後日譚【手続き】⑤

後日譚【手続き】⑤




 ウタハ「では、まずは君たちの体の話からしよう」

そう言うとウタハ様の後ろに大きなスクリーンが降りてきて、私たちの体が映し出された。

ウタハ「君たちが知っている通り、身体的な変化───まあ実のところ、変化する前のアリスの体も高校生と大差ないものだったけど───ともかく、そこから明らかに身長や体つきが成長しているように見える」

10050号「確かに、わりとしっかり成長していますよね…うん…」

そう言うと妹がこちらを凝視して…いや、胸部とか臀部ばっか見てるな?バレてるぞ、妹。


 4号「そこで今回は『内側から』何が起きているのか確かめようと思い、調べさせてもらいました!」

ヒビキ「なかなか検査に同意してくれるアリスも少なくてね。貴重なデータってことで、だいぶ細かいところまで見させてもらったよ」

アリス「ふむふむ…結果はどうだったの?」

そうアリスちゃんが尋ねると───驚くべき事実を告げられる。

ウタハ「結論から言うと、君たちの体は内部も明確に成長していた。それも『生物と同じプロセス』でね」

39号「「………!?」」


 コトリ「内蔵されているパーツや回路に、不自然な変形や拡張がされた痕跡があったんです。もしかしてと思い、生化学や生物学を専門にする方々にも見てもらったところ……

その痕跡は生物の『細胞分裂』や『胚の成長』の途中段階と一致しました」

ミク「……えっと、私たちの体には細胞が入っている、と?」

ヒビキ「いや、それも違ってた。今のあなたたちの体内のパーツは完全に無機物───機械のパーツに留まってるんだよ」

でもそうすると、まるで無機物が細胞のように成長したように見えて───

ウタハ「うん。考えている通りだと思うけれど、『身体が一時的に細胞の性質を獲得した』……観測した限りでは、そう考えるのが最も妥当だね」


 いやまあ、事実として出てきてしまったものは仕方ないのだが。

ミク「自分で言うのもなんですが、そう簡単に信じられるものなんですか?」

そう尋ねると、わりとケロッとした返事が返ってくる。

4号「あー、たぶんあり得なくはないですよ?お二人以外に体が変化したケースもありますからね」

アリス「……へ?そうなの!?」

さらっとすごいこと言われた気がする…と驚いていると、今まで聞き手に専念していた妹が食いついてくる。

10050号「あ、もしかして前にトリニティでお会いしたお姉様のことですか?スイーツにとても詳しくて、えっと、あの、その……

………ふっくらとしたお方でした!」

めちゃくちゃ言葉を選んだのが分かる。私たちもそれ以上の言及はやめておこう。我々量産型アリスにも乙女としての矜持があるのだ、たぶん。

4号「ええ、2101号のことですね。最近は筋骨隆々としたボディを持つ2123号も話題になってたりしますね!」

ミク「……えぇ…?」

アリス「おぉー…ちょっと見てみたいかも」


 ヒビキ「それに、アリスたちに起きている変化は体だけじゃないからね」

コトリ「はい!アリスたちの『ヘイローの取得』……これも当然、特筆すべき変化でしょう!」

ミク「……確かに」

機械の体が成長するというインパクトで薄れかけていたが、キヴォトス人特有であるはずのヘイローを取得するのも摩訶不思議である。

一体何が……とこんがらがってきた所で、ウタハ様が口を開く。

ウタハ「さて、ここからは考察になるんだけどね。一つ仮説を、私たちの中で新しく考えたんだ。まあ、あくまで仮説だけど……」

アリス「仮説…?」

その仮説は、再び私たちを驚かせるものだった。



〈……『アリスたちは自らを望む形に変える力を持っている』。〉



 ミク「……はい?」

アリス「え、えぇ?」

あまりにも現実味を感じなくて、すぐに飲み込むことができなかった。

4号「まあ、そうなりますよね……」

ウタハ「だけど、そう考えると辻褄が合うところも多いんだ」

4号「先程お話ししていたアリス2101号は、生徒さんと『スイーツを食べ続けて』いるうちに変化していて、2123号は『筋トレを毎日続けて』いるうちに変化していたみたいです。

