後日談

後日談

【閲覧・CP注意】「魔力供給…?」


※直接的な表現はないけど「コイツら魔力供給したんだ!!」的な後日談です






 アーチャーはいつかの晩のように、彼のマスター、鄭成功の部屋を密かに訪れた。鄭の微かな寝息と彼の呼吸を、静かな夜と月明かりが聞いている。アーチャーは寝ている主の傍へ赴き、その手を再び取った。自身のものよりも大きな鄭の右手を、両手で、縋る様に。確かな人肌の温もりに混ざって、魔力がいくらか彼に流れ込んでいく。建前の目的だった接触による魔力の供給量の検証は、既に済んでいる。つまりこれは、アーチャーの私欲による行動である。

 愛おしさで浮いてしまいそうな、恥じらいで溶けてしまいそうな熱。熱は二つの夜の記憶をなぞり、彼の耳まで紅潮させた。穏やかな月夜に反して、鼓動は次第に忙しなくなっていった。

「明、儼」

 彼は消えいるような声で鄭の名を呼んだ。握る手は震えている。それを二度三度繰り返した後、アーチャーは気取られなかった安堵とも、いじらしい不満が燻っているとも思える深い呼吸をした。身体の震えは止んでいた。既に彼には充足感があった、このまま立ち去っても後悔をすることはない。これは実際、アーチャーの禁欲的な性質を鑑みても道理である。その道理と現実が噛み合わないときがあるとすれば、それはやはり、やや熱っぽい情愛による不具合だろう。

「起きないのか」

 彼の視線は、繋がりを示す赤い印のある手から、今なお安らかに寝息を立てる主君の顔に移った。そっと握っていた手を離し、おずおずと顔を近づけた。あの夜と同じ寝顔がそこにはある。しかし不思議と、再演をする気は起こらなかった、一度主から施されたためだろう。姿勢を戻し、目を閉じれば、夢を見ない身であってもそのやり取りが浮かぶ。閑散とした空気が部屋には広がっていたが、冷たさはなく、むしろ温い感情が彼を包んでいた。

 緩慢とした心地の中、そろそろ部屋を去ろうという念が彼の胸裏を漂いはじめ、その目をゆったりと開いた。そうして不意に、主の顔を見る。それとほぼ同時に、声がした。

「……揺すって起こせば良いものを」

 瞼に塞がれて見えないはずの赤い目が、アーチャーを捉えていた。その目に気を取られていると、鄭は体を起こし、先程の彼のように顔を近づける。アーチャーが思わず後退りをすると、追うようにして距離を狭め、その腕を掴んだ。夜具に引き摺り込もうと腕を引けば、彼はすんなり身を委ね、鄭に抱き寄せられるような形で、共に横になった。二人は暫く言葉もなく顔を見合わせていると、その間に、アーチャーの髪が鄭の手によって解かれた。淡色の髪は僅かに月光を受け、絹の束を広げたかのようになっている。

「これで、外へ出るには手間が一つ増えたが」

 わざとらしい言葉を鄭は連ねた。髪を解いた手はそのままアーチャーの耳や細い首へ、陶磁器に触れるような扱いでもって流れていく。咎める気のない声をアーチャーがかけると、より密な熱で頸を撫でられ、思わず身を縮こまらせた。もはやこの先の触れ合いは、聞かずとも全て許されるだろう。夜の静けさは二人を包んで、他の全てから切り離した。互いに一度は深奥に秘めた、あの甘やかな夜の夢の続きを、今度は一緒に見られるように。


Report Page