影武者の話
私の主人は多忙だ。
それは、年齢を重ねるごとにやるべきこと、やりたいことが増えているからでもある。
立食パーティー、学業、株、御影の仕事……そして、サッカー。
16歳の頃、玲王様がワールドカップが欲しいと言い出した。
当然応援した。玲王様が見つけた、玲王様だけの夢だ。応援しない道理がない。叶えてしかるべきだとも思う。
残念ながら、ご両親はそう思わなかったようだが。
「なあ!若紫!聞いてくれ、すげぇやつを見つけた!アイツがいれば、全国もW杯も夢じゃない!調べてくれ、凪誠士郎ってやつだ!」
「はい。かしこまりました。すぐに調べてまいります。」
誰だそいつ。
玲王様は、飽き性だ。熱しやすく冷めやすい、そんな所を短所であると自覚していらっしゃる。
だが今回は、何か違う。うまくいえないが、凪誠士郎のことを話す目は、どこか違った。
凪誠士郎、身長190cm、血液型はO型、年齢は17歳、5月6日生まれの牡牛座。食事は菓子パンかゼリー。成績はかなり良い。この前は玲王様を押さえて社会のテストで1位だった。神奈川県出身で家族構成は両親と自身のみ、両親は放任主義。現在は一人暮らし、ペットとしてサボテンを飼っている。極度の面倒くさがりで、口癖は「面倒くさい」……特に怪しいところはない。が、なぜこの男とサッカーを?サッカー経験者というわけでもなさそうだし、しいて言うなら勉強面?でも玲王様は自分を司令塔に置くスタイルだし、この面倒くさがりが指示出してサッカーするようなたまか?
……いや、まて。去年のクラスマッチの映像、バレーのハズだか、流れるようなトラップ。運動神経がいいのか、でもサッカーに限らず、特段運動をしている様子は見受けられなかった。そうか、つまりこの男のは
「…天才、か…」
主人が欲しがっていた、天才。それが、この凪誠士郎なのか。
「身辺調査でも特に変なところな無し。性格はただの面倒くさがり。あの方に危害を加えるなら排除すればいい。問題は無さそうだな。」
結果は玲王様に報告。明日は経過観察として学校に行くか。勿論変装して。実際に見てみなければわからないところもあるだろうし。
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何なんだ、あの生き物。
ホントに同じ人間か?だとしたら与えられたスペックが違いすぎるだろ。
自分が影武者という、危険な目に遭うことが多い立場だからこそ、その男の異質さがわかる。
恵まれた体格、頭脳、運動神経。全てにおいて人類でも上位に位置するだろう。玲王様とて負けてはいないが、彼場合は常軌を逸する努力を加味しての才能なのだ。言いたくはないが、凪誠士郎には努力無しではやや劣る。
頭がいい。教科書パラ読みで満点近い点数を叩き出す。キチンと勉強すればノーベルとれるだろ。体格もいい。ゼリーと菓子パンでどうやってそこまで育つんだ。見た感じ骨も太いから、筋肉もつきやすいだろう。実用的な筋肉をつけて武道を仕込めばSPとしても使える。ああいう類は、体の使い方を本能で知っているタイプだ。考えてから反応するのではなく、反応した瞬間に考えも纏まるタイプだろ。頭の回転が恐ろしく速いが、その感覚を理解してないからなんとなくとしか言語化出来ないだけで。
なんか嫌いだ。いけすかない。
自分が今まで、血反吐を吐きながら身につけたことを、この男はあっさりとこなしてしまうだろうという確信があったから。
「若紫、いるか?」
「はい、ここに。」
「悪いけど、明日俺の代わりに学校に行って欲しい。どうしても外せない会食が入ったんだ。お前には凪を頼みたい。授業内容は問題ないだろ?」
「はい。もちろんです。何度か代わりを努めたこともございます。明日は私が『御影玲王』として白宝へ行きます。」
「助かる!あ、凪については…」
「そちらも抜かりなく。」
「流石だ!ありがとな、若紫!」
「とんでも御座いません。私の役目ですから。明日はお気をつけて。」
「おう!」
こうして影武者としての役目をこなすのも、久しぶりか。最近は玲王様に危害を加えるものは先回りして排除してきたし、パーティーや会食にはばあやが付く。勿論、脅迫や犯罪予告があったものには自分が向かうが、それが起こる前に対処できるようになってからは、情報収集や変装しての警護がメインになりつつある。まあなんだっていいのだ。あの方の側にいられれば。
「おはよう!」
「おはよう玲王!」
「玲王くんおはよう♡」
「朝から玲王様見れた〜!」
「玲王様〜!!」
挨拶一つでこれだからな。我が主人は。新興宗教か何かか?玲王様の手のひらで踊らされ過ぎだろう白宝高校。大丈夫か都内有数の進学校。
数メートル先に、凪誠士郎を見つけた。正直関わりたくはないが、
「なぁ〜ぎ!おはよう!」
「誰お前。何でレオの格好してるわけ?本物のレオどにやった。」
なんだコイツ。一瞬で見抜きやがった。ご両親にも見抜かれたことないのに。
「?何言ってんだよ、俺は正真正銘、御影玲王だぜ?もしかして寝ぼけてんのか?」
「は?何お前がレオの名前名乗ってるわけ?早く吐きなよ。レオどこ。」
なんだコイツ。なんだコイツ!!!!
