彼女の夢見る世界 2

彼女の夢見る世界 2



「先生お待ちしておりました。」


黒服に指定された場所、そこはD.U.地区内の5階建ての雑居ビル5階のオフィス。下の階には普通の企業などのオフィスが入っており、普段意識するような事もない雑居ビル。

呼び出されたここは恐らくゲマトリアの施設の一つなのだろう。何気ない日常の中に潜む、その方が目立つことも少なく済むのかもしれない。


”ここは、ゲマトリアのアジトってやつなのか?”


「・・・その通りです。高層ビルの頂上で企みをするのもよいですが、こういった町中に潜み、研究を進める。そんなことに憧れのあるメンバーも居ましてね。ああ、決してどこかに告げ口をしてはいけませんよ?このオフィスは認識している人間が少ないほど認識されずらくなるのですから。そんなロマンにあふれたアジトなのですよここは。

私個人としては「いるかこれ」と思ったりもしましたが、今回の事態を把握し解決のため動けるからには感謝しなければなりません。」


”それで?今何が起こってるのか、説明しろ。教官が関係している、この世界の危機であるとしか伝えられていないんだが?”


「言葉を尽くさせていただきます。しかし、先に確認させてください。現在教官殿は何処にいますか?」


”今日はトリニティに行って補習授業部で授業をすると言っていた。念のため補習授業部の子に確認したところ、実際に今はトリニティにいるよ。この後はアリウスに戻るそうだ。”


「安心しました。今回の元凶と呼べる存在の足取りは正確に把握しておく必要がありますので。我々では彼女に関して調査を進めることもできず・・・ほとほと困り果てているのですよ。

さて、今回の件についてですね。まずは事態の発覚の経緯から。プレナハデスの一件以降我々は他世界に関しての研究に手を出しました。また同じ事態が起こってしまった際に後手に回るわけにもいきませんしね。


他世界、パラレルワールドというと聞きなじみはあるでしょうか。「今日は紅茶を飲んだけれど、もしコーヒーを飲んでいれば。」、選択の一つ一つに世界の分岐の可能性が潜んでいる。その世界を観測する、望遠鏡のようなもの。その開発に我々は成功、そしてヒト一人をその世界に送ることが可能となりました。これはとてつもなく大きな成果であり、我々の研究の一つの到達点であるといえるでしょう。その観測、転移のための場所がこのオフィスなのですよ。認識する人数が少ないほど認識されない。それは他世界からの認識も含みます。つまり、他世界からは認識されないで向こう側を覗き見ることが可能なのですよ。


ククク・・・さてこれを用いて何をしようかと、他の世界の我々の研究について覗き見でもするか、などと思案していたのですが明らかにおかしいことが発覚しました。見える世界のパターンが明らかに少ないのです。本来は無数の世界が見えるはず、生物の自由意志とは無限の選択肢を生みそれによって世界が分岐するのですから全く同じ世界などあるはずがない。しかし、細かな相違はあれど大枠が同じ世界が多く存在していました。


我々は考えました。そして「いずれかの世界が拡大、そして他の世界を飲み込んでいるのではないか」という結論に至りました。恐らく、どこかの世界で大きな力、神秘、知識を持つ者がサンクトゥムタワーを登って崇高に至ったのではないか。そんな事態が起これば、この世界の統一、拡大が可能なのではないか。とね。」


”・・・つまり、お前の言いたいことは「どこかの世界の教官が崇高に至って、この世界まで飲み込もうとしている」ってことか?”


「ご明察!理解が早くて助かります。」


”もっと簡潔に伝えることを意識して話せ。”


「これは失敬。」


アリウスの教官。彼女について私の知っていることは実はあまり多くない。現在のアリウスの生徒会長である、エデン条約機構成立の立役者であり現盟主、アリウスで教鞭をとることもあり補習授業部の面倒も見ている。何度かシャーレの当番をしてもらったこともあるがその時もシャーレとエデン条約機構の仕事のすり合わせの面が強かった。

しかし、彼女がアリウスのことを、友人たちの事を好いているし大切にしていることは分かる。そんな彼女がそこまで大きな騒動を、世界を巻き込むような事を起こすだろうか。


「彼女がそんなことをするか、ですか。我々としてはむしろ彼女だからできた事であると思っています。無名の司祭の制作した天童アリスでも、高い武力を持つゲヘナの風紀委員長でもなく、初代ユスティナ生徒会長の血を強く引く秤アツコでもなく、彼女だからできたことであると。どこまでも「愛」に満ちた彼女だからこそできたことであると。」


