形は生めども

形は生めども



 小さな手がさやえんどうのスジを取るのに四苦八苦しているのを横目に眺めて欠伸をする。

 小さな膝に乗せた紙を折ったくず入れをひっくり返さないように見張るため、そして撫子本人に「見てて!」と乞われたので見ているが、単純作業は見ているとなんとなく眠たくなるものだ。


「夜一さん見とる?」

「なんじゃ」

「ちゃんと見てて!お目めこっちして!」

「そんなことより手を動かせ、止まっておるぞ」


 ジタバタと暴れだしそうな幼児を宥めて続きをさせる。手伝いをすると言ったのは自分なのに、どうにも堪え性がない。

 手伝いたい感情と構われたい感情や動き回りたい衝動が噛み合わないのだろう。最近やっと日中動き回れるようになったばかりなのだから。


 ぱたんぱたんと咎めるように尾で背中を叩いてやると、またやる気を取り戻したのかもたもたとした動きでさやえんどうのスジを取り始めた。

 お世辞にも上手とは言えない手さばきであるが、こうしてちゃぶ台の前に座り込んで作業が出来るだけで今は十分なのだろう。


「夜一さん、あたし上手?」

「前よりは上手じゃな」

「ほんま?大きくなったら、スジとり屋さんになろかなぁ」

「この前の卵割り屋は廃業か?」

「なこちゃんはな、ひくてあまたやから。上手にできたほうになんねん」


 どこで覚えたのだかわからない言葉を薄っぺらい胸を張りながら言う姿からは、今日は体の調子がいいことが見てとれる。

 ハラハラと様子を見に来ていた鉄裁もしばらくはこちらに来ないだろう。アイツがあれでは炊ける米も炊けなくなるので、次来たら追い返すつもりだ。


 今日は義骸の調整というか経過観察のために撫子は泊まりで、珍しく母親が共にいない。特に深い意味はなく「一人で泊まれる!」の我が儘が許されるほどに安定しただけである。

 喜助は抱き上げた撫子に甘えられて嬉しかったのか、やにさがった顔で一緒に寝ようと言って無惨にフラれていた。儂と寝るから喜助は嫌だと言うので得意気な顔をしておいてやると、珍妙な顔をしていたので笑える。


「えんどうさん、なんになるんかな」

「味噌汁かなにかじゃろ」

「おみおつけかぁ、あたしはねお豆腐がすきや」

「定番じゃな、それも悪くない」

「でもね、オカンはお豆腐はあんましやって」


 少し前までは食べると気持ち悪いから食べたくないと駄々を捏ねることもあった子供が、なにが好みだのなんだのと語れるまでになっている。

 ここまで成長するのに大分かかったような気もするし、なんだかんだであっという間だったような気もする。子供というのは不思議なものだ。


 そのもう少し前は死にかけていたので元気でいるということ自体が不思議な気もするが、それは周囲の尽力あってのものだろう。

 その頃はおしとやかに育つかもしれないと言われていたことはそろそろ笑い話だ。この子供の本質は確実にお転婆だと、保護者も理解しはじめている。


「夜一さんはごはんなにたべるん?」

「猫が食うのは猫まんまじゃな」

「たまごは?あたしわったげてもええよ!」

「その時になったら頼んでやろう」


 卵の殻が入らないかどうかは今のところ運だが、最初に割った時は机に叩きつけて殻ごとぐちゃぐちゃにして泣いたらしいのでそれよりはマシだ。

 ちまちまとしていた作業が終わり、小さな手がスジの入った紙のくず入れを拙い仕草でぎゅっと潰す。さやえんどうの入ったどんぶりを持ち歩かせるのは、と思っていたらひょっこりと喜助が顔を出した。


「喜助!あたし上手にできたで!」

「お!スゴいですねぇ」

「上手やからね、スジとり屋さんになんねん」

「ボクのお嫁さんになるのはやめたんスか?」

「この前あたしのおまんじゅう食べたから、もう喜助のお嫁さんにはなってあげんの!」

「そんなぁ」


 さやえんどうが入れられたどんぶりごとひょいと撫子を抱き上げた喜助は、大袈裟にがっかりしたような声をあげた。

 ちょっと前にひげが生えた顔で頬擦りして嫌がられた時もそれなりに落ち込んでいたので、今から嫁に行く時が思いやられる。


「夜一サン、お疲れさまッス」

「ちゃうよ!夜一さんは見てただけ!」

「おぬしが見てろと言うたんじゃろ」

「撫子サンも頑張りましたね、お疲れさまッス」

「うん!」


 ふわふわの金髪の子供を喜助が抱いていると、なにも知らなければ父娘に見えないこともない。血は一滴も繋がっていないのだが。

 一応体を作ったという意味では父と言ってもいいのかもしれないが、喜助は否定するだろう。こいつは可愛がるくせに、撫子に拭いきれない負い目があるのだ。


「撫子さん、卵も割っていただけますか?」

「あ、テッサイさん!やるから抱っこして!」

「ええ、ボクはもういいんスか?」

「フラれたな喜助」


 どんぶりと撫子を取られた喜助はがっくりと肩を落としたが、それすら無視された。子供の興味は移りやすい。

最近霊圧のコントロールを学ばせるために鬼道を教えはじめたので、少し前まではあまり交流のなかった鉄裁に構いたいようだ。


「最近はフラれっぱなしッスよ」


 それだけこの小さな子供の狭い世界が広がったということだ。それがいつか我々すら関知できないほどになるのはいつのことだろうか。

 少なくとも目の前の男も嫁に行く時くらいは涙ぐむのだろうな、と思うとなんとなく愉快な気分になった。

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