凪誠士郎が手首を掴んできた。ミシミシと音がする。絶対あとになるなコレ。
とにかく、移動しなければ。ここにはまだ人がいる。今後の玲王様の為にも、ここで揉め事を起こすのは得策ではない。
「……話は後でします。今は手を離して頂けませんか。」
「矢っ張りニセモノじゃん。レオは?どこにやったの。」
「話を聞いていました?とにかく、人のいない所で話します。」
「なんでお前の言うこと聞かなきゃならないわけ?」
「玲王の為ですよ。あの方の醜聞になることは避けたいのです。」
「……今の時間なら、部室誰も居ないでしょ。そこ行くよ。」
小声で話していたので、周りには聞こえていなかっただろう。実際、今の自分達を見る目に変わりはない。にしても、何故この男は気づいたんだ?いつもミリ単位で調節して完璧に扮しているのに。おかしなところは無かった筈だ。髪も、服装も、声も、体格も、全部全部、玲王様と寸分違わず同じなのに。
「ほらついたよ。早く入れよ。」
「言われずとも。」
ガチャリ。凪誠士郎が入った瞬間、鍵のかかる音がした。
凪誠士郎は、このサッカー部の部室に自分を閉じ込めたのだ。
二人っきりで、鍵までかけて、何がしたいんだ。
「で、お前誰。レオは?ニセモノ野郎。」
「本日、玲王は会食の予定があり登校できないため、私が代わりに。」
「そんなの休めばいいだけじゃん。わざわざニセモノ寄越す必要ないでしょ。」
「……自分が行けないから、代わりに凪誠士郎を頼む。と。」
「なにそれ、面倒くさ。てことはお前、何?影武者てきな?」
「……ええ、そうです。私は御影玲王様の影武者です。貴方には関係のないことですが。」
尋問かよ。いや尋問だな。
しかし不味いことになった。
『御影玲王には影武者がいる』
このことを知っている人物は少ない方がいい。実際、知っているのはご両親、ばあや、その他信用できる数名の使用人のみ。知っている人間は両手の数にも満たない、極秘情報だ。それを、この一般人に知られた。吹聴するような輩では無いのはわかっているが、どうする。というかまず、その前に
「何故、私が『御影玲王』でないと、お気づきになられたのですか」
完璧に擬態していたはずだ。気づかれるようなヘマだってしていない。迎えには行かなかったが、それは玲王様本人が事前にその旨を連絡していたので不自然ではないはずだ。
だとすれば、問題はこちらにあったのだ。
「え、簡単じゃん。目が違うし。」
目、目が、違う?
「そんなはずありません。目の大きさも位置も角度も、まつげの本数でさえも同じです。違う所なんて一つも…!」
「色が違うじゃん。レオの目は暗めの赤紫色だし」
……色?目の、色が違うと、いったのか。この男は
「お前の目は、レオの目よりちょっとだけ紅いし、明るい。若紫色?っていうんだっけ。ぜんぜん違うから、すぐにわかったよ。」
___【お前の瞳が、若紫色なんだよ、俺の瞳より、ほんの少しだけ、紅いんだ。】___
なんという、ことだろうか。
この男は、あろうことか、あの時、わたしの名前をつけるきっかけとなった瞳の色で、気づいたというのだ。他の誰も気づかなかった。玲王様以外、誰も気づきやしなかったのに。
「まあレオが無事ならいっか、面倒くさいし…で、今日はお前がレオの代わりやるんだっけ?務まるの?」
嫌いだこいつ。大嫌いだ。
「ええ、そうですね。影武者ですので。」
___まあ、玲王様がW杯優勝までの辛抱だ。
そう思っていたのに、このいけ好かない凪誠士郎が、敬愛すべき御影玲王様と一生涯の深い繋がりになるなんて、このときは予想もしていなかった。
「あ、レオいないならサッカー練習しなくていいじゃん。帰ってゲームしよ。」
「何のために私が来たと思ってるんです?はっ倒しますよ」