彼女の思い出を知る人達
レイレイーーーーー双子岬ーーーーー
ラブーン「ブオォォーーー♫ ブオォォーーー♫」
双子岬の名物クジラは今日もグランドラインの入口であるリバースマウンテンに向かって楽しげに吠えていた。
賢い彼は2年前、彼の心を救ってくれた海賊達が元気に冒険を続けてくれることも、またその海賊団に彼が50年間待ち続けた大切な仲間が所属したことも、50年間、彼を世話してくれている老人から知らされ理解している。
そのため今日も、彼らが山の頂から運河を降って現れることを心待ちにしながら嬉しそうに吠え続けていた。
ラブーン「ブオォォーー♫ブオ……?」
クロッカス「…? どうしたラブーン?」
いつものように楽しげに吠えてきたラブーンの声が唐突に途切れ、彼が困惑していることに驚いた灯台守でありラブーンの主治医でもあるクロッカスはラブーンに声をかけた。
クロッカス「お前が急に吠えるのをやめるな…ぞ……?」
その時クロッカスもまた、突然頭に浮かんだとある“少女”の記憶に困惑した。
否、自分がその“少女”の存在を今の今まで“忘れていた”ことに困惑したのだ。
シャンクス『お久しぶりですクロッカスさん!』
クロッカス『シャンクスか、暫く見ないうちにお前も立派な海賊になったようだな!…ところでその女の子は?』
シャンクス『ああ、こいつは“ウタ”。おれの“娘”だ!』
もう12年以上前、かつてクロッカスが船医として乗っていた海賊船の見習いだった男が海賊船の船長としてこの岬に現れた時、自分の“娘”だと言って紹介した赤と白の特徴的な髪色の少女。
歳の割にしっかりした子供で、まだ10歳にもならない子供とは思えないほど素晴らしい歌声を持った少女だった。
ウタ『ビンクスの酒を♪届けに行くよ♪』
ラブーン『プオー♪』
彼女の歌声には、当時自暴自棄になっていたラブーンですら聞き入るほどだった。
クロッカス「…なんということだ。
お前も“思い出した”のか、ラブーン!」
ラブーン「ブオー!」
肯定するかのように吠えるラブーン。彼もまた、彼の心を癒やしてくれた優しい歌声の少女を今の今まで“忘れていた”ことに困惑していた。
数年前に再び双子岬を訪れたシャンクスは左腕を失い、トレードマークだった麦わら帽子を東の海の少年に託したとどこか嬉しそうに話していた。だがその場に、彼の“娘”はいなかった…。
そしてクロッカスの目に、正面を向いたラブーンの頭に描かれた下手くそな海賊のマークが映る。
クロッカス「そういえばルフィ君の連れていた人形の名前も…いや、流石に偶然か?」
ラブーン「プオ?」
クロッカスは2年前、ラブーンの心を救ってくれた麦わら帽子の海賊とその一味を思い出した。船長のルフィの被っている麦わら帽子がシャンクスから託されたものであることはすぐにわかった。その一味の仲間に今思い出した少女と同じ名前の“動く人形”がいた事が今更になって妙に気になりだした。
クロッカス「まさか…、いやだが…。」
あの人形こそが、自分が今“思い出した”少女なのではないか?