”「愛」ね。お前からそんな言葉を聞くことになるとは。お前はそういうのを馬鹿にする側の存在かと思っていたよ。”


「それは心外ですね。我々ほど愛とか、奇跡を信じている者はいませんよ?ロマンにあふれたものを探究し、解明し、発見する。そんなロマンに満ち溢れた職に就くのが我々学者なのですから。」


”・・・胡散臭いな。”


しかし、コイツに提言されたことが癪であるが彼女が愛に満ちているということは疑いようがない。きっと彼女は否定するだろうけれども。アリウスに住む生徒達を、彼女が友誼を結んだ人々をきっと彼女は大切にしているし、愛していると呼べるだろう。それほど彼女の懐は深く、同様に愛情も深く大きい。


「ただ・・・彼女が元凶であることはただの仮説ではなく、事実に基づいているのです。この写真をご覧ください。その世界の彼女を写したものです。」


スッと差し出された写真に目を向ける。その写真は空の写真だった。ただ、その中央に光が集まっていて、その中に人影が板のようなものを抱えているのが見えた。


”この人影が彼女、教官であると?よくわかったな。”


「ベアトリーチェの研究資料に載っていたのですよ。崇高に至った場合の想像図としてね。教官について、彼女の持つ神秘についての知見が最も深いベアトリーチェによる推察です。概ね正しいといえるでしょう。我々の推測とも合致しますしね。」


”・・・それで?結局その世界に飲み込まれると、どうなるんだ?そもそもその世界はどんな世界なんだ?お前の言いたいことは結局私にその世界に行ってその世界の拡大を止めて来いって事だろう?”


「・・・その通りですね。貴方にその世界に向かってもらいたい。そして、その世界は教官殿の求める世界となっている。・・・我々は貴方に頼るしかない。しかし最も危惧しているのは貴方がその世界を肯定するということ。飲み込まれてしまった方がいいじゃないかと思ってしまうこと。貴方は、どんなその世界がどんな世界だと想定していますか?」


”「愛」に満ちた、とお前が表現したようにきっとそんな世界なんじゃないか?それこそ、銃火器が無くなっているとか、犯罪率が下がっているとか、”


「フフ、その程度では彼女は、その世界の神は満足しません。むしろ、銃火器の規制、犯罪率の低下等よりも彼女の考えたことは人、組織の幸福です。実際に向かって貴方自身の目で確かめてほしいことでもありますが、一つ確実な変化をお伝えします。

アリウス分校という学校は存在しません。この世界でアリウス分校の生徒として生活している者たちはトリニティに所属しています。そしてアリウス派閥、ひいてはユスティナ聖徒会に所属し、トリニティにて戒律を守護、つまりは裁判官のような役割に従事している。」


”つまり、アリウス派閥が弾圧されなかった世界ということなのか?そこがこの世界と異なっている点?”


「申し訳ありませんが、そこまでは分かりませんでした。どこで歴史が分岐し、統合が始まったのか。

・・・今回のこの依頼を受けていただくことは可能でしょうか?我々としても報酬は弾みます。何せもしこの世界がのみこまれてしまえば、我々の研究が無に帰す可能性があるのですから。」


”受ける。”


「即決ですか。我々としては良いことなのですが、理由をお聞きしても?」


”私は私に託されてしまったからね。生徒たちを頼むと。きっとそれはこの世界の生徒だけじゃない。もしその世界の生徒が幸せだったとしても、拡大は止めなければと思うよ。できなければこの世界の生徒たちが変わってしまうことになるんだろう?それは看過できない。それだけだよ。”


「・・・だけ、ですか。ま、よいでしょう。ではご案内いたしましょう。別の世界にね。あまり気負わずに行ってもらいたいところです。貴方は貴方であればよい。きっとそれが大きな意味を持ちますよ。もし解決した、解決が不可能であると悟った場合そちらの世界のこの建物に訪れてください。我々がお迎えをいたしましょう。」


”助かるよ。しかし、どこに私は着くんだ?ここに私が急に現れることになるのか?”


