彼女の夢見る世界 3

彼女の夢見る世界 3



”・・・ここは、シャーレのオフィスか。”


目を覚ますと私はシャーレのオフィスにいた。先ほどから二か月前の日付を指すカレンダー。もう少しで当番の子が来るであろう時間を指す時計。ゲマトリアの連中のいう通り、時間にずれが生じている。


”連中の言っていた通りか。本当に別の世界に来たのかな?”


先ほど、と言っていいのかも分からないが、私の体感としては先ほど、ゲマトリアの黒服から伝えられたことを思い出す。


『貴方に別の世界にわたっていたいただくにあたり、時間のずれが発生が発生します。少し前の時間に飛ばされる、一種のタイムスリップと考えていただくといいでしょう。具体的には、2か月ほど前ですね。』


ーーーーー


”分かった。その2か月の間に解決の糸口を見つけて来いって事だな。”


「随分物分かりが早いですね。疑問をぶつけていただいてもかまわないのですよ。なぜ時間が戻るのか、そもそも他世界に渡る方法はどんな理屈なのか。などなどいくつか疑問は浮かんでいるでしょう。」


”説明を求めて答えるのか?”


「ええ、もちろん。言っているでしょう?私たちは本質的には学者なのです。常に功績の内容を語りたいと思っております。そして、内容を理解し、感動を共有できる同士を常に求めているのです。現状の第一候補が貴方なのですが。」


”・・・その諸々、他世界が何だ、時間移動がなんだの講義に何時間かかるんだ。その間に言って解決するのが早いだろう。”


「そうですね。基礎から語りだすと一月はかかってしまいます。・・・ではこの寝台に。」


寝台、そういって黒服が示したのはMRIを取る際に使うような機械。ベットの先に穴の開いた空間、その先にベットが入り、恐らく世界を渡るのだろう。

意を決して、寝台に横になる。冷たい金属の感覚を背に感じながら、目を閉じる。


”じゃあ、頼む。”


「ええ、もちろん。・・・始めましょう。マエストロ、計器は?」


「すべて正常だ。確実に渡れるだろうな。代われるものなら代わりたいと思うほどだ。しかし、うらやましいことこの上ないよ。時間を渡る、世界を渡るなど、何度生を繰り返したとしても得られる経験ではないだろう。」


「我々には資格がなかった。それだけです。・・・では先生、世界を貴方の愛する生徒たちを、ついでに私たちを頼みますよ。」


”フッ・・・まあ、任せてくれ。”


奴らの策に乗るのは癪だが、生徒たちを助けると考えれば悪いものではないかもしれない。

・・・いや、やっぱりあいつらを助けに行くのは絶対に嫌だな。


という思索を最後にわたしの意識は薄れていった。


ーーーーー


そして今に至る。目を覚ましたシャーレのオフィス、2ヶ月前の日付。連中の策は完璧に今くいったといったというところだろう。腹立たしいことだが、上手くいったのであれば僥倖といったところ。2か月という時間があるとはいえ調査も早くするに越したことはない。

まずはアリウスの生徒、もしくはトリニティの生徒辺りと話をしたい。この世界のアリウスの歴史、エデン条約機構の有無等確認しなければならないことは多い。それらを自然な形で聞き取る、それが今の私の任務である。


・・・とはいったもののシャーレの業務もこの世界でも変わらずにあるらしい。まずはそこから手を付けていくことにする。とりあえず今日の当番の生徒を確認してみる。


「〇〇〇〇、トリニティ総合学園、1年」


見覚えのない名前。しかし、トリニティの子であるのならば好都合だ。トリニティに関しての調査とでも銘打ってアリウスのことなどを聞いてみよう。


名前を知らない子がシャーレの当番になっている。しかしこの世界の私と仲良くなっている、私の知らない生徒なのかもしれない。私からしたら初対面だが、彼女からしたらそうではない。とても不思議な感覚だ。そんなところで「別の世界に来たんだ」と実感する自分がいた。


”そろそろかな。”


バンッ!!!


「先生!!おはようございます!アリウスが、いやトリニティが誇るスーパーサイケデリックアルティマ生徒!〇〇〇〇、ここに推参いたしました!!


本日のシャーレの当番は私ですよ!戒律の守護者たるユスティナの後継、アリウスとしてばっちりきっちり先生のお仕事をお手伝いいたします!サボリなんて許しませんからね!」


”・・・”


大きな衝撃を扉に与えながら高らかに声を上げて入室してきた彼女は確かに初めてみる子だった。しかし、髪の色や顔立ちなど、どこか教官に似ている。「妹がいた。」いつだったか教官はそんなことを言っていた。いた、という表現からその子の現在については推しはかっていたが、今目の前にいる彼女は、まさか。頭の中に疑問符が多く浮かんでいると何も反応しない私を不思議に思ったのか彼女はまた喋り出した。


「むむむ、どうなさいました?先生。いつも通り口笛とか「よっ!」とか盛り上げてくださいよ?今日はテンション低い日ですか?


