徒然なるままに、日暮らし、漫ろに保守するスレにイメ損が降るっ
1
「久しぶり。元気してんの?」
晴れ間はまだ暖かい初冬の昼下がり、大きくはない公園をショートカットしたスペシャルウィークに懐かしい声が聞こえた。
ゴールドシップ
「黄金船さん!」
ベンチに腰掛けた声の主は、記憶の中の姿よりも幾分落ち着きがある。顔を合わせるのはいつ以来だろう。
「ええ?どうしてここに?今この辺に住んでるんですか?それとも仕事先?」
「……ま、急いでなければ少し話さねぇ?」
「は、はい!」
促され、隣に座る。
「アタシは気儘にやってたな。スペは北海道へ帰ってなかったのか」
「なんだか離れがたくて。お母ちゃんにも『ゆっくり良い人探しな』って……それで甘えちゃってます」
「スペは今日、休み?」
「……聞いて下さいよぉ~」
突然耳を伏せ、泣き出さんばかりだ。
2
「私、結構食べるから……学園では気にせずに済んでましたけど、稼ぐのって大変ですね。本当は今日も臨時バイト入れたんですけど、行き先で事故があったみたいで。解散になりました」
「ありゃ、稼ぎ損ねたか」
「で、たまたま近かったからツルちゃんの病院に寄ったんです。倒れたとかじゃないですよ、予定どおりの検査ですって。元気そうでした」
「そうか。スペは優しいな」
「私はお母ちゃんの真似をしてるだけです。お母ちゃんならこんな時どうするか、って……。私日本一のウマ娘の次に、お母ちゃんみたいな人になりたいんです」
ゴールドシップは視線を外し、話を継ぐ。
「お母ちゃんが大好きなんだな。アタシは学園やレースを離れてから……本当に好き勝手ブラブラしてた。食べるだけ働いて、行きたい所が出来ればフラッと向かって。でもマックちゃんが見かねてな、時々仕事くれるようになってさ。
メジロの商談の場に呼ばれて、賑やかしをやるんだ。先方の家族も来てな。わりと最近まで走ってたからさ、『観てました、ファンでした』って喜んでもらえたよ。それで幾らか貰ってた……何週間か前まで」
3
「辞めちゃったんですか?」
「ああ。……時々、ちょっとリアクションに困った顔してる人がいるんだ。まあレースなんて興味ない人もいるだろうけど、そうじゃなかったらしい。
なあスペ、アタシらって割と有名人だろ?向こうの立場からすればさ、取引の場でアタシにファンサされて、家族がウケてたらさ、『お断り』しにくくねえか?」
不意打ちに、言葉が詰まる。
「え、それ……は」
「わかってるよ、マックちゃんはそんなつもりじゃねえって……でも、そう考え出したら行けなくなったんだよな」
スペシャルウィークが何か言おうとした時、通りかかった二人連れがこちらに気付いて声を掛けて来た。
一人はトレセンではない制服姿のウマ娘、もう一人は30そこそこと思しきパンツスーツの女性。終業には少し早そうだが、生徒と担任だろうか。
「あ……あの、ゴールドシップさんとスペシャルウィークさんですよね。私たちファンなんですよ……握手して貰っていいですか」
「しょうがねえな、プライベートでデートしてる時に……」
黄色い声を上げる二人と交互に握手し、さらにゴールドシップは二人の首を片腕づつに抱いた。
「引退しても憶えててくれて嬉しいぜ、ありがとな!」
二人は天にも昇らんばかりの心地で答える。
「友達も、お二人やスピカの皆さんの大ファンで……」
「特にWDTの録画は、今でも時々観てるんです!」
「そうか。アタシにとってもあのレースは特別なんだ……忘れられねぇよ」
ごく全うな受け答えの中、二人の死角で現れた酷く辛そうな表情を、スペシャルウィークは見逃さなかった。
4
「人気者は辛いね、と」
二人が何度も頭を下げて去った後、スペシャルウィークは抑えきれずに聞いた。
「……ゴールドシップさん。私にもWDTは大切で特別なレースです」
「だな」
「じゃあ何故、あんな辛そうな顔してたんですか?」
「……なあスペ。あの最終直線、今まで一度もおかしいと思わなかったか?18人が全力出して横一線だなんて、少しでも疑問を感じなかったか?」
「?何を……言って……」
「筋書きがあったんだよ。『客を沸かせるために最後で並べ』ってな」
信頼する者の口から信じられない言葉を聞き、スペシャルウィークの視界は暗転した。次に見えた物は植え込みだった。ゴールドシップに支えられて。
「うげっ」バシャ バシャ
スペシャルウィークは嘔吐した。必ず、美しい青春の1ページに割り込んだ大人の事情を除かなければならぬと決意した。スペには政治がわからぬ。経済がわからぬ。多くの勉強がわからぬ。スペは、村の牧人である。牧場を走り、牛と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
5
「ほい、水。飲みかけで悪ぃけど」
二度三度口をすすぎ、残りを飲もうとしたが、入れただけまた吐いた。また口をすすぎ、それで空になった。
「どうして……どうして……」
「なんでって……客あってのレースだからじゃん。きっと他にも事情は、な」
「私たちの青春の思い出が……裏でそんな事があったなんて」
「おいおい、まだ大人になっただけでアタシらの青春はこれからでしょうが」
「先はともかく過去は変えられないんですよ!私たちのレース人生の集大成だったのに……ゴールドシップさんは辛くないんですか、悔しくないんですか!」
「最初からガチンコじゃ無かったんだから辛いとも思わねぇ」
「……私だけ何も知らずに、バ鹿みたい……」
「おいおい、考えても見ろ。例えばあのスズカやオグリが、台本渡されて黙って従うと思うか?あのトレーナーだって、知ってたらやれねえよ。
展開を誘導するように指示されたのは少数だよ、アタシと……」
「アーッ!」
全く無意識に、耳を塞いで叫ぶ。その声に、スペシャルウィーク自身が驚いた。
「っ、すいません……」
「アタシこそ悪かったな。知りたくはなかっただろうに」
ふとスペシャルウィークが気付く。
6
「あの……もしかして今の事、喋っちゃいけなかったんじゃ……」
「あぁ、『墓の中まで持って行け』ってな、かなり念押しされた」
「じゃあなんで!?」
「なんでだろうな……スペが何も知らないのが……いや違うな、アタシが耐えられなかったんだ。
秘密を抱えたままでいるのが辛くて、それでスペに吐き出しちまったんだな。このゴルシちゃんもヤキが回ったモンだよ。
すまねぇ。本当に……」
数度の呼吸の後、スペシャルウィークはスックと立ち上がった。
「……水、ありがとうございます」
空のボトルを持って、元々の行き先を向く。
「また会えるか?」
「私、北海道に帰ります。もう東京に居たくありません」
「そうか」
一度も振り返らずに公園を離れる背中を見送った時、風が少し冷えてきていた。
「クシュ!……本当に、黙ってりゃ良かったのにな。ゴメンな、スペ……」
これが二人の永訣の日になろうとは両者とも思いもしなかった。そして実際ならなかった。
スペシャルウィークは翌週末の肉フェスの予約を入れていたため――ゴールドシップはスタッフとして――現地でバッタリ再会した。
そして先日の一件をひとしきり笑い飛ばし――新しい連絡先を交換した。
特に会わなかったがブライアン一行もいた。
終了 爆破されたらゴメンなあっ