つまり突拍子なく変化したのではなく、人間の体の変化と同じような因果関係があるんです!」

コトリ「ここで私たちが着目したのは、アリスたちが『なりたい姿ややりたいことをイメージして』行動を起こしたことです。

先の例で言いますと、2101号は『もっとスイーツを食べられるような体が欲しい(意訳)』とか、2123号は『もっと力持ちな体になってもっと働けるようになりたい(意訳)』みたいな願いがありました」


 なるほど、確かに何かしらの関係はありそう……だが。

ミク「ヘイローのくだりは、一体……?」

一見身体的な特徴とは違うように思える───と考えていたが。

ウタハ「……意思があるとは言え、彼女たちは知性を得て間もないんだ。

仮に『力が欲しい』『勇者になりたい』と願い、ヘイローを得たアリスがいたとして───きっとそのアリスが願った『強くなった自分』は、『強くなった量産型アリスの姿』として出力されるだろう。

元々量産型アリスとして作られた無垢な存在が、生まれたばかりの赤子のような子が、自らと全く別の姿を夢見ることなんてまずできないだろうから」

……一理ある。身体的な変化を起こした個体よりヘイローを発現する個体の方が観測例が多いのも、『自らはアリスである』と理解しているし、どんな形であれそれを受け入れているからなのだろう。

私たちも外見が変わったとはいえ、最終的には『外見が変化したアリス』に留まっているし。

ウタハ「もちろん、別の姿を夢見ることが悪だと言うつもりは毛頭ないよ。アリスたちの精神的な成長は驚くほど早いからね。ちゃんと受け止めてあげたい」

ミク「……はい、そうですね」

アリス「大事なこと、だね!」


 なんとなく仮説の整合性が分かってきた。───と、すると。

ミク「……私たちの場合は?」

そう尋ねると、逆に訊かれる。

ヒビキ「まあ、それはあなたたち本人の方が分かるんじゃないかな?」

───そりゃそうだな。えっと、体が変わったのは人格データを共有する直前のはず。そのとき私が考えたのは……

ミク「『アリスちゃんの隣で一緒にいられるようになりたい』、みたいな……」

まずい、抽象的すぎる。

アリス「何もまずくないけどねー?」

!?思考が読めるのか?……じゃなくて。

ミク「アリスちゃんは何か考えてたんですか?」

アリス「あー、私は…『基礎スペックもデータ容量も足りない気がするけどなんとかなれー!』って感じ?」

めちゃくちゃ具体的だった。流石アリスちゃんと言ったところか?


 4号「なるほど……先程の仮説に基づくなら、ミクの願いが外部に、アリスの願いが内部に反映された形でしょうかね?」

コトリ「二人のボディが混ざったような外見はミクから、身体の成長や発育はアリスから来ている、というふうに見て取れそうです!」

ヒビキ「ミクの体にデータをインストールした段階で同じ『量産型アリス』と認められたから、二人の願いが両方反映されたのかも」

ウタハ「もしかするとミクの抽象的な願いから、身体的だけでなく能力的な部分に反映されてヘイローを取得したのかもしれないね」

なんかめちゃくちゃ丁寧に考察されてる。ちょっと気恥ずかしい……


 4号「ただ、この仮説を進める上で深刻な問題となる例があったんです」

アリス「ふむふむ?ちなみに誰なの?近くにいる?」

4号「私です」

ミク「なるほど、4号お姉様が……え?」

アリス「……!?!?」

スムーズに進みすぎて驚いた。深刻な問題って……?

4号「……私はヘイローを取得する前後において、『願いごとをしていません』。いえ、むしろ自発的に考えごとをしていたのかも怪しい状態で、気がつけばヘイローを得ていました」


 願いごとをしていない…そんなに明確に分かるものなのか、と思ったところで、お姉様がどんなアリスだったか思い出す。

ミク「……あ、4号お姉様の『能力』ですか」

4号「……まあ、確信を持って疑問にできる理由はそんなところですね」

逸脱したデータ管理能力……言い換えるなら『完全記憶』。つまりお姉様がどの日にどんなことを考えてどんなことをしたか、本人ははっきり分かるはずなのだ。

ウタハ「その4号が何度も考えた結果……彼女は『自ら願いごとをした自覚がない』と結論を下した。実際、あの頃は私たちの命令を聞いて動く、一般的なロボットに近い状態だったからね」

