後朝睡余大混乱

後朝睡余大混乱


 酷い頭痛で目が覚めた。

 

「……」

 寝起きの目に映るのは天井。数秒ほど視線で木目をなぞっても、頭痛は治らなかった。


 上体を起こすと、はだけた胸元にひやりとした朝の空気を少し感じて、違和感を覚える。藍染の寝相は良い方である。ここまで寝巻が乱れ——そもそも寝巻ではないようだ。藍染は床に就く時は寝巻に着替えている。寝巻ではないということはつまり。

(自室ではない?)

 起き抜けのややぼんやりした頭で昨日のことを思い返そうとして、自身の左隣が温かいことに気付いた。

 藍染はそちらに目を向けて、

「……は」

 平子がいた。


 藍染にとって上司である女性、平子真子がすうすうと眠っている。

 その襦袢ははだけ、ひどく乱れている。その胸元の赤い痕を目にして、藍染の記憶は一息に手繰り寄せられた。

 

 あの痕には覚えがある。

 そうだ。昨晩のことだ。

 お互い、ひどく酒に酔っていた。藍染も平子も、普段はそこまで羽目を外すことはしないが、昨晩は珍しく泥酔寸前まで飲んでいた。

 ただ、それだけ。

 酔ってふにゃふにゃになった平子を、同じく酔ってへにゃへにゃになっていた藍染がふらふらしながらも彼女の私室まで送り届けて、しかし気付けば男は女を組み敷き、女は男に組み敷かれていた。


 平子の手を己の手で縫いとめた覚えがある。

 幾度も名前を呼んで、噛みついて、痕を残して。

 滾り止まらない熱を、何度も何度も刻みつけた。

 憶えている。

 普段誰にも見せることはないだろう、初めて見たその表情も。散らばった金糸を、うつくしいと思ったことも。

 

 何故、こんな事に。

 昨晩の出来事をすべて思い出した藍染は、頭を抱えることすらできずに暫し硬直していた。爪を立てられた背中がヒリヒリと痛むのが、自分の行いを責めているように感じる。

 こんなことは計画には無い。一切ない。平子真子と肉体関係を結ぶつもりは無かったのだ。そもそも平子に向ける感情は恋だの愛だのそういったものではないし、そんな不要な衝動は抑え込んでいたはず。故に、男女の関係になることは可能性すら考慮していなかった。手を出してしまったことは完全なる想定外である。


「んー……」

 もぞり、と隣から動く気配がした。

 いよいよ平子が起き出しそうで、藍染の思考は一拍停止する。

 今取れる行動はなんだ? この状況を切り抜ける方法はあるか?

 瞬歩で脱出。論外。鏡花水月。使用は避けたい。偽装工作。時間が足りない。

 この状況での最善の行動を導き出さねばならない。酔って上司と肌を重ねた場合の対応など、用意があるはずもなかった。


 今後の計画に支障が出るのかすら定かではない。今の自分が取るべき行動は。

 藍染は混乱の中で、あることをするために布団から抜け出した。これしかない。きっと、これが最善だ。後は野となれ山となれ。自分らしくない思考だと思う間もなく。

「……ん〜? んん? ……なんやぁ、惣右介、オマエなんでここにおんねん」

 平子がゆっくりと上体を起こして——


 藍染は、掛け値なしに土下座した。





後朝睡余大混乱=朝チュン寝起きで大混乱


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