かつて海賊王の船に乗り修羅場を潜ってきたクロッカスですら、そのおぞましい想像に慄く。だが、この海に存在する数多の悪魔の実の能力の中には他人の肉体を変化させる能力も、記憶を操作する能力も無いとは言えないと、彼は知っている。
彼は数ヶ月前の新聞の記事を思い出す。
2年間、音沙汰のなかった麦わらの一味がシャボンディ諸島に姿を現し、新世界へと出港したという事件。その写真に映る麦わら帽子の少年、そして彼の肩に乗っていた人形を。
クロッカス「ルフィ君、ウタ…、どうか無事でいてくれ。」
〜数日後〜
クロッカス「ワッハッハッハッハ!!」
ラブーン「ブオォォーーー♫」
双子岬に灯台守と名物クジラの笑い声が響く。
灯台守の老人が掲げる新聞の一面には、満面の笑みで海軍から逃げる麦わら帽子の少年と、彼にお姫様抱っこされて赤面する赤と白の特徴的な髪色の少女が写っていた。
彼らが何故かリバースマウンテンから現れた赤髪海賊団と遭遇するのは、更にその数日後のお話…。
ーーーシッケアール王国跡地ーーー
その日、いつも通り農作業を終えた王下七武海“鷹の目のミホーク”はお気に入りの本を読みながらワインを傾けていた。
ミホーク「……!?」
ペローナ「どうした? ワインの味が悪かったのか?」
ミホークの隣でタルトを食べていた居候のペローナが、急に顔色を変えたミホークに声をかける。
ミホーク「……」
ペローナ「なんか言えよ! あんたが無言だと怖いんだよ!」
無言のまま虚空を睨むミホークの威圧感に怯むペローナ。だが彼女の抗議も虚しく、ミホークはしばし無言のまま、物思いにふけっていた。
〜2年前 偉大なる航路のとある島〜
シャンクス『鷹の目お前も飲んでけ!! な!!』
鷹の目のミホークから、自分が麦わら帽子を託した少年が海賊となり賞金首として名を上げ始めたと聞いたシャンクスと赤髪海賊団の幹部達は大喜びで二日酔いにも関わらず宴を始めた。
巻き込まれたミホークもなんだかんだと酒を飲み、自分が東の海で出会ったまだ未熟だが強い心と志を持つ剣士と、その男を従える器の大きな船長の話を、かつてのライバルに話した。
…だがその場に、かつて片腕を失う前のライバルが自分の“娘”だと自慢していた少女の姿はなかった。
そしてシャンクスも赤髪海賊団の船員たちも、もちろん鷹の目も、誰もがそのことに疑問を感じることはなかった。
ーーーーーーーーーー
つい先程まで“忘れていた”とある少女の記憶。
12年以上前、シャンクスと決闘した後の宴の席で“娘”だと紹介された、赤と白の特徴的な髪色と類稀な歌の才能を持つ少女。
宴で彼女の歌声が無いのはありえないと、父親だけでなく赤髪海賊団全員から太鼓判を押され、可愛がられていたことを、今ならば鮮明に“思い出す”ことができる。
だからこそ2年前に会った赤髪海賊団の様子の異常さに、今更ながらに気がついた。
ミホーク「ウタ…だったか?」
ペローナ「ウタ? 麦わらの所にいた人形がどうしたんだ?」
ミホーク「…? ゴースト娘、今なんと言った?」
ペローナ「だからウタだろ? この間の写真でも麦わらの肩に乗ってたカワイイ人形の。 いいよなー麦わらは。 モリア様のゾンビでもないのにあんな動くカワイイ人形と一緒にいられるなんて! …ってどうしたんだよ、あんたが冷や汗かくなんて、槍でも降るのか!?」
ミホーク「…偶然か? いや、だがありえなくはないか。
ゴースト娘、麦わらはいつからあの人形を連れている?」
自分がつい今しがた思い出した記憶の中にある少女の名前と同じ名前の生きた“人形”、それをあのシャンクスが自らの麦わら帽子を託した少年が連れていることに、偶然では流せない違和感を覚えた鷹の目が、居候に問いかける。
ペローナ「そんなの知るわけ…いや確かロロノアの奴が言ってたな。確か麦わらが子供の時に麦わら帽子を貰った海賊が航海のお土産だって言ってくれたらしいぞ? しかもその海賊、あの“赤髪のシャンクス”だって言ってたな!」
ミホーク「…ほう」
ペローナ「なんだよリアクション薄いな! お前が聞いたんだろ…っておい!」
疑念が確信に変わり、酒を飲む気も失せた鷹の目が席を立つ。
ペローナは身勝手な同居人に文句を言うが、彼女の言葉を無視して鷹の目は寝室へと戻った。
〜数日後〜
ミホーク「ワッハッハッハッハ!」
ペローナ「ど、どうしたんだよ鷹の目!? お前と同じ七武海が負けたんだぞ!? お前ドフラミンゴのことそんなに嫌いだったのか!?」
ミホーク「あんな男のことなど興味はないが、今日は気分がいい。 ゴースト娘、キッチンの棚の奥に酒が隠してあっただろう。 お前にも飲ませてやるから持ってこい!」
ペローナ「え!? お前あの酒、ロロノアに勝手に飲まれないように隠した超高級酒じゃねーか!? いいのか!?」
ミホーク「構わん。ああ、一本は残しておけよ? もしロロノアが来たらあいつにも飲ませてやろう。」
ペローナ「本当にどうしたんだよ!? ドレスローザの事件でお前がそんなに機嫌が良くなるなんて。 確かにロロノアが活躍したのは嬉しいかもしれねーけどよ!」
なんだかんだ言いつつ、2年間共に過ごした緑髪の剣士の活躍を喜んでいる居候が酒を取りに行くために部屋を出ていく。
ミホーク「奇妙な縁もあったものだ。 この俺が、あの男の“娘”を助ける手助けをすることになるとは。」
テーブルの上の新聞の一面には、彼が2年間鍛えた緑髪の剣士を従える海賊団の船長が満面の笑みで、赤面する赤と白の特徴的な髪色の少女をお姫様抱っこしながら海軍から逃げる様子が写っていた。
ーーーーーシャボンディ諸島 シャッキーのぼったりくバーーーーーー
ガシャン!
