空を見る
いとめぐり「あら、今日は綺麗な夜空ね。」
夕餉の支度をしていると、ふと姉様が呟かれた。木造建築の台所に設置された窓から顔を出して、外の景色を見ているよう。
「夜空...?」
「そう、空。レイもこっちに来てみなさい、綺麗よ。」
手招きされて恐る恐る窓から覗く。高層ビルも立たないこの地域では、障害物もない。ならば、どのように見えるのか。
そこに広がっているのは、常闇色に散らばる色彩豊かに輝く反転。中心には満月が光を反射して一層輝いている。
圧巻とも言える光景を目にして、思わず感嘆の声が漏れた。そんな僕を見て、姉様は優しく微笑んでいる。
「やっぱり気にいるわよね。レイは自然なものが好きそうだし。」
「...はい、好きです。初めて見た、こんな空...」
瞬きすらも忘れる程に魅了され、じっと夜空を見続ける。あらゆる星々の光を一身に受けながら見つめていると、視界の端からひゅん、と光線が引かれた。
「あ、流れ星じゃない!」
「...ながれぼし?」
「嘘でしょ、レイ。まさか知らない...?」
驚愕の声と表情を浮かべる姉様を他所に、1人頭に疑問符を浮かべる。確かに綺麗だけれど、星が流れるのは普通ではないのだろうか。気になって聞いてみると、姉様は答えた。
「あのね、流れ星って滅多に見ない貴重な物なの。私の時代だと凶事の前兆とされている場所も多かったけれど、現代は違うらしいの。」
「...めったにみない」
「そう。滅多に見ない物を見るととっても嬉しくならない?」
「...うれしい、ですね」
「そういうこと。しかも早く消えちゃうから尚更。ね?得した感じでしょ?」
たしかに、と言葉を溢す。でしょ?と返す姉様はまた空を見て、僕も同じ方向を向いた。
見ればまた何本か線を描く星々がそこにあり、必死に目に焼き付けようとした。
思えば空なんて考える暇もない人生...だった気がする。ただ死に急いで、生き急いでいた道を振り返ることもなく前に進み続けて。だから、分からなかったのかもしれない。
そう考えると、今に行き着いたのはアリアドネの糸のように滅多にないものだったのかもしれない。
「レイ、...レイ!そろそろ準備しましょ!」
「あ、...はい!」
先に支度へ戻る姉様を横目に、もう一度だけ空を見た。流れ星は流れず、けれど美しい光景が広がっている。
あの流れ星をもう一度見れたなら、さぞ嬉しいだろうな。
そう思いながら、僕も姉様を追った。