全ての人を幸せにすることなんて人間には無理なんだ!全能の人がそれを証明してるだろ!」

「でも全ての人が幸せになることが理想だ。」

「それはそうだが、実現できるかは別だ。」

「ああ俺の理想だ!でも普公の理想なんて存在しないだろ?全ての人を幸せにすることなんて神にしかできない!人間にはできない!そう!たとえ全能の力を持っていても全ての人を幸せにすることなんて人間には無理なんだ!全能の人がそれを証明してるだろ!」

「でも全ての人が幸せになることが理想だ。」

「それはそうだが、実現できるかは別だ。俺は王族の作った運命を不完全とは言ったが全てが悪いなんて一言も言ってないだろ。王族の作った運命の上で全ての人間が勇者になることを望んでいるんだ、人間だけが王族の作った運命から外れることが理想だ、植物や動物は運命に導かれるままでいい、第1世代から第3世代ぐらいの獣人も運命に導かれたままでいいと思う。」

「それは不公平だ!運命に導かれていない人間は獣人に勝てない!そんな不公平な状態なるぐらいなら全てのものが運命に導かれることが無くなる方がマシだ。」

「どうして神や理想の話になってるんだ?そのピクシーが魔法を使えないって話じゃなかったのか?」

「その通りです父上!さっきピクシーくんが田植えドラゴンと融合し人間でなくなって運命に導かれる力が弱まり魔力が減り魔法を使えなかったように、獣と混じった人間、つまり獣人は魔法を使えるほどの魔力は持たない、|人並《ひとなみ》外れて不幸であれば一般的な真人間と同じ程度の魔力を持てるでしょうがね。確かに自分が勇者になる魔法はその一般的な真人間でもなければ使えないが運命を消し去る魔法ならこのリウム王国の人間が半数ぐらい協力すれば使えるでしょう。」

「はあ?何がその通りなんだよ、お前らマジで何言ってんだ?」

「そうだぜ!王子様よお!今の会話中に俺が何もしていなかったと思ったのか?氷を魔法で作れないならと今の俺に使える魔法を後ろ手に使って確かめていたんだよ!火魔法だ!」

「うわああ!大変だあ!シェオル!早く殺せよ!」

 巨大な炎がピクシーの手から燃え上がった、視界いっぱいに広がった炎、俺は炎に巻かれた。炎が口と鼻から体内に流れ込んでくる、内臓が焼ける、全身の血が沸騰するようだ、貴重な体験ができたぞ。聖霊の奇跡で火は消えたし俺に付いた傷も全て綺麗さっぱり消えた。

「どうして火で燃やされて平然と奇跡を使える!王族だからか!こんな不公平が今もこれからも存在する世界はやはり不完全だ!」

「違う。王族だから火に耐えられたんじゃない。ピクシーくんの使える魔法が耐えられるぐらいの火しか出せなかったんだ、君はその程度の魔力しか今は持っていないんだ。今なら君が人並み以上に幸福に生きれることを保証する、だからこれ以上魔法を使うな。運命が変わってしまう、君の幸福はまだ確定しているんだ。」

「王族があ!俺の幸福を語るな!じゃあ何度だってお前を燃やしてやる!もう一度くらえ!」

 炎が俺を包んだ、さっきよりも熱く苦しく辛い、さっきよりも運の悪い形で炎が俺を燃え上がらせる。涙で少しだけ目の周りの炎が消えて教会の方に視界が向いた。

 教会からニムロデくんで出てきた、炎を見て驚いた顔をしたニムロデくんは魔法を使うピクシーくんを見て表情を変えた、カエルの獣人の顔でも分かる、怒っている。

 俺の体を燃やす炎の火力が上がった、火の色が青白く変わる、痛みが数十倍になる、熱い。ピクシーくんの運命が大きく変わったのだ、もう幸福を保証できない。熱い。

 臨死体験をした。走馬灯のように駆けていく過去、貴重な経験だ。次に臨死体験をする時はもっと落ち着いて考えられるだろう。寒い。

「ああ、よかった、よかった。」

 気が付くと父上が泣いて俺をの足に縋っていた、腰を抜かしていたから這ってきたんだろう。そんなことよりピクシーくんだ、ピクシーくんのいた方を見ると、そこには衝撃の光景があった。

 ニムロデくんが胃袋を吐いてピクシーくんを胃袋で押し潰していた。通常の折羽ガエルの胃袋の射出は弾丸と同じ速度で物を飛ばすという、それが人間大の大きさで実行された場合どうなるか。ピクシーくんの下半身が潰れてイチジクが花開いたように赤く潰れていた。胃袋ごとゆっくりとピクシーくんがニムロデくんに飲み込まれる。まだピクシーくんは生きている、目がまだ生きていた。