「シャーレの先生であるあなたの場所に、ですね。どちらかというと貴方の意識を向こうに送る形になります。向こうのあなたの意識を此方のあなたに変える、というニュアンスでしょうか。本来はもっと難解な工程を踏むのですが、ありていに言えばそんな感じですね。シャーレは此方と同程度の機能を持っていることは確認しています。

故に、向こうの貴方のいる場所からスタートすることになります。準備ができたらお声掛けください。貴方を送る際に使う機器の準備がありますので。」


と黒服は言って扉の奥に消えていった。覚悟は出来ている。たとえどこの世界の生徒であろうと関係ない。「生徒たちを頼む」と言われたのだ。他でもない自分自身に。その約束をたがえることはできない。決意を確かめ私は扉の奥に進んだ。


ーーーーー


「教官、少しいいだろうか。」


授業が終わって、教官が教材を片付けているとき、私は声をかけた。先生とのモモトークが明らかに不自然だったから。


”教官はそっちにいる?”

「いるし、この後はアリウスに戻るそうだ。なにか伝言か?」

”いや、大丈夫。こっちの話。少し気になってね。授業がんばてて。”


普段は誤字なんてしない先生がきっと急いで打ったであろう文。教官がまた何かに巻き込まれていると推測するには十分だった。


「どうしたアズサ。どこかわからないところでもあったか?」


さっきまで私たちに授業をしてくれていた教官。いまも、さっきの授業の教材を片づけている。時々会うアツコが「あの人が生徒やれてるか心配っていうか、申し訳ないとこあるんだよね。どうしても今のアリウスは教官に任せなきゃいけないことも多いし、仕方のないとこなんだけど・・・。」と愚痴をこぼしていた。

確かに、今だって私たち補習授業部の授業を見てくれていた。アリウスにいたころから教官は「教官」だったから、私たちに何かを教えてくれるのは当たり前だと思っていた。でも違った。同じ3年生でもミカやナギサは私たちの前に立って何かを教えたりはしない。それをしてくれるのは先生だ。確かに教官が生徒として何かをしてるところは見たことがない。授業も受ける側じゃなくてする側、訓練だって、あの裁判の時だってそうだった。アリウスの全責任を負おうとしていた。ベアトリーチェや、正統アリウスたちの罪まで背負って裁かれていた。

だからこそ、憧れている人だからこそ、大好きな人だからこそ。気になった。


「教官は、やりたいことが出来ているのか?私は昨日、ヒフミとモモフレのグッズを買いに行ったんだ。なにか欲しいものや、やりたいこととかないのか?」


「急にどうしたんだ?しかし、やりたいことか。出来ているよ。アリウスや、トリニティ、ゲヘナのみんなともに過ごす事。それが今の私のやりたいことだし、その生活が欲しいものだよ。」


「ムムム。本当か?なんていうかもっと欲を出してもいいんじゃないか?美味しいものを食べたいとか、綺麗なアクセサリーが欲しいとか。」


「あまりそういった欲は持ち合わせていないな。しかし、なんだアズサは何か欲しいものでもあるのか?」


「いや、そういうわけでは・・・!じゃあもし教官がなんでもできて、なんでも決められる神様みたいな力を持てたらしたいこととかないか?毎日プリンでも怒られないし、仕事しなくてもアツコに怒られたりもしない。そんな世界なら、教官は何がしたい?」


「もしも神様だったら、か。それでもあまり変わらないな。私はきっとみんなの幸せを願うよ。平和に生きられる世界を、悲しい思いをする人のいない世界を願っているよ。必ずな。」


そう答える教官の顔はどこまでも優しくて、きっとそれは本当なんだろうと否応なく納得した。そんな教官だからこそ私は憧れたし、大好きなんだと思った。だから、


「なら、私のやりたいことも欲しいものも決まった!教官と同じだ!なんとしても手伝って見せよう。」


「はは、アズサの目標になれて光栄だよ。しかし、そういうのは自分で見つけてこそだ。それが見つかるまでそこを目指すといい。きっとアズサならできるよ。」


「そうだ、教官はこれからアリウスに戻るんだよな。私も同行していいか?アツコに会ってお茶でもと思ってな。」


「ああかまわないよ。きっとアツコも喜ぶ。帰りに何かお菓子でも買って帰ろうか。」




先生からのモモトークはあれき繋がらない。そして教官に届いている様子もない。教官に直接頼れる事態じゃないんだろう。なら私のできることは教官と一緒にいること。もしまた先生から連絡がきたときに返事ができるように、これ以上何かに巻き込まれないように。私のやりたいことをするために、欲しいものを守るために。




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