・・・何やら考え事のようですね。今日のプレイのテーマでも考え中ですか?こないだは警官でしたが、今日はシスターとして接してあげましょうか?おお、迷える子羊よ、悩み事でもあるのですか?」


”この世界の私は何をやっているんだ!!”


と机を叩く私に彼女はけらけらと笑いながら「冗談ですよ。」と伝えてくる。軽い口調の彼女は教官には似ていない気もする。つかつかと私の対面の座席に座り、頬杖を付きながらこちらをのぞき込んでくる。


”・・・〇〇”


「はい、〇〇ですよ。貴方の愛する生徒の一人、トリニティ総合学園、アリウス分派所属の〇〇でございます。」


”ちょっと、お茶でもしないか?君についてもっと知っておきたいと思ってね。”


「口説くつもりですか、いいでしょう。受けて立ちます。アリウス分派随一ミステリアスな私に挑むとは、それでこそ先生です。ちなみに好きな食べ物は甘いクッキーです。もしお茶の席にあればついつい口を割ってしまうかもしれませんね?」


”はいはい。お茶は紅茶で構わないかな?”


「コーヒーをお願いします。好きなんですよね。」


”・・・了解しました。少々お待ちくださいお嬢様。”


「くるしゅうないですよー。」と彼女の声を背に給湯室絵向かう。しかし、彼女がトリニティの生徒でアリウスの関係者だった事は棚からぼたもちが降ってきたようだ。彼女の好みであろうコーヒーとクッキーを持ってきてお茶でもするとしよう。時間は2か月ある。調査をするには十分な時間だろう。

彼女の正体も今紐解くべきことではないのかもしれない。まずは一人の生徒として、彼女との交流を始めてみることにしよう。彼女からしたらすでに私は知り合いなのだが、私からしたら始めましてである。そのことを気取らせないように接していかなければ!



ーーーーー


「さて、先生は無事向こうに着きましたかね。」


「無事に向こうについたはずだ。我々の技術の髄が注ぎ込まれたコイツに過ちはないはず。しかし、いいのかね、先生にこれを見せてしまって。我々は先生と敵対しているのでは?」


「敵対など我々はしていませんし、するつもりもありません。ただ我々の同士になって欲しいだけ。そうでなければマエストロ、貴方も先生に作品を見せたりはしないでしょう?」


「同じように扱わないでくれたまえ。私はただ私の作品に対する理解者としてだね・・・」


「はいはい、さて、私たちも向かうとしましょうか。」


「人の話は最後まで聞き給えよ。向かうとはどこへ?」


「はぁ、事前に説明してありましたよね、シャーレの看護棟ですよ。」


「なるほど、娘のことは母に聞くのが手っ取り早いと?」


「我々は教官殿を知らなすぎる。そこが一番の問題なのです。彼女の保有する神格、その神性。それらを把握できていない。彼女ほどの神秘についての知見があまりにも足りていない。」


彼らには分からなかったことがある。それは教官と呼ばれる存在についてである。本人から釘を刺されているからということもある。しかしそれ以上にベアトリーチェが秘匿していたことが大きい。始めて彼女のことを観測したのは10年ほど前、アリウス自治領での大規模な存在の反応が消失したこと。その時は誰がその現象を起こしたのかは分からなかったが今はわかる。彼女、教官と呼ばれている少女が起こした。それ以外考えられない。

そして、その異質さを、その神秘の比類なきを認識できなかったのはベアトリーチェが隠していたからに他ならない。


「シャーレに入院している彼女が一番教官殿の神秘について理解しています。故に彼女に話を聞きに行く。極めて論理的な行動であるといえるでしょう。」


「しかし、勝手にシャーレに行って先生に怒られてしまうぞ、黒服。同士候補からの好感度が下がってしまうぞ。」


「・・・何のために先生を他の世界に追いやったのか。危機が迫っていることは事実ですが、ベアトリーチェに聞き取りをすることも今回の1件の目的の一つです。」


救出をすることはしない。それはゲマトリア全体の総意である。彼女はゲマトリアにふさわしくない。しかし、彼女の持つ知見は貴重な物だ。10年以上アリウス領内で研究していた彼女の研究レポートは回収したがそれでは足りない。彼女自身の持つ知見も回収しておかねばゲマトリアの名が廃るというもの。


「ふむどうやら、本日のシャーレの当番は私の知り合いのようだ。以前は間諜と名乗っていた者、といった方がお前には分かりやすいかな?」


「・・・なるほど、ふむ。向かうとしましょうか。」


「どこから?」


「正面から。」



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