 何度も何度も「よかった」と泣きながら言う父上に今の状況を聞いてもまともに答えられなさそうだ。どうするかなぁ。

「はあ、はあ、痛みを魔法で麻痺させたぞ、これで魔法も使える。俺はまだ死んでねえ。魔法だって使える。」

 ニムロデくんの腹の中からピクシーくんの声が聞こえた。ニムロデくんは口を手で押さえている絶対に吐き出さない覚悟を感じる、ピクシーくんはこのままゆっくりと溶かされて死ぬ運命なのだろう。

「王族なら外側から殴って確実に頭を潰せる、魔法を使うのをやめたら介錯してやるぞ。」

「俺は死んでねえ!魔法で空気だって生み出せる!足だって治せる!人型になったぞ!分かるか!魔力が高まった!俺は死んでねえ!死んでねえ!」

 俺の声は届いていないようだ。ニムロデの口から空気が漏れている、中で作られた空気が外に出ることはあっても外から中に空気は入らず声は届かないんだろう。

 人型になった、と彼は言った。人の形を外れるほどに神に導かれる力は弱くなる、逆に完全な人に近付くほど運命に導かれる力は強くなる、不幸な運命であるなら得られる魔力も多くなる。だがそれは少し延命できるだけだ。腹を突き破って出ることのできる魔法を使えるほどの魔力を得れることはないだろう。

「俺はまだ死んでねえ!死ななきゃ魔力は強くなリ続けるんだ!魔法で延命し続ける限り俺は勝てる!そうだ勝てる!アあ、溶ける、死んでねえ!死んでねえ!傷だって治る!俺が負けるわけがない!死ぬわけがない!死んでたまるか!俺がこんな!ここで!こんな暗い、森の中みたいな、そうだ火だ!暗い!火だ!森が燃る火をもう一度!もう一度!」

 無理だろうな。大騎士の運命を持つニムロデの体は頑強だ。足から血を流している、ガラスを避けて外に出てきたんじゃなくて踏みしめて出てきたからだろう。我慢強い子だ、運命を変えるにはちょっとやそっとの魔力じゃ足りないだろう。今だって少し口から煙を出しているが口を抑える手を決して離そうとはしない。

「なんで、今この火なんだよ、暗い森の中で心細くていつもつけていた火なんだよ。死にたくない、俺が死ぬわけない、死んでねえ、死んでねえ。魔法を使わなければ俺は死んでいたんだ、魔法は悪じゃない。俺が生きることで証明するんだ。生きるんだよ!出せ!」

 生物は脳でものを考える、脳が小さい生物でも人型なら運命に導かれ論理的に思考できる。しかし運命から外れすぎると思考が論理的に繋がらなくなったりする、もう始まってしまったのだろう。

「出して!ごめんなさい!もう魔法は使わないから!ママ!パパ!暗いのは嫌だ!暗いのが嫌だから!火が欲しい!どうしてここに火がある!誰かいる!なにこれ、手が、指が、嫌だ、嫌だ、嫌だ。」

 ピクシーがママパパと言った時にニムロデくんの目の色が変わった、目が潤んでいる、人を殺すんだ、俺も罪を実感しなくてはならない。

「ない、ないよ、そうだ魔法を、暗くて心細いから火を!こんなところに閉じめるから、いけないんだ。ママもパパも驚く大きな火をつけよう、大きな大きな、竜になりたい。竜?なんで?りゅう?今?ドラゴン?そうだ田植えドラゴンだ、俺は食われてる。嫌だ蝿みたいに喰われて。せめて竜みたいに。痛い、息苦しいよ、どこにいるの?」

 さっきまで泣いてた父上がガタガタと耳を抑えて震えている、ありがたい。父上が逃げることの醜さを教えてくれた、逃げない、どれだけ聞くに耐えない断末魔でも最後まで聞かなくては、それが殺す者の責務だろう。

「飛んでいるんだ、空気が薄いのはそうだ。落ちないと、羽がない。どうして落ちてない、羽が、魔法で羽を、魔法は誇りだ。熱い!燃えてる!助けて!触るな!あああ!燃えてる!死ぬな!俺は死んでほしくなかった!でもしんぢまったら!開き直るしかないじゃないか!許してくれ!悔いているんだ!懺いているから!赦してくれ!」

