彼女と彼女と彼女たちの事情(2)
ここへ来た最大の目的である先生との邂逅はすんなりと叶った。
食堂の大扉を開けようと奮闘していたらしいジュリに案内され
近寄ろうとしてきた触手たちはジュリ似の子が身振り手振りでダメだと伝えれば止まり
すんなりと食堂のバックヤードに寝かされていた先生と対面できたのだ。
だが他の生徒同様に触手にやられたらしくまだ目を覚まさない先生を搬出して良いのか、
室長と平社員で診ている間に社長と課長でジュリの話を聞く事になった。
ジュリがぽつぽつと語りだした話は
正直に言えば便利屋たちの予想を遥かに超えていたと言っても良い。
ジュリが初めて成功した料理であるサラダを昨日の昼食の一品として出した事、
それが時間が経ってから変異して何時ものアレ……便宜上サラダちゃんと呼ぶとする……と化した事、
食堂で昼食を取ったゲヘナ学園生の腹の中で増殖して溢れ出したそれらが
生徒と同じヘイローを持つようになった上でおそらく風紀委員や万魔殿まで制圧したであろう事、
そして……ジュリの横にいる娘が、元は先生の腹の中で増殖しただろうヘイロー無しのサラダちゃんであり、
その後ジュリの子宮に入ってジュリが産み落とした者である事(後産した臍帯と胎盤がしっかりと残っていた)。
あまりの超展開に社長はいつものように白目を向き、課長もうっすら冷や汗を流す。
ともあれ“サラダちゃん”の行動原理は強引だけど説明はつくね、と課長が咳払いをして言う。
サラダちゃんは元々生徒たちの為に、生徒たちに喜んでもらう為に心を込めて作られた料理だった。
生徒たちばかりを狙っているように見えたのは生徒たちのために作られたからで、
生徒たちを犯すのは多分生徒たちに喜んでもらうため、
変異してバグったのか、変異した後の体内で増殖する際の生徒たちの反応を喜んでいるものと認識したのかはわからない、
子宮にまで潜り込むのは「そう言えばゆで卵も入れました……」帰巣本能、かな……
と徐々に自信が無くなっていくのは致し方なし。
とりあえずそうして犯した生徒から結果的に力を吸ったサラダちゃんたちは
多分ゲヘナ学園の外の生徒たちにも喜んでもらう為にキヴォトス全域に広がろうとしているんだ、
そこまで言った所で彼女は失言を悟った。
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自身が原因であるとわかっていたはずだった。
だが彼女が想像していた以上にこの事件は大事で、
キヴォトス全土を巻き込む大惨事になりかけている。
しかも彼女の作った料理だったサラダちゃんたちがそれを行うのが、
本当に彼女の込めた真心からだったのであれば、
彼女が今までしてきた事は一体何だったのだろう。
頼れる先輩や好きな人に迷惑をかけながらも頑張ってきた。
しかし少しずつでも積み重ねてきた成功が、こんな事を起こすのであれば
努力などするべきではなかったのではないか。
堪らえようとしても涙は次々と溢れてくる。
心配そうに己の手を握る娘の温もりも今は辛い。
だが、だけれど、もしこうなっていなければ、この手の温もりはなくて。
誰にも産まれる事を望まれていなかったとしても、
元が先生を苦しめて産まれてきてしまったのだとしても、この子は自分の娘なのだ。
だから
「私はどうなってもかまいませんから、この子だけは……」
ジュリに出来る事は、目の前の彼女たちに娘の助命を頭を下げて懇願する事だけだった。
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どうしてこうなった、と陸八魔アルの内心は混乱の極みにあった。
目の前には全裸で土下座する少女とそれに心配そうにすがりつく子供の姿。
アウトローではない、これはアウトローではない、こういう事をされるのは借金の取り立てに来たチンピラとか家庭内暴力を振るう夫のようなクズであって、断じてアウトローではない。
混乱が一周回って逆に落ち着いた所で思考が回る。
このまま先生を連れて行ってもし事態が解決したとして、彼女たちはどうなるか。
ジュリに関しては本人の意思ではなくても、ここまでの事態になってしまえば
彼女に責任を取らせようとする者は必ず出てくるだろう。
そしてジュリの娘。
サラダちゃんたちは生徒を犯して増殖・成長・進化し、僅か一日で銃まで使い始めた。
その上で生徒の腹で産み直されて生徒と同じ姿まで手に入れたモノが出たとなれば、世間はどう判断する?
目の前の少女は喋りはしないが、明らかにこちらの言葉を理解している。
ヘイローを持ち、銃を扱い、人と同じ姿と知性を持つ者。
キヴォトスにいる生徒たちの立場に成り代われる者の存在を、世界は認めることができるのか。
それがわかっているから、ジュリは自分たちに命乞いをしているのだ。
悩み、迷い、母娘2人と社員の3人を見渡して、長いようで短い沈黙が過ぎ、そして彼女は決断を下す。
「しばらく食い扶持が二人増えるけど皆、良いかしら?」
え、と顔を上げたジュリがぽかんと口を開ける中で社員たちが即座に諾の返事を返す。
状況が飲み込めていないジュリに社長は危険を承知で彼女たちを匿う事を告げた。
先生を搬送してから、その後はまぁ何とかするわと。
どうしてそこまで、と呟く彼女にアルは微笑む。
「母娘を無理やり引き離すって、そういうのはアウトローじゃないのよ」
その言葉に泣き出した彼女におろおろする社長を見つつ、社員たちは脱出の準備を始める。
便利屋たちが一番よく知っている事だが、
事、格好を付けるという事において陸八魔アルを超えるものは存在しない。
良くも悪くも、だ。
学園都市というジャンルが揺らぎつつあるこのキヴォトスにおいて大事なのは、
自分のスタイルを貫き通す事。