客の絶えた店内に、皿の割れる音が響く。
皿を拭いていた店主のシャッキーが、急に放心したように固まり、手に持っていた皿を落としたのだ。
レイリー「どうした? 君が皿を割るな…ど……?」
その様子を心配して声をかけた同居人であり、かつて海賊王の右腕と恐れられた“冥王”シルバーズ・レイリーもまた、突然“思い出した”とある少女の記憶に混乱し、動きを止めた。
〜12年以上前〜
レイリー『まさかお前に娘ができるとはな。』
シャンクス『ああ、血は繋がってないがこいつはおれの“娘”だ』
レイリー『ハッハッハ、ならば私の孫のようなものだな!』
シャッキー『羨ましいわね、こんなに可愛くて歌も上手な娘が孫なんて』
ーーーーーーーーーー
かつて自分の船の見習いとして息子同然に育てた男が、“娘”を連れて挨拶に来た日のことを、レイリーは“思い出した”。
レイリー「シャッキー、君も“思い出した”のか!?」
シャッキー「ええ、ええそうよ…。レイリーさん、もしかしてだけど…」
レイリー「ああ、確証はない。だがルフィ君と一緒にいる彼女は…!」
2年間、レイリーが鍛えた麦わら帽子の少年。未熟だが、かつての己の相棒を彷彿させる彼と、彼と常に共にあった生きた“人形”。
そして自分達が今、突然“思い出した”少女と同じ名前をもつ人形。
シャッキー「わたしは、あの子になんてことを…」
レイリー「私も同罪だ。恐らく何らかの悪魔の実の能力なのだろう。 私達ですら今の今まで忘れていたことに違和感さえ感じなかったのだ…。 おそらくシャンクス達も…。」
嗚咽するシャッキーにレイリーが言葉をかける。
シャッキーは2年間、このバーで彼女を鍛え、もはや“人形”として限界に近かった彼女を死出の旅路に送り出したのだ。
その“人形”が、忘れていた自らの“孫”も同然の少女だと今更になって“思い出した”彼女の苦しみは、いかほどであろうか。
レイリー「シャッキー、大丈夫だ。 あの娘は君が2年間鍛えたのだろう? それにルフィ君も、彼の頼れる仲間達もいる。」
シャッキー「ええ、そうね。 それに私たちがこうやってウタちゃんを思い出せたのも、きっとモンキーちゃん達が、こんな巫山戯たマネをしてくれた連中をどうにかしてくれたからよね!」
レイリー「ああ、そうだとも。 彼らのことだ、きっと明日には世界を揺るがせる大ニュースが飛び込んでくるさ!」
お互いに励ますように、自分の自慢の弟子たちを信じて彼らは笑いあった。
数日後、彼らは新聞の一面に掲載された、海軍に追いかけられているのに満面の笑みのルフィと、彼にお姫様だっこされて赤面する赤と白の特徴的な髪色をした女性の写真を眺めながら、乾杯することになるのは、また別のお話。
後日、新世界にいるはずのウタの“父親”が何故かバーに現れ、怒れる店主に店外へと蹴りだされることになるのは、更に別のお話……。