 懺悔だった。

 それは間違いなく懺悔だった。自分の罪を悔いていた、懺いていたんだ、|悛《あらた》めることが出来なかっただけで、苦しんでいたんだ。

 俺が殺した、俺が悔悛する余地を奪った、罪を背負おう。彼の顔と声を決して忘れずに生きていこう。

「なあ王子様よお、俺は騎士になるぜ。」

「ん?ああ、そのつもりだぞ、騎士として召し抱え……。」

「違う、騎士家として貴族になると言ってるんだ。俺がこの国を、いやこの世界を変える。」

「それは立派な心がけだ父上もお喜びになられ……。」

「無理だ!普通の人間には貴族の世界は耐えられない!何度もお前らに愚痴をこぼしただろうが!そもそも言葉が違うんだぞ!」

「頑張って勉強する!」

「ただ言葉が違うだけじゃない!奴らは当然のように会話の先を読んでくる!マルチタスクは出来て当然だし完全記憶を持ってないやつは落ちこぼれ!同じ部屋の中での会話は全て聞こえてるし心臓の脈動も腸の蠕動も聞こえてやがる!会話という概念自体が違うんだよ!俺は冗談のつもりで、俺の苦労話を聞いていたお前らが断ると思って……」

 なるほどなあ、父上は貴族にとって普通のことでも下民にとっては普通じゃないことを理解しているのだろう、素晴らしい王だ。俺もいつか、こんな王になりたい。

「それでも頑張る!」

「なんで!?」

「もう俺は魔王軍も貴族も憎めないからだ。」

 なるほど!ニムロデの気持ち伝わったぜ。

「もっと分かりやすく言えよ!子供は貴族かってぐらい舌足らずなんだよなあ!困るよなあ!でも貴族みたいに言わなくても伝わるだろうと思って言ってるわけじゃないのが伝わってるから大好きだぜ!ゆっくり喋れよ。」

 そうか!父上は頭の中のあやふやなイメージを言語化してニムロデに覚悟を決めさせようとしているんだな!賢い!

「俺はもう人を憎むことができない。俺が憎む人に、俺が憎む相手に、家族がいるって想像してしまう、家族がいるって知ってしまったからだ。」

「ふーん思春期だな。」

「今まで冒険者になって魔王軍と戦って魔王軍を滅ぼして貴族と王族を滅ぼそうと思っていた、それが俺の夢だった。」

「まあ子供らしい夢だ。」

「今は違う、昔の俺が憎むような人と和解したいと思う、その気持ちを知りたいと思う、家族になりたいんだ。」

「うんうん、家族ってどういうこと?」

「俺はこの教会の人たちを家族だと思った、家族だと思っていたんだ。そんで、そう気付いたのはついさっきだ。リームに、王様に、一泡吹かせてやろうと思って、トンチを効かせて困らせてやろうと思って、家族だって口走って、そんで、なんだか腑に落ちたんだ。」

「そうか、やっと家族と認められたのか。良かった。」

「そんで、血の繋がりもないのに家族だなんて変だけど、家族だって思ったんだよ。そんで、貴族になれるかもってなって、リームとも、貴族の奴らとも家族になれるかもって、分かり合えるかもって。」

「それは無理だ。どうして貴族と一般人で言葉が違うのか知ってるか?一般の人を怖がらせないためだ、一般人は貴族や王族と会話すると恐怖を覚えるんだ。会話が通じないわけじゃない、むしろ通じ過ぎてしまうから怖くなるんだ。」

「俺は王様のことを怖いと思ったことは一度もないよ。」

「それは俺が……。」

 父上と目が合った。父上は為になる話をしてくれるなぁ、下民と話す時は恐怖を抱かせないようにできるだけ聞き手に回ると良いのか!

「それは俺が特別だからだ、普通の貴族や王族とは違う。」

「じゃあ俺は一般人の特別になるよ。」

「無理だ!」

「なるったら成る!」

「無理なんだよ!」

「それでも成るんだよ!」

「ガキが!夢を見るのも大概にしろ!」

「俺を騎士にしろ!」

「何の学もないガキを雇うわけねえだろ!」

「じゃあ学ばせてくれよ!」

「よく言った!」「えっシェオル?」

「父上あとは任せてください!ニムロデ!一緒に学校に通おう!俺は今日、貴族はもっと獣人と関わるべきだと思った!だから来週までに貴族語を覚えておけよ!学校には俺が話をつけておく!入学費としてそこにある樽をもらっていく!いいよな!それと多額の寄付をしてやる!この教会を丸ごと新調できるほどのな!さあ!プラネタ!父上とそこの樽を背負え!城に帰るぞ!」