そのお姉様がヘイローを得た、とすると……

コトリ「何かしらの時間差があるのか、それとも『無意識的な』願いも反映するのか、あるいは何かしらの『条件』が必要なのか……またはそれら全てが影響しているのか」

ヒビキ「つまり、仮説が正しいとして、アリスたちが『望む』というのは具体的にどういうことなのか……それが最大の謎になりそうだね」


 ミク「う、うーん……」

かなり難しい……というか、そんなの分かりようがあるのか……?

ウタハ「まあはっきり言って、すぐに分かるものではないね」

4号「当事者である4号たちでも気付けない領域ですからね……もしかしたらキヴォトス人の『神秘』と同じレベルの難題に直面しているのかもしれません」

コトリ「最近はその謎の多さに影響されて、量産型アリスの研究を専門にするコミュニティもミレニアム内で確立されつつあるみたいですね!いずれ部門として正式に認可される日も近いとか近くないとか……」

ヒビキ「……それぐらい量産型アリスの存在は、キヴォトスにおける不可思議になっているということだね」

アリス「うーん……私もそうだけど、なんだかすごい不思議な存在に出会ったんだね……」


 と、感慨のような何かにふけっていると。

10050号「……えっと、そろそろいいですか?」

痺れを切らしたように10050号が口を開く。

ミク「あ、ごめんなさい。たぶん置いてけぼりでしたよね?」

10050号「そうですよ!検査の結果とお聞きしてたのにめちゃくちゃ考察し始めますし!お姉様達もめちゃくちゃ乗り気だったから聞くしかありませんでしたし!」

ミク「……でも、不思議なことは解明したくないですか?」

アリス「なんか、昔のマスターの研究室の雰囲気を思い出して楽しくなっちゃったね……」

10050号「ぐっ……研究者気質のお姉様達……それも尊い……」

……なんか急に噛み締めだしたぞ。ちょっと怖い。

ミク「……えっと、大丈夫ですか?」

10050号「………よし、もう大丈夫です。十分に吸収できました。話を戻しましょう」

吸収?何を??ていうか急に冷静になったが??だいぶ怖い。

出会いが特殊だったから気付けなかっただけでこの子も相当個性が濃いんじゃないか?


 10050号「ともかく、結論は一旦出たんですから、一度お開きにしませんか?そうこうしている内に深夜になっちゃいますよ!」

ウタハ「確かにそうだね。確かミクとアリスにはまだ『手続き』があるはずだから、あまり遅くなってしまうと良くない」

アリス「あっ、検査以外にもあったんだ……」

まあ、確かにそれだけでわざわざ『手続き』とは言わないか、と考えていると。

12058号「ガイドが必要そうな気がしたので只今戻りました!」

そう言う声と共に、コバチさんが戻ってくる。こんなピッタリにやってこれるのか。やっぱり仕事人すぎる…!

ヒビキ「ジャストタイミング、相変わらず流石だね」

12058号「伊達にガイド役を努めてないですからね!」

そう胸を張るコバチさんが輝いて見えるのは私だけだろうか。

アリス「あっコバチちゃん、ぬいぐるみ返すね!」

12058号「!ありがとうございます!

……それでは、説明しますね!」


 12058号「これからお二人には、アリス保護財団のトップ……ユウカ代表の元に向かいます。そこで諸々の事実確認やお話をしていただく予定です」

ミク「……なるほど」

早瀬ユウカ。ミレニアムサイエンススクールのセミナー会計として学校を支えつつ、アリス保護財団の運営を一手に担うある種の天才。まあミレニアムにいるのは大体天才だが、この方も例に漏れないということだ。

10050号「10050号も付いていってよろしいでしょうか!」

その話を受け、妹が食いつくように尋ねる。

12058号「えぇっ!?たぶん大丈夫だとは思いますけど……」

アリス「えっと、さっきしようとしてたお話は大丈夫なの?」

10050号「はい、むしろユウカ先輩にもお話できるなら好都合です!」

……なんかどんどん話を大ゴトにしようとしてないか?


