彼女の家族
ファニキとアルアインの兄貴がシャフくんユバちゃんの結婚式で泣いて互いを慰め合う幻覚を見ながら書いた文章 遅刻です「ねえ、このあと時間あるかな?」
誕生日デートと称してショッピングを楽しんで日も傾いた頃。もうじき解散すべきかとシャフリヤールが考え始めたあたりで彼女、ユーバーレーベンにかけられたのはそんな言葉だった。
「ある、けど」
何を言われるのかと生唾を呑んで答える。今までは二十二時を回る前に別れるようなデートしかしたこともなかったというのに。別れ話、なんて言葉が脳裏を過ぎって汗が背中を伝った。
「うちに来ない?お兄ちゃんがケーキ焼いてくれたんだって!」
「いや、家族団らんの場にお邪魔するのも悪いし」
期待に満ちた瞳を直視できずに目を逸らす。令嬢や令息を祝うような、一流ホテルのドレスコードもあるような誕生日パーティーであれば付き合いにと連れていかれたことはあっても、身内だけで祝うようなそれに招かれた経験はシャフリヤールにはなかった。
「せっかくの誕生日だし、もっとシャフくんと一緒に過ごしたかったんだけどなぁ~……」
「行く、行くから!」
「やったー!もうお父さんにシャフくん連れてくって連絡しちゃってたし、来てくれなかったらどうしようかと思った」
嵌められたような気がしないでもないが、愛しい彼女が笑ってくれるのならそれでいいかと自分を納得させて、シャフリヤールは手を引かれるままにユーバーレーベンの実家への道を辿った。
彼女の実家に突然放り込まれて気まずさを感じない男が果たしているのだろうか。『お兄ちゃん手伝ってくるから!』と頼みの綱である彼女がキッチンに発って、シャフリヤールは彼女の父であるところのゴールドシップと対峙していた。
映像以外でお目にかかったのは初めてだった。気のせいかもしれないが見定めるような視線が全身に刺さる。兄と同じくらい大柄な男だなあというのが初見での印象だった。
「シャフリヤール、だよな?今年も現役なんだってな」
「あ、はい」
「俺もお前と同じ年のとき現役でさ~、周りの奴らみんな引退しちまうからレースも後輩ばっかになるだろ?あれ年食ったなって感じでめっちゃ嫌になるよな」
「そうなんですね」
「ま、怪我すんなよ。レースの成績なんて生きてることに比べりゃあ大したもんじゃねえからな」
レースの結果が命といって過言ではない競争バの身で、何の衒いもなく言ってのけた彼はやはりただ者ではない。現に、返事ともとれない不明瞭な頷きを返すシャフリヤールを気にも留めずに話をしている。
「にしても、娘の彼氏がディープさんとこの子なんてなあ」
「父のことは、あんまり覚えてないんですけど」
「まあ俺もよく知らねーけど。お前の兄貴分みてーなやつらとレースでよく顔合わせてたからよ。まあ怪我とかそういうので、結局引退しちまったやつも少なくなかったんだが」
だからな、と一拍置いてゴールドシップは続けた。
「お前も怪我すんなよ。てめーのラストランはてめーで決めるんだ」
シャフリヤールが返事をする前に頭をくしゃくしゃとかき混ぜられて、何も言えなくなってしまった。ただ乱雑で力任せなその手は、兄がふざけて頭を触ってくるときのそれによく似ている。
「あっお父さん!シャフくんのこといじめないでよ~!」
「いじめてねえって、な?少年」
「少年って年じゃ、」
「なんだよ騒がしいな……って誰だオメー」
「お兄ちゃん!紹介するね、彼氏のシャフリヤールくん」
「は?」
お兄ちゃんレーベンに彼氏がいるとか聞いてないんだが、うん今日紹介しようと思って、ゴルシさん知ってたんすか?まあレーベンに聞いてたしな……。
シャフリヤールを蚊帳の外にして騒ぎだした三人を見ながら、いつか自分も家族を紹介するときが来るんだろうなと、そんなことを考える。
(そのとき俺は、兄貴を紹介するんだろうな)
どうかその時まで無事にいられますようにと、目の前の騒がしい家族と己の家族が対面する日を思った。