 ちょうどプラネタが来ていたのでプラネタに全部運ばせて退散することにした。プラネタを雇うことは俺が勝手に決めたことだから色々とテキパキと物事を片付けて誤魔化さないといけない。親にイタズラが見つかった子供がバレバレの隠蔽工作をするような感じだ、いや「感じ」じゃなくて、それそものだ。

「おいシャオル!なに勝手なことしてんだ!」

「ふふっこうしてると王族じゃなくて普通の親子みたいですね、父上。ありがとうございます俺を叱ってくれて、王族は常に正しいことができてしまうから叱られる機会が少なくて、嬉しいです。」

「あ……ああ、そうかよ。はぁ、最悪だ。」

「へへっそれじゃあ城で雇ってもらえるってことですけど……」

「ああ!父上も今!快く承諾してくれた!」

「えっ!?ええ、おう、いいぞ、もう、どうとでもなれ。最悪だ。」

「とりあえずプラネタは城の方に走れ!城は1万2000m四方の広さがあるんだからあっちの方角に歩いて行けば着く。」

「はい!シェオル様!あっこのカエルの世話をお願いします!」

 盗んできた折羽ガエルを俺に押し付けてきやがった、雇うんじゃなかったと後悔してきたな、でも今この樽を運ばせる必要があるから城に着いてから解雇しよう。

「なあプラネタとやら、シェオルはいい子か?」

「はい!私はシェオル様に救われました!」

「そうか。なあシェオル、城に戻ったら、少し話をしよう。とても重要な話だ。」

「はい!」

 わかります、父上も不安なのですね、この獣人を雇うべきか。そうだな、この獣人の処遇は父上に任せよう。色々とクビにしたい理由があるが、我慢しよう。プラネタが建物の屋根の上を走り始めたことも我慢しよう。ものすごく揺れて星の種が溢れそうになってるけど我慢しよう。プラネタの足の速度が時速100キロを超えて風が痛いが我慢しよう。急停止で父上が吹き飛んで城の窓に突っ込んだのも我慢しよう。

「着きました!お城って防衛のために窓しかないらしいですけど、どうやって入るの?」

「俺だ!王子だ!城に入る!」

 城壁のレンガを押すとちょうど良く城壁が崩れて人が通れるだけの空間ができた、俺らが中に入ると、たまたま偶然に近くにいた城の中で暮らす貴族がレンガをはめ直す。レンガのはめ方はプロじゃないのでグチャグチャだが、外から見たら違和感がなく、たまたま偶然にちょうど良いタイミングでちょうど良く崩れるようになっている。

「うわっ城の中って本当に泥だらけなんですね、あの、私はどこにいけばいいですか?」

『おかえりなさいませシェオル様!お風呂ができております!』

「えっどこからか声が……。」

「風呂だ!風呂に入るぞ!」

 俺が大きな声を出したので夕暮れ時になって眠りにつこうとしていた田植えドラゴン達が叩き起こされて飛び上がる、そして俺とプラネタの服を飛び起きざまに爪で引き裂いて全裸にして無数の爪が偶然に皮膚を傷付けず俺たちを持ち上げて運ぶ、城の中でポピュラーな移動方法だ、いつもだったら全裸にはならない。

「きゃあっ、ってギャアアア!」

「えっお前……女だったか!?」

 そう言った瞬間にプラネタの手が勢いよく振られ俺をビンタした。俺は落下して男子風呂にプラネタは女子風呂の方面に飛んで行った、ビンタの威力が強過ぎて俺は気絶したが風呂にいる貴族が何とかしてくれるだろう。

 夢を見た。王族の見る夢は特別だ、普通の貴族は予知夢や明晰夢が基本だが王族はそれだけにとどまらない、予知夢と明晰夢と知るべき情報の全てを知れる。だから王族は1歳の頃には物心がつくし身辺調査もお手のものだ。

 どうやらプラネタの言っていたことに嘘は無いようだ、そして教会の人たちにも嘘は無し。おかしいな、1週間経ってもプラネタは貴族公用語を覚えれないみたいだ、ニムロデは3日で覚えるのに何でだ?まあ仕事人としては城に馴染んでるから雇うのは続行かな、父上も何も言ってないし……。

 そういえば父上が俺に言おうとしていたことは何だろう、数日先までだと俺に何も話してくれてないな。あんまり先の未来は分岐が多過ぎて見てると朝になってしまう。朝になってしまった。



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