 エンジニア部の方々もちょっと頭を悩ませて……そして口を開く。

ウタハ「まあ、いいんじゃないかい?この際、ユウカに判断してもらった方が後腐れもないだろう」

ヒビキ「そうだね。あまりユウカ先輩に負担は掛けたくないけど……」

4号「10050号、あまり困らせるようなことは言っちゃダメですからね」

10050号「もちろん、お任せください!」

なんか心配だなぁ……


 ウタハ「そうだ、最後にいいかな?」

出発する手前、話しかけられる。

ウタハ「今後もエンジニア部の活動を色々手伝ってくれると嬉しいんだけど、どうだい?勿論、検査も発明も、ね」

39号「「……!いいんですか!?」」

コトリ「もちろんです!今回は『ミク』のボディの話がほとんどでしたが、もう片方の『アリス』の存在も謎が深いですからね!」

ヒビキ「発明品のアドバイザーとかテスターとかも、興味があったら受けてほしいな……たぶん二人とも筋がいいから」

4号「もちろん、遊びに来ていただくだけでも大歓迎ですよ!いつでも気軽にお尋ねください!」

そう暖かい言葉をかけられ、心も暖かくなるのを感じる。なるほど、これが人と関係を持つということか。

ミク「はい、また来ますね」

アリス「楽しみにしてるよー!」

12058号「それでは、失礼します!」

そうして、私たちはエンジニア部をあとにした。



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おまけ


 アリスたちが去り、ほんの少し静まった部室で。

コトリ「行っちゃいましたね」

4号「たくましく育って4号は感激です!」

ウタハ「うん……そうだね」

そう言い、ウタハは彼女たちが出ていった扉をじっと見つめる。

それを見て、ヒビキは思わず口にする。

ヒビキ「……先輩、良かったの?ミクに『あの頃』のことを話さなくて」

ウタハ「………」


〈口が悪い?そういう体なんだから仕方ないだろうが。※★◯△するぞ、おい。〉

〈はあ!?てめえ初音ミク知らねえのかよ!教えてやるからこっち来い!〉

〈はぁ……良いよな……私もこうなれたらな……まあ、それは無理か。〉


〈気に病むなよ、これは私の選択だ。私が夢を叶えるためにはこれしかない。〉

〈でもお前らの言う通り、私が私じゃなくなるのなら……〉

〈『私』のこと、頼んだぞ、お前ら。〉


 恐らく、本人はもう覚えていない。エンジニア部の彼女たちだけが知っている、災禍に遭うより更に前の、39号のお話。

ウタハ「いいんだ。急に驚くような話をいくつもするのは混乱に繋がる。

更に言うなら、あの時の39号の言う通り、もう今の彼女とは別人の話だ。伝えたところで、あまり意味はない。

……だけど」

ヒビキ「だけど?」

一息つき、彼女は続ける。

ウタハ「もし彼女があの頃を思い出したら、その時は思い出話程度に話すのはアリかもね」

ウタハはそう言うが、他のメンバーには疑問の表情が浮かぶ。

4号「……思い出すなんてこと、あるんですかね…?完全にデータを消去されたのに……」

コトリ「それに、思い出す───消えたデータを取り戻すというのはつまり…ミクがあの頃に戻ってしまうことを意味するのでは?それは少なくとも、あの時の39号は望んでいません」

そう心配する声の中、ウタハは逆に微笑んで言う。


 ウタハ「そうかな?私は彼女が思い出した上で、それを受け入れ克服して変わりそうな気がする。彼女には『アリス』もいるし……何より、彼女たちなら大丈夫な気がするんだ」

その言葉に、エンジニア部の面々は笑顔を取り戻す。

ヒビキ「……そうだね。きっと何とかなる」

コトリ「私たちがするべきなのは、それを精一杯サポートすることですね!」

4号「そういうことですね!そうと決まれば早速、溜まっている開発レポートを消化しに行きましょう!診療所のアリスたちの様子も見に行きませんと!」

ウタハ「うん。頼んだよ、皆」

そう言って、各々が作業に向かう。

ウタハ「ミク、アリス……応援してるよ、いつでもどこでもね」



 今日もエンジニア部では、金属音と爆発音が鳴り響いている。




To be continued…





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